第8話:戸隠神社ルート
善光寺から戸隠神社へ向かうことにした悠介たちは、くねくねと曲がりくねった山道を走り続けた。
山道は「バードライン」と呼ばれるらしい。長い山道を進む中、山林内にゾンビの姿がちらほらと見え隠れする。どうやら、長野市内から迷い込んだゾンビたちのようだ。
「市内からあふれたゾンビ共がこんなとこまで来てら」
直樹が、バイクのエンジン音をかき消すような大きな声で叫んだ。瞬も、ゾンビたちを一瞥しながら不安気に答える。
「山にまで出てきてるってことは、もう安全な場所なんてどこにもないのかもしれない。」
彼らはバイクを慎重に進める。無駄な接触を避けるため、できるだけゾンビの群れには近づかないようにしていた。時折、ゾンビのうめき声が風に乗って響くが、悠介たちは冷静に状況を見極めながら、さらに先へ進んでいく。
やがて山道から少し開けた場所に出ると、目の前に池といくつかの商店の廃墟が広がっていた。
お土産屋らしき建物や、観光客向けの施設があちこちに散在している。その風景は、かつてのリゾート地を思わせた。
直樹が悠介たちが乗る車の運転席近くにバイクを寄せて来たので一旦停止した。
「ここ、前に来た時はそこそこ観光客がいた場所だったなー」
直樹が静かに辺りを見渡す。
「今は、こんな有様だけどね……観光地なら奴らも意外と多いかもしれない、気を付けないとね…」
悠介も苦笑しながら返す。かつては賑わっていたであろうその場所は、今やゾンビたちの餌食となり、静まり返っている。少し先に車を進めると、ゴルフ場思しき施設が見えてきた。
そこにも大量のゾンビが徘徊しているが、どこか不自然な光景が目に映った。
「こりゃあ、誰かが突破した跡だな……」
直樹が冷静に観察しながら言う。確かに、大勢のゾンビたちの死体が道を塞いでおり、明らかに何者かが先に通った痕跡が残されていた。悠介は慎重に車を路肩に停め、車を降り慎重に周囲を観察した。
「悠介、こっち手伝ってくれ!」
直樹が手を振り上げ、残ったゾンビを始末しながら、悠介を呼んだ。二人で協力して、まだ動いているゾンビ達を始末していく。
咲良と鈴木美香、翔太には車の周囲でゾンビの接近を見張って貰っていた。
「直樹君!右!」
そう叫んだ鈴木翔太の言葉に素早く反応した直樹が、接近してきたゾンビの頭に鉄パイプを叩き込む。元中年男性のゾンビはゆっくりと倒れ動かなくなった。
「翔太!ありがとよ!」
いつの間にやら直樹と仲良くなっていた翔太のアシストに満面の笑みを返した。
悠介は田中と鈴木健一、瞬に合図をし、車の通行を妨げるゾンビの死体を道の端に移動させる、嫌々作業をしながら田中勝は不機嫌そうに文句を垂れた。
「ったく臭すぎるだろこれ……脇道を通ればいいものをわざわざ…車で乗り越える事も出来るだろ、このくらい…」
田中のぶつぶつとした文句が耳に入るが、誰も気に留めずに作業を続ける。彼は何かと不満を漏らすが、事態を打開する有効な手段は提示しない。
その癖に自分の武勇伝(?)を車内で自慢げに話すため、悠介や咲良はうんざりしていた。
「バイクの給油も済ませといたよ」
バイクや車が通れる程度にゾンビ達を始末したあと、瞬がバイクの燃料が残り少ないことに気づき給油をしていた。
一旦安全になったとはいえ、危険地帯であることには変わりないので、早急に移動を開始する。険しい山道を抜けると、徐々に鳥居や旅館が見え始めた。戸隠に近づいてきたようだ。だが、ここでもゾンビの影は消えない。浴衣を着たゾンビや、商店の店員だったであろうゾンビたちが、通りをゆっくりと徘徊していた。
「できるだけ接触は避けるぞ。戦うだけが答えじゃない」
直樹の言葉に全員が頷き、ゾンビたちに気づかれないように慎重に進む。辺りは、ゾンビに支配された異様な空間となっていたが、悠介たちは冷静にその場をやり過ごしながら、戸隠を通り抜ける。
