第6話 まにの現在
「初めまして。俺は
「
「分かった。よろしく頼む」
そう言うと、男は座ったまま椅子を少し引いて、机と平行になるまで頭を下げた。
オールバックの髪を耳より上で整えた男、まにの声は野太く、肩幅の広い体躯に筋肉質の腕はがっしりと太い。カッターシャツは長袖で捲っておらず、ボタンは一番上まできちっと留めている。
「ところで。ボタンを一番上まで留めると、苦しくないかい?」
「苦しい。が、一つ外すとどうも落ち着かないのでな」
「そういうのがお好きなのか……」
「変な誤解をするな。身だしなみは整えておきたいというだけの話だ。苦しそうだと周りからもよく言われる。気にするな」
そう言って、まには詰まった襟を正した。
「悪いね、話が脱線した。それで、どんなご相談かな?」
「……正直、診断士から見て俺は将来、どんな職に就いていそうに見える」
「それは、僕でなくても答えられそうな質問だね」
「一通り、近しい人物には聞き終えた。一番多かった答えは、警察官。続いてSP、自衛隊なんていうのもあったな」
すべて、体力や筋力が必要になる仕事だ。
「つまり
「そういうことだ」
「そうだね。初対面の印象だけで言うなら、君は、真面目を絵に描いたような人間だ。どんな仕事でもある程度の柔軟性が求められることを考えると、一つのことを極める、何かしらの職人が向いているかもしれないね」
「職人……」
「まあ、今のは診断士関係なく、僕個人としての考えだよ。さて、診断に入ろうか」
まにが誓約書を端から端までじっくり読む間に、あをいは端末を眺め、わざとあくびをしてみる。まには何も言いこそしないが、わずかに顔を上げ、眉間にシワを寄せた。
たっぷり十分、時間をかけて誓約書を読んだまにが問いかける。
「一つ聞かせてほしい」
「なんだい?」
「診断士はなぜここで、この高校の生徒限定の診断を無償でしている?報酬や対価に関することがここには何も記載されていない。つまり、診断士は完全な善意で診断をしているか、あるいは……何らかの目的を持っていることになる」
「――君のように誓約書を隅から隅まで読みこんで考える人はなかなかいないよ」
あをいは口角を少し上げて、答える。
「後者だ。確かに僕は、目的があって診断士をしている。ただ、それを外部に漏らすことは、親兄妹含めて、誓ってしない。単に、僕個人のためにやっていることだ」
「それは例えば、趣味として楽しむためとか、そういうことか?」
「例えとしては間違っていないけれど、実際にはもっと、僕個人の問題だ。僕にとって金銭以上に利益が大きいと判断したがゆえの、ボランティアさ」
「そうか。だが、報酬は受け取ってほしい」
少し開いた足の上に握りこぶしを置き、ピンと背筋を伸ばしたまにが、真っ直ぐにあをいを見つめる。
「そこにも書いてあるとおり、金銭は一切、受け取るつもりはないよ。高校生のお小遣いなんてたいていが、なけなしのバイト代か、親のお金だからね」
「そうか。分かった」
サインを終えた端末を交換し、まにがタブレットの質問に答える。
「君は、
「そうだ。中学からの付き合いでな」
「僕のことはなんて言ってた?」
「信頼できる人、と言っていた」
質問される度に目が滑り、質問の手が止まるまにに見えないよう、あをいは顔をしかめる。
「
「昔から人の心が分からないやつだったからな。
「なんだ、知っていたのか」
あをいが切れ長の目をぱちぱちさせる。
「見ていれば分かる。
「ああ、やりそうだ……。けれど、僕が聞いてよかったのかな?」
「本人が自分の話をしろ、どんな話でも構わない、と言っていたからな」
「アレの言うことを聞いているのかい……?」
「別になんでも聞くわけじゃない。理由を聞いたら副社長にしたいというから断らなかっただけだ」
「副社長にされそうになっているのか僕は。ますます嫌だな……」
話しかけると、まにの手が止まってしまうのを見て、あをいは口を閉じる。
ただでさえ、質問によっては唸りながら、何度も回答を変えているのが――直接見ずとも、あをいの持つ端末に中継されているのだから。
「終わったぞ」
「おつかれさま。では、診断を始めようか」
あをいは持っていた端末をスリープにし、引き出しの中にしまうと、両肘をつき手の甲に顎を乗せる。
それから、まにが姿勢を正したのを見て、話しながら右手の親指、人差し指、中指を順に出す。
「僕の未来診断では、過去、現在、未来の三つを診断する。例えるなら、過去が数Ⅰ、現在が数Ⅱ、そして未来が数Ⅲだ。未来にたどり着くためにはどちらも診断する必要がある」
「言えてるな」
あをいは人差し指だけを立てて言う。
「まず現在だが、君は真面目で多少融通が利かないところがある。が、面倒見がよく、友人には誠実だ」
「ああ、概ねそのとおりだ」
「そして、ガタイがよさそうなわりに、鍛えられているのは腕が中心で下半身はそうでもない。部活には入っていないと、
「――」
つまり、と前置きして、あをいは話を続ける。
「君の夢は、腕を使う何かで、部活もせず家でそれをずっとしているということだ」
「それが何かというところまで、分かるのか?」
あをいの茶色がかった瞳が妖しく光った。
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