迷惑をかけてしまう
「はぁ…逃げてきちゃったよ…」
病院の裏まで来たレイは徐々に立ち止まり、壁に寄りかかった。
レイは力が抜けたようにしゃがみ込む。
震えは止まっているが、気持ちは下降し続けている
「なんで僕ってこうなんだろ…すぐ人に迷惑かけちゃう…」
膝を抱え込み顔をうずめる。レイはユウに責めるような言い方をしたことや「無理」と言って逃げ出したことなどを後悔していた。
(ユウは…僕なんかが一緒で大丈夫なのかな…)
もっと他にしっかりした人がいるはず。自分と一緒じゃない方がユウにとっていいんじゃないか。そう思えば思うほど自分への自信がなくなってくる。
「いた!」
突然聞こえた明るい声に、レイは顔を上げる。横を見ると、月をバックに角からひょこっと出ているツインテールのシルエットがあった。ユウだ。
ユウは安堵の表情を浮かべて角から完全に姿を現した。
「もー、急に走っていかないでよ〜!この病院広すぎて迷子になるんだから〜!」
冗談交じりで言いながらユウはレイのそばへ駆け寄る。レイはその様子をみると、ゆっくり顔を下げ、小さく言う
「ごめん…」
「あれ〜、思ってた返事と違うな〜」
ユウはレイがいつものように「ユウも急に走ってたじゃん」とツッコんでくれることを期待していた
「ねぇ、急にどうしたの?あの写真のこと、いろいろ言ってたの嫌だった?」
ユウはそのことが原因だと思い、レイに聞く。しかしレイは動かず、黙ったままだ。
「レイ、今日ちょっと変だよ。何か悩んでたりする?よかったら私に話してよ」
ユウはレイの肩に手を置く。レイはユウの心配そうな顔を見つめる。するとなぜか苛立ちを覚えていた
「うるさいなぁっ、ユウがいるからこうなってるんだよ!」
レイはパシッとユウの手を払い、立ち上がる。ユウは、急に人が変わったようなレイの様子に驚きを隠せず、弾かれた手を押さえながらポカンとする。それを見てレイはしまったという顔をした
「ごめん…」
「う、うん」
「僕なんか…やっぱいない方がいいよね…」
「えっ?」
ユウは耳を疑う。
「レイ、何言ってるの?そんなことないよ!」
「そんなことあるよ」
「なんでそんなに弱気なの?レイってそんなに落ち込んでることあった?」
ユウは初めてレイの弱気なところを見て戸惑うばかり。しかし、どこか冷静な自分がいることに気づく
(こういう時こそ私が力にならないと…!)
ユウは、再び震え出してしゃがみ込んだレイの背中を優しくトントンとたたく
「悩みがあるなら私になんでも話して。今まで溜めてたこと、全部吐き出していいよ」
「ごめん、本当にごめん…」
「大丈夫だから!」
ユウの力強い声でレイの震えは止まる。ユウはそれでも背中をトントンし続ける
「私が言った言葉と過去の辛いことが重なっちゃったのなら、ごめんね」
「写真のせい…ユウは全く悪くない。ユウが言ったことが嫌だった訳じゃないよ」
するとレイは地面に座り、壁に寄りかかる。そして長く息を吐いて呼吸を整える
「落ち着いたから話す。」
すると再び深呼吸をする。そして口を開いた
「僕がこうなるようになってしまった時の話、聞いてくれる?」
「うん、聴くよ」
するとレイはユウから目を逸らし、目を瞑って話し始めた
数年前の宝眞病院のある病室____
「具合はどう?」
一人の女性がベッドに寝ている中学生くらいの少年に声を掛ける。女性は少年の母親だ。
「大丈夫、元気だよ」
少年は無表情で答える。
彼は
零は小さい頃から難病を患っており、ほとんどこの宝眞病院で過ごしていた
「お母さん、いつもその質問するよね」
「零のことが心配なのよ」
「ふ〜ん」
零は興味なさそうに相槌を打つと天井を見る。
その時、ガラガラと病室の扉が開き、40代前半くらいの男性の医師が入ってきた
「成間く〜ん、体調どうですか〜」
「あっ、
近藤の優しい声に反応し、零は声を明るくしてバッと起き上がる。その零の様子を見て近藤は明るい笑みを浮かべた
