第2話 春の部活

俺の所属している部活は「疑似戦闘」という物騒な名前の競技で、人気ではあるがリタイアが多いい部活となっている


実際、1年の頃の同期はほとんど居なくなり、2年でこの部に残っているのは俺含めて2人だけ


そのもう1人も現在進行形で不登校なので、今の模擬戦闘部員の2年生は実質俺だけなのだ


だが、リタイアが多いいのも仕方ない。疑似戦闘部は文字通りの意味で『戦闘』を行う部活なので「魔術」はもちろん、「体術及び体力」や「状況判断力」なども必要となる


おそらく、この学園で最も過酷な部活は何かと聞かれれば、間違いなくこの部活の名前は上がるだろう



我が疑似戦闘部の部活階、9階でエレベーターが止まる

エレベーターを降りて、自動ドアを1つ挟んで部活の練習場へと入る


「お疲れ様でーす」


「「「「「お疲れ様です!!!」」」」」


元気よく、後輩どもがそう返す。はたして、いつまでその元気が持つのだろうか


後輩たちは3年の先輩から、戦闘の基礎的な技術を教えてもらっているところだったらしい


とりあえず先輩に会釈し、荷物を置きにロッカールームへと向かった


カバンから飲料水とゼリー飲料を取り出して、着替えることなく練習場へと戻る


普段なら運動着に着替えるところだが、今回は先輩が1年の後輩達をしごきまくる予定で、俺はそれを眺めながら簡単な魔術の練習でもすることにしていた


練習場の端にある階段から上段の観覧席に上り、最前列の手すりに体を預け、ゼリー飲料を喉に流し込む


女性の先輩が手を叩き、後輩達の注目を集める。どうやら、本格的な練習を始めるらしい


彼女は3年の先輩「ユラギ」 俺にとって数少ない先輩だ。しかも、中等部の頃も同じ部活だったので、付き合いの長さも相当長い


ちなみに、中等部のときに入っていた部活は「剣術部」である


魔術と科学が主流のこの時代では、かなりマイナーな部活で俺の卒業を決め手に、廃部となってしまった


「注目! これから、君たちがどこまでできるかを試す。そのため、1対1で私との『疑似戦闘』を行ってもらうよ!」


いきなり疑似戦闘とか、先輩は変わらずスパルタだ。スキーしたことない奴に「とりあえず、滑ってみろ」と言っているようなものだ


だが、本当に問題があるのは後輩達の方だ。ここで騒然としている奴が数人しかいない。そいつら以外、戦闘を舐めている


これは、今年も大幅に部員が減ることになりそうだ

まあ、俺らの世代程ではないだろうが…



後輩達が先輩1人を残して練習場の端へと捌けていく。全員が端に避けると、先輩が後輩1人を指定して、戦闘エリアに引き寄せた


「それじゃあ、始めるよ!」


「はい!」


2人の大きな声が練習場に響くと、青白い科学結界が2人のことを囲んだ


あれは上階にある操作盤で起動するようになっている。誰が居るかは確信していたが、一応操作盤を確認すると、そこには男の先輩が立っていた


あの先輩は「フヘン」 ユラギ先輩の恋人で、ユラギ先輩と同じく中等部からの先輩で、元剣術部長だった人だ


フヘン先輩も俺のことに気がつき、微笑みかけてくて、視線を練習場へと戻した。それにつられて、俺も視線を練習場へと戻す


試合は既に終わっていた


汗だくで倒れている後輩。余裕綽々なユラギ先輩


経験者から言わせてもられば、こうなるだろうと思っていた。後輩達は唖然とし、空いた口が塞がっていない


懐かしい。俺も昔はあんな顔をしていたのだろうか


ユラギ先輩は倒れた後輩を担ぎ、端に待機していたもう1人の女性の先輩「ツナギ先輩」に託して、次の後輩を使命する


「じゃあ、いくよ!」


後輩は唖然としたまま、戦闘エリアに付いていき、疑似戦闘が始まった瞬間に先輩の覇気によって我に戻る


しかし、結果は同じだった

汗だくで倒れる後輩。余裕綽々なユラギ先輩


そして、倒れている後輩をツナギ先輩に託して、次の試合を始める


中には少しは抵抗できていた奴も居たが、結局、後輩達14名総出でもユラギ先輩に汗をかかせるのが限界だった


練習場には汗だくで倒れている後輩の群れ。その中心で、首に巻いているタオルで顔を拭き、爽やかな笑顔をしているユラギ先輩


先輩は良い顔をしているが、俺にはどうしても死体の山の上で笑う戦乙女のように見えてしまう


「これはぁ…今年も部員数が減りそうだね」


「そうっすね」


最後の後輩との試合が終わったその後。科学結界の電源を切ってから、フヘン先輩が話し掛けてきた


「指定部員数のために、最低でも3人は残って欲しい…というか、そうなってくれない困りますよね」


部活と認証されるためには「顧問の先生」と「部員数8名以上」が義務付けられている


今の疑似戦闘部は3年3名、2年2名の計5名。どれだけ結果を残していたとしても、あと3名部員が増えなければ、この部はおしまいだ


「まあ、いざとなれば、俺経由で幽霊部員になってくれそうな奴らにあたってみますよ」


「それは助かるが。まあ、最終手段にしておこうか」


「まっ、そうですね。まだ、部員が足りないと決まった訳ではないですし。現在の部員数は19名ですしね」


そんな話をしていると、下層の練習場からこんな声が聞こえてきた…「お手本が見たい」と


ユラギ先輩がこちらを見る。そして、そっとフヘン先輩が俺から離れた…はぁ?!


「ねぇ!カキn…」


「無理です。運動着持ってきてません!」


今日は最初から運動するきはなかった。そのため、運動に必要な物はほとんど持ってきていない。精々シューズぐらいだ


しかし、その言い訳は、一瞬にして崩れた


「ここにあるよっ♪」


そう言って、ツナギ先輩はウィンクをしながら、ロッカーに常備されていた予備の運動着を持っていた


「なっ…?!」


完全に忘れていた、盲点だった。そういえば、予備が家にあっても意味ないじゃん、と思って部活階の共有スペースにしまいっぱなしにしていた


過去の自分よ…春休みには持ち帰っておけよ…少しは洗濯しなきゃだめだろ…


「カキネ!」


「はい!」


「降りてきて!」


「はい!」


俺は潔く返事をし、下層に降りて運動着を受け取って、素早くロッカールームで着替えをし、練習場へと戻った

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