第84話

今思えば、俺の領域が侵された元凶は、ある一人の男のこの発言だった。





「六神君?だっけ。ちょっと君をイケメンと見込んでスカウトしたいんだけど。」




大学3年生の時だったと思う。



全学部共通科目である中国憲法を選択していた俺は、詐欺師だかキャッチセールスだか分からない文学部の男に声をかけられた。 



桐生きりゅう孝雄たかおという、ジャージ生地のジャケットを着たいかにも軽薄そうな男。



大教室にいたうちの一人に過ぎない俺に、学内でスカウトとか世も末かと眉をひそめた。



「……世も末か」


「へ?…名前、よもすえ君だった?」


「………」



こんな男がいる大学、よっぽど退学してやろうかとも思ったけど、こんな阿呆が詐欺師なわけないかとある意味安心もした。



話を要約すると、その短髪ツーブロックの桐生きりゅうは、なるべくイケメンと友達になってその恩恵に預かりたいということだった。俺を利用し女子を集めたいと、そういう意味での恩恵。



俺らの大学には、学部をまたいで王子と呼ばれる不死原ふじわらという男が存在していたが、まさに桐生は不死原と友達だというのだから、こいつのスカウトは本気なのかと理解した。



実来にも劣らないコミュ力のせいで、まんまと俺は桐生に引っかかり、そこから細く長く友達関係を築いていた。

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