夜明け前


 あたしを心配して、琢ちゃんと一緒に図書館の近くまで探しに来てくれてたお姉ちゃんに、ファミレスの前で頭をグーで殴られた夜。



 すっかり熟睡してたあたしが目を覚ましたのは、ほのかな石鹸の香りとお酒が混じった匂いに包み込まれた所為。



 目覚めた直後、背中に感じる熱に。



「お兄ちゃんお酒臭い……」


 モソモソと動いて体を反転させると、ギュッと強く抱き締められた。



「んー、今何時?」


「三時過ぎ」


「早いねえ……」


「暇だったから早めに店閉めたんだよ」


「あー、そっか。暇だったんだあ……」


「何ブツブツ言ってんだ。寝惚けてないで目え覚ませ」


「んー、お兄ちゃん、二日酔いは……?」


「とっくに治ってる」


「そっか……」


「おい、起きろって」


「……眠い……」


「目え開けろ」


「何か開かない」


「目え開けろって」


「だって開かない」


「んじゃ、もういい」


「んー」


「口開けろ」


 言われるままにほんの少し口を開くと、重なった唇から熱い舌が入ってくる。



 思わず体を引いてしまったあたしを、お兄ちゃんは更に強く抱き締めて隙間がないくらいにくっ付いた。



 お兄ちゃんの舌は、堪能するようにあたしの口内を舐め上げ、その時間の長さに息苦しさを感じ始めた頃ようやく離れていく。



 そこでやっと目を開けたあたしは、部屋が暗くても表情が分かるくらい至近距離にあるお兄ちゃんの顔を見つめ、



「あたし、月曜に小テストがあるんだけど……」


 一応の抵抗を試みたけど、言っても無駄だって事は分かってた。



「小テストあるから何だ?」


「寝不足だと勉強出来なくていい点取れない」


「充分寝てもまともに勉強出来ねえだろ?」


「まあ、そうだけど……」


「他に言いたい事は?」


「お兄ちゃんお酒臭い」


「我慢しろ。他には?」


「んー、眠い」


「それも我慢しろ」


「我慢ばっかり」


「その代わり、気持ちよくしてやるから」


「んー」


「もう言いたい事がないなら脱がすぞ?」


「んー」


「あんのかよ?」


「考え中」


「早くしろ」


「んー」


「おい、藍子」


「考え中だってば」


「考えるって事は何もないって事だろ」


「んー」


「藍子お」


「んー」


「勘弁してくれよ」


「んー」


「藍子ちゃん」


「んー」


「可愛い可愛い藍子ちゃん」


「んー」


「もういいって」


「んー」


「しつけえぞ」


「んー」


「口許笑ってんじゃねえかよ」


「んー」


「声まで笑い始めてんぞ」


「んー」


「ほらみろ。高音になってんじゃねえか」


「んー」


「はい、タイムオーバー」


 笑いを我慢してるあたしに釣られて吹き出したお兄ちゃんは、もう一度唇を重ねる。



 口の中にお酒の匂いが広がって、酔ってしまうんじゃないかとすら思ってしまう。



 キスをしながらお兄ちゃんの手があたしのパジャマのボタンを外し、あっという間にあたしを裸にしたお兄ちゃんは、「途中で寝るなよ?」と掠れた声を出して、首元に吸い付いた。



