第3話 幕間:浸食

 山内たちを見送った後、上野村のガソリンスタンドはいつもと変わらぬ夜の静けさが漂っていた。ガソリンスタンドの店員である下田彰は、冷たい空気を感じながら、独りで客の車の給油口にホースを差し込んだ。

 この下田彰という男。取り立てて上げるべき特徴は無いが、唯一他人に誇れる長所として"責任感"があった。その性格が災いして前職を追われたが、傷心旅行でたまたま寄った上野村で、逆にその責任感を村長に買われ、村のガソリンスタンドの店員となったのだった。

 いつも通り張り切って業務に就いた下田だが、かすかにだが村全体の雰囲気がなんだか異様な気がしていた。


「……やけに静かだな」


 そう呟いた直後、ふと背後で物音がした気がして周囲を見渡した。だが、誰もいない。ただの気のせいかと思い、再び給油に戻る。しかし、視界の端に何かが動いたような気がした。影だ。ちらつく何かが、スタンドの照明の外を横切った。


「……なんだ?」


 下田は給油機のレバーを止め、ゆっくりとあたりを確認する。しかし、そこには何もない。ただ夜の静寂が広がるだけだった。


「……気のせいか」


 首を傾げ、車のフロントガラスを拭き始める。霧がかったガラスを丁寧に拭い、再び給油口へと戻ろうとしたその瞬間。視界の片隅に、再度影がちらついた。今度こそ何かが動いた気がした。下田はハッとして、手を止めた。周囲を見回すが、やはり何もいない。心臓の鼓動が速くなる。空気が異様に張り詰めているのを感じた。

 給油中の車内の客の顔を覗き込む。客の女性は恐怖の表情を浮かべ、震える指が静かに後ろを指している。


「何だ……?」


 不吉な予感に襲われながら振り返ると、そこには血濡れの男が立っていた。目を大きく見開き、口元から赤黒いよだれを垂らしながら、下田の肩に手を掛けてきており、気づいた時には、もう遅かった。ゾンビが跳びかかり、下田の首に鋭い歯が食い込んだ。


「ぐっ……!」


 下田は激痛に呻きながら、ゾンビを振りほどこうともがいた。必死にゾンビの肩を掴み、なんとか押し返すと、ゾンビがよろけて倒れ込んだ。息を荒げながら、傷口を押さえる。あまりの痛みと出血に膝を着きそうになるが、何とか踏ん張り体制を立て直す。

 そして下田は給油口のキャップを素早く締め、運転手に向かって叫んだ。


「今すぐ出発しろ!すぐにここを出るんだ!」


 恐怖に凍りついた運転手は、なんとかエンジンをかけ、車はゆっくりと動き出した。

 その後ろ姿に向かって下田は力強く叫んだ。


「ありがとうございました!」


 いつも通りの元気な声だった。だが、その背後ではゾンビが再び立ち上がり、こちらへ向かっていた。そのゾンビの顔には見覚えが無い、どのルートからかは分からないが、監視を突破して侵入した様だ。下田はスタンドの工具棚に手を伸ばし、大きめのレンチを掴む。そして、振りかぶるとゾンビの頭に勢いよく叩きつけた。鈍い音が響き、ゾンビは地面に崩れ落ちる。


 そこで下田の体力は限界に達した。噛まれた首からは血が噴き出し、意識が遠のき始める。

 最後の力を振り絞り、下田は村長に電話をかけた。


「下田?こんな時間にどうした?」


 遠のく意識の中、村長の声が耳に入る。


「村長……村長、俺、噛まれた……どこからか侵入されてる…店を頼む…」


 つぶやくように言いながら、下田はその場に座り込んだ。目の前に広がる闇の中、彼は静かに目を閉じた。


 電話からは下田を呼ぶ声が響いていた。


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 下田彰(しもだあきら)

 年齢: 35歳

 職業: ガソリンスタンドの店員

 性格: 冷静沈着で、あまり感情を表に出さないタイプ。仕事に対して真面目で責任感が強く、細かいところまで気を配る。独身で、友人も少ないが、少人数での信頼関係を大切にしている。パンデミックが始まった後も、上野村でガソリンスタンドを守り続けている。

 家族: 独身。両親とは遠方で暮らしており、現在は一人で生活している。

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