心実の秘密

きっかけ


 あたしが結婚する前、藤堂家に出入りしてた兄の仕事仲間の中に惣一郎がいたのは知ってる。



 でもその頃のあたしはロクに家に帰ってなくて、兄の仕事仲間とまともに顔を合わせた事がなかったから、当時家に来てたホスト連中の、どれが惣一郎だったのか、今思い返してみてもよく分からない。



 だから知ってるって言っても、時折聞こえてくる会話の中に「トワ」って名前が混じってるのを聞いた事があるってくらいで、話した事がある訳でもない。



 たまに会えば挨拶をする程度のホスト連中は、どいつもこいつも酒臭くって、鬱陶しいとしか思ってなかった。



 妹があいつらに懐いてる意味も分からなかった。



 惣一郎と顔を合わせ言葉を交わすようになったのは、離婚して藤堂家に戻ってきてからの事。



 初めて兄からちゃんと惣一郎を紹介された時、どこかで見た事がある気がした。



 昔から家に出入りしてたから当然なんだけど、「どこで見たんだろう」なんて事を考えたりした。



 そんな惣一郎と付き合う事になったのは、離婚して家に戻って半年ほどが経った頃。



 きっかけは、バカな兄のバカな発言。



「お前は男見る目がねえ。またロクでもねえ男と付き合うくらいなら、トワとくっ付いとけ」


 冗談なのか本気なのか分からない事を、仕事終わりに家に来てた惣一郎の前で言われた。



 今は琢の事しか考えられないし、男は当分いらないって言ってんのに、「お前はアバズレだからいつ男が欲しくなるか分かったもんじゃねえ」って、ふざけた事まで言いやがった。



 結果、死闘とも言える激しい兄妹きょうだい喧嘩の末、それまで特に異議を唱えなかった惣一郎の「俺でよかったら」って一言で、気付けば付き合う事になってた。



 当時まだホストだった兄が、同じくまだホストだった惣一郎を、あたしに宛がおうとした意味が分かったのは、それから数ヶ月経ってからの事。



 兄はホストを辞め、借金まで作って自分の店を持ち、その店に惣一郎を引っ張った。



 先が分からない店に引っ張ったり引っ張られたりするくらい、ふたりはお互いを信用してる仲らしい。



 つまり兄は本当にあたしの事を思って、信用出来る相手を宛がいたかったようだ。

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