 肌に触れる、お酒を飲んでるお兄ちゃんの手は熱い。



 胸元に滑り込んできた手にゾクッとする。



 思わず体を小さく震わせたあたしに、お兄ちゃんは軽いキスをして、そのままスルスルと下降していく。



 お兄ちゃんの手や舌が体中を徘徊して、翻弄ほんろうされるあたしの頭はいつしか真っ白になってしまった。



 いつの間にか部屋の中には水音が響く。



 お兄ちゃんは時間を掛けて、あたしを湿らせていく。



 太ももにキスをして。



 足の付け根にキスをして。



 それから水源に口付けて、溢れさせていく。



 充分に時間を掛けてあたしを導き、あたしが半分ぐったりとすると、お兄ちゃんは上体を起こしてあたしを見下ろす。



 濡れた口許を手で拭うお兄ちゃんの仕草は、目が慣れた薄暗い部屋で見ると、いつにも増してなまめかしい。



「もういいか?」


「んっ、もういい」


 その返事にお兄ちゃんは、あたしの両足を開き、



「終わったら、説教な」


 半分笑った声を出すと、あたしのナカに入ってきた。



 一番深い場所で繋がって、これでもかってくらいに抱き締められる。



 耳元でお兄ちゃんが呼ぶ「藍子」って声にゾクゾクする。



 強制的に揺らされる体から湧き上がってくる感覚と、何度も繰り返される深いキスに、このまま堕ちてしまいたいと思うほどに強烈な刺激が襲ってきた。





 いつも不思議に思うのは、お兄ちゃんがいつ服を脱いでるのかって事。



 途中までは着てたりするのに、終わってみるといつも着てない。



 そんな格好のまま、あたしを抱き締めベッドに寝転ぶお兄ちゃんは、あたしの額に唇を押し付けてから、



「心実に殴られたって?」


 笑って聞いてきた。



「うん。そう。ゲンコツで。ゴチンッてされた」


「ふーん」


「タンコブ出来てるよ?」


「そりゃやべえな。これ以上バカになったらどうしようもねえ」


「だね。留年しちゃう」


「心実の事、怒って欲しいか?」


「ううん。あたしが悪いから」


「よし、頭悪くなってねえな」


「うん」


「あんま心実に心配掛けるな」


「はーい」


「お前と琢の面倒見て、あいつも大変なんだから」


「はーい」


「ちゃんと心実の言う事を聞け」


「はーい」


「ちゃんと約束出来んなら、スマホの解約の件は俺から心実になかった事にするよう言ってやる」


「約束する!」


「お前の『約束』はアテになんねえけどな」


「そんな事ないよ。頑張ってる」


「もっと頑張れよ」


「はーい」


「返事だけはいいんだよ、お前は」


「はーい」


「もういいから、おやすみのキスしろ」


「え? もういいの?」


「ん?」


「他にも色々言われるんじゃないかって思ってた」


「他って?」


「昨日、お兄ちゃんからヘンテコなメッセージ来てたし」


「ああ。あれな。まあ、もういい」


「そう?」


「心実に殴られたあとだしな」


「うん」


「だからもういい」


「うん」


「大学生と遊ぶのはほどほどにしとけよ?」


「遊んでないよ。勉強見てもらっただけ」


「ふーん」


「本当だよ」


「もういいからキスしろって」


「はーい」


「あー、マジでお前といる時だけがホッとする」


 笑った口許を近付けて、チュッと音を立ててキスをしたあと、お兄ちゃんは枕元に手を伸ばすと、スマホを掴む。



 そして明るくなったスマホ画面を見て眩しそうに目を細め、



「四時半か。琢が起こしに来るまで結構寝れるな」


 時間を確認してそう言うと枕元にスマホを戻した。



「あっ、そうだ。お姉ちゃんが服着て寝ててって言ってたよ」


「やだよ、面倒臭え」


「琢ちゃんの教育上よろしくないからって言ってた」


「これがうちの教育方針だ。この家じゃ俺が絶対だから、これでいい」


「じゃあ、あたしだけでも服着とく」


「無理」


「だってお姉ちゃんに怒られる」


「怒らせねえからこのまま寝てろ」


「またゲンコツされたらどうしよう」


「させねえよ」


「飛び蹴りとかされたらどうしよう」


「させねえって」


「あたしすっごいバカになっちゃうかもしれないね」


「もうバカだから安心して寝ろよ」


「月曜の小テストの点数が悪かったら、ゲンコツの所為だと思う」


「分かった、分かった。はい、おやすみ」


 ギュッて強く抱き締められて、吸い付くみたいに肌が触れ合って、すぐに寝息を立て始めたお兄ちゃんの温もりに目を閉じる。



 琢ちゃんが起こしに来てくれるまであと二時間弱。



 朝日がしっかりと昇りきるまで、もう少し週末の夜を満喫する。



 あたしの週末は、たまに起こるイレギュラーな事を除けば、大体こんな感じで過ぎていく。





 藍子の週末 完

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