「おぉ、元気そうだね。でもそんな激しく動かないほうがいいよ〜」
「はーい、ごめんなさ〜い」
零はニッと無邪気な笑みを浮かべ、乱れた布団を整える。
「近藤先生、いつもありがとうございます」
「いえいえ、お母さんもよく頑張ってますね」
「先生のおかげですよ。」
母親は何度もペコペコと頭を下げる。そんな母親に、近藤は明るい表情を向けて話しかけた
「最近の零くん、明るいですよ」
「そうですか。よかったです」
母親は零を見ると微笑む。すると、ハッとしたように腕時計を見た
「それでは、そろそろ私は仕事に行かないといけないので、失礼します」
母親は零に「いい子にしてるんだよ」と言うと、せかせかと病室を出ていった。
零は母親の背中が見えなくなると、近藤を見て目を輝かせた
「近藤先生!今休憩中ですか?」
「ごめんね零くん、まだ他の患者の診察が残ってるんだ」
「えぇー…そっか〜」
零は残念そうに口をへのじにする。しかしすぐに近藤に笑顔を向けた
「じゃあまた来てください!」
「わかったよ。休み時間に来るからな。それじゃ、大人しく待ってるんだぞ〜」
零と近藤はグータッチをする。すると近藤は微笑んで仕事へと戻っていった。
シーンとした病室に残された零は、ストンと肩を落とす。そしてベッドに寝転がり、布団を被る
「一人って退屈なんだよね〜…」
零は布団に顔を埋めて呟く。
零がいる部屋は個室で、この病院の中で一番広い病室だ。そのため、ひとりになると一層孤独に感じる。
「遊ぶものもないよね」
顔を半分出してベッドの横にある、小さな棚の上を見る。そこにはスケッチブックやノート、色鉛筆などが散乱している。それらは零がよく暇つぶしに医師や看護師と絵を書いたり勉強したりするときに使っている。
(先生たちがいないとやる気も出ない)
医師や看護師と過ごす時間、特に自分の主治医である近藤と過ごす時間が零にとって唯一の楽しみだった。一人でやっても意味がない。
零は仕方ないと思い、深く布団を被ると静かに目を瞑った
数時間後、零は目を覚ました。目の前には壁がある
(僕、寝てたんだ…)
零は寝返りを打とうとした。その時、後ろで話し声が聞こえた。零は動きを止める
「零の具合、悪化してないかい?」
「えぇ、最近は大丈夫そうよ」
そんな会話が聞こえる。声的に父親と母親だろう。2人は零の体調についての話をしていたが、やがて、年末に零が受ける予定の手術の費用に関する話に変わった
「手術代、どんな感じだ?」
「…まだそこまでのお金がないのよ」
「そっか…」
「
母親はため息をつくように言った。
香澄は、3歳年上の零の姉だ。小さい頃は両親と一緒にお見舞いに来てくれていた。しかし、香澄が小学生にあがると急に見舞いに来なくなってしまい、零はそれ以降、香澄に会っていない。
「香澄に申し訳ないけど、それしかないよな。」
「そうね…」
両親の会話を聞くにつれて零は苦しくなっていく。
香澄はいままで、好きなものを買ってもらえなかったり、零に付きっきりだった両親に甘えられなかったりと、様々な我慢をしている。そのことを零は知っていた。
(僕のせいで姉さんは我慢ばかり…)
香澄だけじゃない。両親にも我慢させている。もしかしたら先生や看護師も自分のことを面倒見ることに苦痛を感じているかもしれない
(僕…みんなに迷惑かける存在なんだ…僕のせいでみんな自由が失われて…)
すると零は布団をぎゅっと握り、静かに小刻みに震えた
「そのときから、両親や先生を見るたびにさっきみたいに息が荒くなったり身体が震えたりすることが頻繁に起こったんだ。そのせいで病気が悪化しちゃって、今の姿になったんだよね」
レイは自分の無力さを感じて、力なく笑う。
「…ここに来たとき、不安だったの?」
ユウは、ここに来たときにレイが不安そうな顔をしていたことを思い出し、たずねる。するとレイは頷く
「さっき話したのを思い出して震えてしまうこととか、ユウに迷惑かけちゃうのが怖かった。途中大丈夫かもって思ったけど、やっぱダメだった」
