始まり
「お姉ちゃん。あたし明日から放課後図書館に寄るから、いつもより帰るのが遅くなる。来週から期末テストが始まるの」
その、唐突にも思える藍子の言葉に、晩ご飯の後片付けをしていた心実は、食器を洗っていた手を止めた。
心実の心情からすれば、来たか――という感じだ。
それでも心実は「あっ、そ」とわざと素っ気ない返事をして、
「あんま遅くならないようにしなさいよ」
いつも言うような言葉を探し出して口にした。
既にもうこの時点で、妙な感じは始まっている。
いつもと同じようにしようと考え行動してる時点でおかしい。
それでも藍子はそのおかしさには気付かずに、「はーい」と返事をして座っていた食卓の椅子から立ち上がり、
「琢ちゃんとお風呂入ってくる。琢ちゃん行こう」
甥の琢を連れてリビングを出て行った。
リビングのドアが閉まる。
ふたり分の足音と楽しげな話し声が、徐々に遠くなり風呂場の向こうに消える。
直後に心実は出しっぱなしだった流しの水を止め、息子が幼稚園で作ってくれたエプロン――と言っても、無地のエプロンに絵を描いただけ――のポケットからスマホを取り出す。
そしてすぐさまメッセージアプリを開くと、兄の翡翠のスマホ宛にメッセージを打った。
【藍子の期末テスト、来週から始まるって】
もう店に行ってるのか、それとも客と食事でもしてるのか分からない兄に、心実はそうメッセージを送信してスマホをポケットに仕舞う。
そのメッセージに対して、翡翠からの返信が送られてきたのは、それから一時間半が経ってからの事。
【了解】
たった二文字のその言葉が、藤堂家の人間がこれから始まる事態に如何に慣れているかという事を物語っている。
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