六日目の朝
玄関のドアが開いた音がしたと思った直後に、破壊音のような物凄い音がして、朝食を食べていた藤堂家の女ふたりと子供ひとりは驚きに身を震わせた。
「何!?」
誰よりも先に動いたのは長女の心実で、藍子と琢はパンを手に持ったまま固まっている。
心実が持っていた珈琲カップをテーブルに置き、すぐさま立ち上がってリビングを飛び出すと、そのタイミングでようやく動いた藍子と琢は、オロオロとしながらそのあとを追った。
「藍子!」
リビングを出ようとした直前に聞こえた心実の叫び声に、藍子は慌てて廊下に飛び出し。
「…………」
目にした光景に思わずポカンとしてしまった。
玄関先に心実がいる。
その心実の足元に、翡翠とトワが半分重なるようにして転がっている。
上半身は廊下。下半身はまだ玄関にある翡翠とトワの足の近くには傘立てが転がっていて、どうやらさっきの物凄い音は傘立てが倒れた音らしいという事は把握出来る。
それでも。
「お兄ちゃんたちどうしたの?」
何故そこに、翡翠とトワが転がっているのかが分からない。
「バカが揃って酔い潰れてる!」
「藍子、手え貸しな!」
到底ひとりでは無理だからと藍子を呼んだ。
呼ばれるままに藍子はパタパタと心実に近付き、酷くお酒の匂いがする兄の腕を掴むと、力いっぱい引っ張ってみた。
けれど、ぐったりとしてる大人の男を、藍子がそう簡単に起こせる訳もない。
だから藍子は翡翠に自力で起き上がってもらおうと、
「お兄ちゃ――わあ!」
お兄ちゃん起きて――と言おうとした矢先に、突然翡翠に足首を掴まれ驚き、勢いよく尻もちをついた。
かなり派手に尻もちをついた所為で廊下にはドスンと大きな音が響き、少し離れた物陰から様子を見ていた琢が「藍子、大丈夫か!?」と声を掛ける。
その間に、翡翠のもう片方の手が藍子の制服のスカートを掴み、藍子は立ち上がる事も出来ず、どうにもこうにも動けなくなってしまった。
「お姉ちゃん、助けて!」
「あんた何やってんの!」
全く役に立たない――むしろ邪魔になっている――藍子を、駆け寄ってきた琢と心実が引っ張り起こそうとする、てんやわんやの藤堂家の玄関先。
幼い琢にとってはいまいち事態が把握出来ず、怖いとすら思うその状況の中。
「お前ら……」
爆睡していると思ってた翡翠が嗄れた声を出した事で、トワ以外の全員の視線が翡翠に向けられた。
うつ伏せ状態の翡翠は、ほんの少し顔を上げ、
そして。
「藍子の補習が全部終わったら家族で旅行に行くぞ」
それだけ言うとパタリと顔を廊下につけ、「藍子、もっと色気のあるパンツ穿け」という言葉を最後に動かなくなった。
誰もがポカンとして、藤堂家の廊下には暫くの間沈黙が続いた。
翡翠とトワは鼾を掻いて、すっかり眠りこけている。
その状態を打破したのは、今回一番状況を把握したいと思っていたのに状況を把握しきれていなかった心実。
「はあああああ!?」
心実の怒りの叫びは、廊下の床をビンビンと震えさせるくらい大きなものだった。
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