「ダメって、そういうことだったんだ」
ユウは納得したように頷く。レイは膝を抱えるとユウを見た
「勝手に逃げ出したり、思ってないことを言って傷つけたり…ユウに迷惑ばっかりかけてごめん。ほんとはユウのせいなんて思ってない」
すると徐々にレイの顔が下を向く。
「僕はいつまで経っても迷惑をかけちゃう存在なんだよ…」
哀しげな表情で、独り言のようにレイは言った。ユウはその様子を黙って見つめる。やがて口を開いた
「…迷惑迷惑って、レイはいつもうるさいよね」
「え…?」
ちょっとだけ顔を上げたレイを、ユウは少し怒ったような表情で見る
「レイが迷惑かけてるって思い込んでいるだけだと思うよ。私、迷惑だって思ってないもん」
「でも、僕のせいで調査も中断しちゃったでしょ」
「そ、それは…そうかもだけど…」
ここから先の言葉が続かない。ユウは目線をあちらこちらと泳がせながら必死に言葉を探した。しかし結局見つからず、同じ言葉をさっきより強く言った
「私が迷惑って思ってないから大丈夫なの!」
「えぇ…」
「っていうか、ここに来たくないのなら言ってくれたら良かったのに」
「そんなの言えないよ!」
食い気味に言ったレイを見て、ユウは呆れたようにため息をついた。
「も〜、なんのために2人いると思ってるの?」
するとレイは首を傾げる。それを見て、ユウは目を大きくして叫ぶように言った
「お互いの弱点を補うためでしょ!もしレイが無理でも私がいるから。1人で溜め込まないで!私を頼ってよ!」
その言葉を聞き、レイは目をまるくしながら顔をさらに上げる。その様子を見て、ユウは胸に手を当て、さらに強く言った
「私には迷惑をかけていいんだよ!」
その声が響き、余韻を残す。すると真剣だったユウの表情がふと緩み、微笑んだ
「ごめんね、怒った感じに言っちゃって」
レイは目をまるくしたまま横に首を振った。そして自分の膝をぎゅっと抱き、表情を緩めて小さく言った
「ありがとう」
そしてレイは完全に顔を上げる。そしてユウの目を見つめて、パッと笑顔になった。その笑顔が月明かりに明るく照らされる
「ユウは本当にカウンセラーなんだね」
「レイ…!」
ユウは嬉しさでくすぐったい気持ちなる。
「ありがとうっ」
「うんっ」
いつもの表情になったレイを見てユウは満面の笑みを浮かべると、跳ぶように立ち上がった。
「それじゃ、レイはここで待ってて!私、調査してくるね」
「あっ、待って」
走り出そうとしたユウをレイが呼び止めた。
「僕も行く」
「えっ、病院戻って大丈夫なの?」
「うん。ユウに話したおかげで大丈夫になった気がするんだ」
レイは立ち上がると、「それに」と続ける
「こんなことで調査をやめるなんて自分勝手だし。受けた依頼は最後までやりきらないと!」
「でも…」
ユウは無理はダメと言って止めようとした。しかし、レイの真っ直ぐな目からやる気オーラを感じ、首を振ってそれを制した。
「レイが元気になってよかった!頑張って物音の正体見つけよう!」
ユウは右手の拳を掲げる。そしてポケットに左手を突っ込んだ。その時、表情が変わる。掲げた右手を下げ、もう片方のポケットに手を突っ込む
「あれっ?どこだっけ〜」
「何探してるの?」
「懐中電灯だよ。ないよりかはマシかなって思って使おうと思ったんだけど…」
ユウは周りをきょろきょろ見回すと、「あっ…」と言葉を漏らして笑った
「廊下に懐中電灯置いてきちゃったんだ」
レイが逃げ出したことに驚き、懐中電灯を『思い出コーナー』があった廊下に忘れてきてしまったのだ
「ね〜しっかりしてくれよ〜」
「ごめんごめんっ!」
「まずはそこに戻って懐中電灯を拾おう。それから急いで調査するよ」
「わかった!」
2人は白衣を整えると、走り出した
霊界カウンセラー 夜明け @yu_ri0615
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