やがて、ご神木や鳥居が立ち並ぶ神聖なエリアに差し掛かる頃、空がオレンジ色に染まり始め、日はすっかり傾いていた。
「そろそろ、夜になる…どこか安全な場所で夜を明かさないとな…」
直樹が辺りを見渡しながら呟いた。
「そのまま信濃町まで行っちまえば良いじゃねえか…」
田中勝が口を挟んできた。その疑問に瞬が答えた。
「夜の移動は危険だと思います。不意に移動が出来なくなって囲まれると、暗闇の中では逃げられなくなります…」
その言葉に田中勝はさらに気色ばんだ。
「馬鹿野郎が!こんなところで一夜を明かす方がよっぽど危険だろ!馬鹿かお前等!!」
その言葉を聞いた直樹がバイクから降り、車の窓から田中の襟首を掴んで静かに凄んだ。
「おっさん…でかい声だすなよ、奴らが寄って来るだろうが、それにな…こっちの指示に従えないならここからは別行動でも良いんだぞ」
直樹がさらに続ける
「夜に信濃町入って、さっきみたいにゾンビに道を塞がれたらどうする?昼間ならゾンビの接近に気づくが、夜なら見落とすかもしれねえだろうが、お前が相手してくれるのか?」
そう凄まれた田中は口をパクパクさせているが、何も反論が出来ない様だった。
直樹は田中から手を離し、バイクにまたがって前進を始めた。軽自動車も後に続いて出発した。
戸隠神社の入り口が見えた時、彼らは小さな休憩エリアにたどり着いた。トイレや商店があり、そこには自販機があった。よく見ると自販機はこじ開けられ、中身が盗られていた。
公衆トイレの中の安全を確かめたあと、順番にトイレを済ませた。
「誰かがここを通ったみたいだね……」
悠介が、自販機の前に落ちていたペットボトルを拾い上げる。それはまだ新しいもので、ほんの少し前に誰かがここを通った証拠だった。
その時、破壊された自販機に付箋が貼られているのが見えた。
-- 自販機を壊して申し訳ありません。緊急時のため利用させて頂きました。いずれ謝罪に伺います。
綺麗な字で謝罪文が書かれていた。
「壊したのは律儀な人みたいだね、俺達も残っている飲み物を少し貰っていこう」
悠介たちは、残された飲み物を分け合いながら喉を潤した。そして、予備の為に何本かをそれぞれ確保し車に戻った。
「この先って確か山道だよな?ゾンビが少なきゃいいんだが…」
直樹が険しい表情を浮かべながら言う。
「多分、大丈夫じゃないかな?ここから先は山道だし、ここももうゾンビはかなり少ない。休めそうなところを探そうよ」
悠介が推測しながら言うと、直樹は少しだけ表情を緩めた。
「そういや、キャンプ場がこの先にあったはずだ。そこで一晩休めるかもしれない」
鈴木健一が思い出したように言う。
とりあえず、キャンプ場の様子を見て、問題なさそうなら一泊することにした。
田中は相談中も俯いたまま、何も言わなかった。
悠介たちはさらに山道を進み、やがてキャンプ場に到着した。周囲には数台の車が止められており、幾人かのキャンパーや避難民がバンガローに身を寄せているのが見えた。彼らはキャンプ場に避難している様だった。
「生存者だ、ここなら一晩休めそうかな?」
直樹が周囲を見渡しながら言うと、悠介もそれに頷いた。
「とりあえず、泊って良いか聞いてみよう」
彼らはキャンプ場の管理人だったらしい人物に声をかけ、キャンプ用のバンガローを一晩借りることにした。バンガローの中は簡素ではあるが、風雨を凌ぐには十分な設備が整っていた。
幸い空いてるバンガローはたくさんあったため、各々で好きなバンガローを選び、宿泊することにした。
男性メンバーはキャンプ場の見回り、女性メンバーは夕飯の準備の協力をする事となった。
「そういえば、昼間にバイカー集団がここを通ったらしい。多分ドラゴンズヒルライダースだ。」
夕飯の時間。悠介がキャンパーから聞いた情報を伝える。バイカーたちは長野市内に何故ゾンビが大挙しているのか調査していると言っていたらしい。
