第4話:凶刃の夜叉

 直樹が低く唸り、悠介も自然と咲良の前に立つ。その緊張感が場を支配する中、暴徒のリーダーと思しき男がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、悠介たちに近づいてきた。


「こんなとこで何してんだ?直樹!」


 その男は、直樹の幼馴染でありかつての仲間、深石丞だった。八王子夜叉を率いていた彼が、まさかこの佐久市で再会するとは。直樹はその場で言葉を失い、一瞬だけ視線を交わす。だが、すぐに怒りの感情が湧き上がってきた。


「丞……お前なんでこんな所に!?」


 その言葉に被せる様に丞が口を開いた。


「お前こそ、何をしてるんだよ。裏切り者が、こんなところで這いずり回ってるとは思わなかったぜ!」


 深石丞の冷たい視線が直樹に突き刺さる。彼の中に、過去の因縁が再び燃え上がっていた。直樹が八王子夜叉を抜けたのは、丞がチームを率いるようになってからだ。

 代々男気溢れる人物が頭を張ってきたチームだが、丞が頭となって以降次第に狂暴化し、犯罪に手を染めるようになった。その状況に耐えられなかった直樹は、独断でチームを抜けた。


「言い訳する気はねぇよ。俺が抜けたのはお前らがクソになったからだ」


「ふざけんな!俺らは裏切り者を許さねえ!チームを抜けるならどうなるか分かってるよな?それが俺たちのルールだったはずだ」


 その言葉に、周りの八王子夜叉のメンバーたちは、次第に直樹を囲み、冷たい笑みを浮かべながら、鉄パイプやナイフをちらつかせていた。


 直樹は深く息を吐き、ゆっくりと前に進み出た。


「分かったよ。俺をボコるんだろ?好きにしろよ……。でも、仲間には手を出すな。」


 その言葉に、暴徒たちは一斉に色めき立ち雄たけびを上げた、深石丞は冷笑を浮かべたまま立っている。


「流石直樹…いい度胸だ」


 その言葉と共に、八王子夜叉のメンバーたちが一斉に動き出した。直樹に向かって、鉄パイプや拳が次々と振り下ろされる。直樹はその痛みに耐えながら、地面に崩れ落ちることなく立ち続けようと必死だった。だが、次第に体力が限界に達し、膝が地面に触れる。


 その時、ある一人のメンバーが直樹を侮辱する言葉を口にした。


「なんだよ直樹。大したことねえな~、地元じゃ敵なしとか言ってた癖にこのザマかよ!これじゃ地元も大したことねーんだな!」


 その瞬間、丞がそのメンバーを殴り飛ばした。吹き飛んだ男はそのまま地面に転がり意識を失った。


「おめえの方が大したことねーだろクソがよ!」


 一瞬の出来事に男たちは一瞬静まり返り、緊張感がさらに高まった。そして、丞の合図とともに直樹へのリンチは再開された。

 次々に浴びせられる拳と痛みに、ついに直樹は地面に倒れ込んだ。


 咲良は、その光景に耐えられず、思わず声を上げた。


「もう、もう十分でしょ!これ以上やる必要ないじゃない!」


 だが、彼女の言葉は、深石丞を動かすことはなかった。彼は冷たい視線で咲良を見つめ、ゆっくりと直樹の身体を踏みつけながら言った。


「お前、いい女だな。ここに居ても死ぬだけだ、来いよ!お前を俺の女にしてやる」


 その言葉に、悠介は咲良の前に立ちふさがるが、暴徒たちに殴られて地面に叩きつけられる。悠介は何度も立ち上がろうとするが、そのたびに殴られ、意識が朦朧としてくる。山内も抵抗しようとするが、暴徒に殴られ動けない。瞬は、恐怖で震えながら、頭を抱えていた。


「やめろ……咲良を連れて行かないでくれ……!」


 悠介の声がかすれたが、それでも彼の心にはまだ抵抗する意志が残っていた。


 咲良が車に乗せられそうになっているまさにその時、遠方からエンジンの轟音が再び響き渡った。5台程のバイクが煙と共に現れ、暴徒たちの行く手を阻止していた。

 先頭に立つバイクには、大きな剣鉈を腰に下げた男が乗っていた。


「なんだお前等!」


 八王子夜叉のメンバーが突如現れた男たちに向かって叫んだ。丞もバイカー達の方に向き直り、ナイフに手をかけていた。


 その先頭に腰に大きな剣鉈を下げた中年の男が、冷ややかな目で八王子夜叉の面々を見下ろし、口を開いた。


「八王子夜叉ってのは、こんなに行儀の悪いチームだったか?」


 その言葉に、八王子夜叉のメンバーたちは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、丞が合図を出すとすぐに攻撃態勢に入り、一斉にバイカー達に襲いかかった。


