帰郷・オブ・ザ・デッド

ぐおじあ

プロローグ:兆し

 岡田忠は、空港近くのホテルでボーっと寝転がっていた。彼は拠点としている「中東のとある都市」で突如発生した暴動から逃れるために一時的に日本に帰国していたのだった。彼の仕事はお世辞にもクリーンなものとは言い難い。表立って帰国すれば、かつての仕事仲間や顧客から金の追及をされるのは目に見えていたため、誰にも知られない形での帰国を選んだ。成田に到着した彼は、すぐに予約していた東京のホテルへ向かったのだった。


「痛てて…なんだよチキショウ…」


 岡田は指に巻かれた絆創膏をじっと見つめた。帰国前、空港に到着した際に現地の人混みの中で小さな子供に突然噛みつかれたのだ。かすり傷程度だと高をくくり、消毒して絆創膏を貼りその場を済ませた。だが、10時間のフライト中に指がじんわりと痛み出していた。


 さらに風邪のような症状も出始め、体がだるい。「ちょっとした疲れだろう」と岡田は考え、ホテルに到着するとシャワーを浴び、すぐにベッドに潜り込んだ。しかし、寝苦しく何度も目が覚め、そのたびに冷や汗が流れていた。だるさを感じながら、フロントに電話して風邪薬を頼んだ。


 しばらくしてホテルの職員が薬を持ってきた。岡田はついでに指の傷の様子を見てもらうことにした。職員が消毒してくれる間、「化膿している」という言葉が耳に入ったが、岡田は気にも留めなかった。だが、その瞬間、傷口から血が飛び散り、職員の顔にかかった。


「おい!気をつけろよ、バカが!」


 岡田は苛立ちを隠さずに声を荒げたが、職員は「すみません」と小さく頭を下げるだけだった。


「すみませんじゃねぇだろ。お前ら、金だけ取りやがって、サービスは最低だな」


 職員が下がるのを見送りながら、岡田はベッドに戻った。だが、体のだるさは一向に取れず、頭はぼんやりとし続けている。何もかもが岡田を苛立たせた。ホテルのレベルの低さ、空港での騒ぎ、そして自分の体調までもが、彼の思い通りにはならなかった。


 次に目が覚めた時は深夜だった。腹が減って仕方がない。フロントに電話してルームサービスを頼もうとするが、何度呼び出しても応答がない。


「ふざけんなよ、金払ってんだぞ!」


 苛立ちが頂点に達し、岡田はドアを勢いよく開けた。その瞬間、廊下で職員が叫びながら走ってくるのが見えた。


「お客さま!暴漢が暴れています!部屋に戻ってください!」


 岡田は一瞬、意味がわからなかった。暴漢?ホテルで?呆然としていると、突然数人の男女が職員に襲いかかり、血まみれの凶行が始まった。目の前で繰り広げられる光景に、岡田は反射的に声を上げた。


「クソッ!何なんだよ!」


 すると、襲っていた連中が岡田の方に向かってきた。血走った目をしたその姿に、岡田は思わずドアを強く閉めた。外からはガンガンとドアを叩く音が響いてくる。震える手でカギをかけ、窓際に立つと、エントランスには何台ものパトカーや救急車が停まっていた。


「せっかく金使って戻ってきたのに……日本は治安が良いんじゃなかったのかよ!まったく、どこに行ってもクズしかいねぇ!」


 岡田は苛立ちをぶちまけながらも、体の異常なだるさを感じ始めていた。指を見ると、傷口から血が滴り落ちていた。それを見た瞬間、岡田は無意識のうちに指を舐め、その血の味が異様に美味だと感じた。


「……なんだこれ……」


 岡田は信じられない気持ちで指を見つめたが、次の瞬間、自分がその指を食いちぎっていることに気づいた。

 しかし、もう彼にとってはそんなことは些細な出来事になっていた。


「ダメだ……腹が減った……何か食べに行こう……」


 そう呟き、岡田はふらふらとした足取りでドアを開けた。


 ------ 人物メモ -----


 岡田忠(おかだただし)


 年齢: 34歳

 職業: 実業家

 性格: 自分勝手で利益優先の冷徹な性格。表向きは物腰が柔らかいが、裏では非合法な取引や強引な手法で金を稼いできた。トラブルを避けるために自分の安全を最優先し、他人の犠牲には無頓着。イライラしやすく、特に自分の思い通りに物事が進まないときは激昂することが多い。

 背景: かつては金融業界で働いていたが、業界のダークな部分に精通し、その後「中東のとある都市」で非合法な事業に手を広げた。暴動が発生した都市から逃れ、金の問題で日本に戻ることをためらったが、密かに帰国。表に出ることを嫌う反面、自身の利益のためなら他人を切り捨てる冷酷さを持つ。

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