咲良が料理の手伝いついでに聞いた情報では、このキャンプでは傷薬などの薬品の在庫が心許ないという事が分かった。
「美香さん、俺たちの持ってる薬を分けてあげられませんかね?俺たちは信越大橋まで行けばゴールですし」
悠介は、薬品を管理してる美香の顔を見ながら言った。
「そうね、一宿一飯の恩義って言いますし、薬は半分置いてきましょう、あと、糖尿病の人がいるらしいので、低血糖対策のために甘いジュースもおいていきましょうか」
その言葉に、翔太が幾分不満げな顔をしたが、空気を読んで諦めていた。
咲良も、手元の荷物を探りながら頷いた。彼らは残っているわずかな物資を分け合いながら、しばしの休息を取ることにした。
「ありがとうございます、助かります!」
キャンプ場の避難者たちが感謝の言葉を口にしながら、悠介たちから貰った物資を大事そうに受け取った。
その晩、悠介たちはバンガローで静かに過ごした。夜は静かで、時折動物の鳴き声が遠くから聞こえる程度だった。キャンプ場の避難民たちは、暗闇の中でほのかに明かりを灯しながら、互いに支え合いながら生活している様子だった。
バンガローの中は静かで、外のかすかな風の音が時折耳に入るだけだった。周囲に漂う静けさは、かえって二人の緊張感を際立たせていた。
悠介は寝床に入り、疲れた体を横たえたが、目は閉じたまま少しの間、意識を保っていた。隣の咲良が小さく寝返りを打つ気配を感じる。
「……寝られないのか?」
悠介が問いかけると、咲良は小さく頷いた。
「そっちに行っても良い……?」
その声には、少しの不安と戸惑いが混じっていた。悠介は少し驚いたが、すぐに優しく頷いた。
「いいよ。」
咲良は、静かに毛布を掴みながら、悠介の隣に滑り込むようにして入った。彼女の体温がすぐ隣に感じられ、二人の距離がぐっと近くなった。咲良は、少し照れくさそうにしながら、悠介の肩に顔を寄せた。
「ありがとう……ちょっと怖くて、ね……」
「分かるよ。俺も、何だかんだで不安だし……」
しばらく、二人は無言のまま、天井を見つめた。咲良が静かに口を開く。
「明日……生きて信越大橋に着けるかな?」
「うん、大丈夫だ。たぶん、明日の昼には着くと思う」
悠介は確信するように言ったが、心の中には少しだけ不安があった。咲良も同じことを感じているのだろう。
「自衛隊……本当にいるのかな」
咲良の声には、かすかな疑念があった。
「きっといるさ。奈多さんもそう言ってたし……そこに行けば、安全だ」
悠介はそう答えたが、自分でもその言葉がどこまで本当なのかは分からなかった。それでも、二人の間には、信越大橋に自衛隊がいるというわずかな希望があった。
「……そうだよね。信じるしかない、か」
咲良は少し安心したように、悠介の胸に頭を預けた。その体の緊張が少しずつ解けていくのが感じられる。
「明日は、何があっても必ずたどり着くよ。咲良は俺が絶対に守る」
悠介が優しくそう言うと、咲良は小さく頷き、静かに目を閉じた。
翌朝、朝食を済ませたあと、悠介たちは再びバイクと車に乗り込み、信越大橋を目指して出発することを決めた。これから先の道のりは険しくなるだろうが、信濃町を抜ければ安全な場所があるかもしれないという希望を胸に、彼らは再び走り出す。
20分ほど走ると、曲がりくねった道の先に町が確認出来た。
町のあちこちでも煙が上がっていることが確認できる。ここも既にゾンビの餌食になっている様だ。
「もう少しで信濃町だ…ここもゾンビがいるみたいだね…」
悠介が前を見据えながら呟く。
「そうだね、ゾンビがいるのは怖いけど…なんだかすごい懐かしい…あと少しだね」
咲良も頷きながら、少し泣きそうな顔で道の先に見える町並みを見つめていた。
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