 しかし、その結果はあまりに一方的だった。バイカーたちは圧倒的な体躯から繰り出す素早い攻撃で次々に八王子夜叉のメンバーを叩きのめしていった。鉄パイプやナイフを持って襲いかかってきた若者たちは、まるで無力な子供のように倒されていく。あっという間に、丞以外の全員が地面に転がり、呻き声を上げていた。

 丞は冷静さを崩さないままでいたが、どうやら相手の勢いに呑まれている様だった。


「お前らの初代は、もっと気合が入ってたぞ。こんなんじゃ話にならねぇ」


 剣鉈の男の冷たい声が響く中、丞は怒りを押し殺しながら、鋭く問いかけた。


「てめぇ……何者だ?」


 奈多は、肩をすくめながら答えた。


「奈多武夫、池袋でバイク屋をやってるただのオヤジさ。騒動が収まったら来いよ……お前らに割引はしてやらんがな」


 その軽い口調に、丞は苛立ちを隠せなかったが、同時に疑念が湧き上がった。


「なんで……俺たちを知ってるんだ?」


 奈多は鼻で笑いながら、昔を懐かしむように答えた。


「俺も昔は、ちょっとしたチームを張ってたんだよ。ドラゴンズヒルライダースって名前でな。昔は少しだけ名前が知られてたんだが……お前らの初代とは同世代だったんだよ。」


 その言葉に、直樹と丞の顔色が変わった。丞は眉をひそめ、直樹も驚愕に目を見開いた。


「ドラゴンズヒルライダース……聞いたことがある。昔、長野の伝説のチームが東京に攻めてきたって話だったか……」


 直樹は思い出していた。かつて「イケイケのチーム」を率いていた伝説的な男が池袋でバイク屋を営んでると聞いた事があった。


 丞も直樹と同じ記憶を掘り起こし、彼らの前にいる男がただのオヤジではないことを悟った。


「クソ……」 丞は悔しさを噛みしめながらも、今は引くしかないと判断した。彼は深く息を吐き、冷静さを保とうとする。


「直樹、覚えてろ……次に会ったら、お前を殺す。まあ、どの道この世界じゃ長くはないだろうがよ!」


 捨て台詞を吐き捨て、丞は倒れている仲間たちに引き上げるよう命令を下した。八王子夜叉のメンバーは呻きながらも、次々と起き上がり、車やバイクに乗り込んで去っていった。


 解放された咲良は心配そうに悠介に駆け寄り抱きかかえた。


「悠介!悠介!しっかりして!」


 咲良が半狂乱になっていると、顔中痣だらけの直樹が咲良の肩を叩いて口を開いた。


「大丈夫、ただ気を失ってるだけだよ…俺の方がよっぽどボコボコなんだけどな…」


 そう言って直樹は奈多の方に向き直って声を上げた。


「そうか、東京で大暴れした鉈男ってあんただったのか…で?ドラゴンズヒルライダースの奈多さんが何の用だ?年甲斐もなくまたゾクでもやりたくなったか!」


 直樹が奈多を挑発すると、奈多はすらりと腰から剣鉈を抜き放ち、ズカズカと近寄り得物を振り上げた。


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 深石丞(ふかいしじょう)

 年齢: 25歳

 職業: 八王子夜叉のリーダー

 性格: 高圧的で冷酷な性格だが、頭の回転が速くリーダーシップに優れる。感情を表に出すことは少ないが、怒りが爆発すると手段を選ばない。一度決めたことは貫き通す頑固な性格で、仲間を統率するために力と恐怖で支配する。かつては友人を大事にしていたが、現在は裏切りや弱さを許さない主義を持つ。

 家族: 両親は他界しており、唯一の家族だった妹とも疎遠。現在は一人で行動しているが、八王子夜叉のメンバーを家族のように見ている。


 奈多武夫(なたたけお)

 年齢: 45歳

 職業: バイクショップ経営者(池袋)

 性格: 豪放磊落で、ユーモアと度胸を兼ね備えた男。過去の暴走族時代からくるカリスマ性を今も保っており、どんな状況でも冷静でタフな判断を下すことができる。普段は穏やかで冗談を交えた会話を好むが、危険な場面では一切の躊躇を見せず行動に出る。昔は無茶をしていたが、今は年相応に落ち着き、助けが必要な相手を見捨てない優しさもある。

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