魔王軍が攻めてくるのなら、魔王軍を歓迎すれば良いじゃない 〜ムソカ村観光地化計画〜

粟沿曼珠

第一話 迫り来る滅び、村包む狂気

「このままではムソカ村は滅ぶ!」

「ヤダ————————ッッッ!!!」


 村長の一声に、会議に集まった村人達が悲鳴を狭い部屋に響かせた。


 魔界のソトワ帝国による人間界への侵攻が決まってからというものの、ここムソカ村の住人達は迫る滅亡に深く絶望していた。

 勿論、人間界全体がこの事態に絶望している。実際各国ではソトワ帝国の魔王軍と戦う勇者を選定し、魔王軍との戦争に向かわせているのだ。

 しかしながら、ムソカ村は他の国や街、村とは訳が違う。


「村長! 本当に村には戦士とか魔法使いとかいないんですか!?」

「いない!」

「じゃ、じゃあ勇者達は何日後に来るんですか!?」

「早いのでも数十日! それまでに魔王軍は確実に来る!」

「うわあああ————————ッッッ!!!」


 涙を流して尋ねる青年が、絶望の深みへと突き落とされた。


 この村には大きな問題がある。

 それは、人間界と魔界の境目が村の目と鼻の先にあることだ。言い換えるならば、真っ先に襲われるのがこの村だ。

 それだけで無い。こんな立地もあって、戦士や魔法使いのような魔物と戦う力を充分に持っている人達は「こんな危なっかしい村にいられるか!」とこの村を出ていってしまう。その結果、この村には戦う力を持つ人がいなくなってしまった。

 そして——幸いこの村の辺りに魔物や魔族は現れないが——普通なら魔界と近しい地域に街や村を造ろうとは誰も思わない。最も近いところでも数日、勇者を送り出せそうな大きな街なら数十日は移動に掛かる。


 この村の滅亡は確定しているようなものだ。


「そ、村長! 私達はどうすれば……!?」


 身を乗り出して私は村長に尋ねた。私も、他の村人達も、村長の下す判断を待っていた。


「……メラビタ、が簡単に思いつけば良いのだけどな……」

「そ、それって……」


 村長の発言が意味することを、何となく察することができた。いや、最初からこれしか無いと薄々察してはいた。

 私だけで無く、村長の言葉を待っていた村人達も絶望に満ちた顔のまま口をぽかんと開けている。


「……我々ができることは二つ。この村に留まるか、遥か遠くの村に逃げるかだ」

「……何れにせよ、死ぬってことですね……」


 私の言った「死ぬ」という言葉に、再び部屋は悲鳴に包まれた。

 逃げずに村に留まれば、当然魔王軍に殺される。魔王軍から逃げられたとしても、その道中で魔物に襲われるのは確実だ。

 まともに戦える力を持っていない私達では、どちらを選択しても死ぬ。


「嫌ぁああああまだ死にたくないいいいい!」

「ど、どうせ死ぬなら逃げるか……!?」

「もう皆で死ぬしかないじゃない!」


 錯乱した村人達があれこれと叫びを上げる。村人も、村長も、私も、誰もそれを止めようとはしなかった。

 ……私も死ぬ前に、男の一人や二人くらい襲おうかな……?


「メラビタよ」

「え、はい?」


 顔の良い男を探していると村長に呼ばれ、咄嗟に顔を彼の方に向けた。


「何か良い案はあるか?」

「良い案——良い案!? 私が考えろってんですか!?」


 私も村長と同意見——死ぬ道以外思いつかない有様である。そして私の何倍もこの世界を生きた村長が、二十歳くらいの若者と同じ意見を出すということは、死ぬこと以外の妙案が無いと言っても過言では無いだろう。

 もういっそのこと、皆で酒を狂ったように飲んで、全裸になって乱行宴で犯しまくり、吐瀉物を撒き散らしながら魔界へ吶喊しても良いのでは?


 ……まあ、生き残れるなら生き残りたいのだけれど。

 そう思い、一応妙案を探ってみる。しかし中々思い浮かばず——


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ今日は魔物鍋じゃああああああああ!」

「うんこちんこ! うんこちんこ!」


 発狂した人達の叫び声が思考を阻害してきた。叫びと頭の中の思考がごちゃ混ぜになり、考えることの虚無感を感じずにはいられなかった。


「良い案……鍋を食べ……うんこまんこ……うんこまん——」

「よーし、お父さん、魔族とお友達になっちゃうぞー!」


 ……お友達?


 まずまずな顔の誰かのお父さんの声が、天啓のように感じられた。

 魔族、人間とは姿形の異なる存在——しかしながら、連中とて私達のように思考することができるし、心もある。

 数多の人間も同胞も殺す魔族の残虐性故に、無意識のうちにそれを選択肢から外してしまっていたようだ。


 


「村長!」


 誰かのお父さんへの感謝の念と、この提案への懸念を抱きつつ、声を上げた。


「何か思いついたか!?」


 項垂れていた村長が頭を一気に上げて身を乗り出した。


「魔族と仲良くなりましょう!」


 この(推定)妙案に——


「…………」


 しかし村長は何も言わず、失望、或いは落胆したかのように体を徐に戻し、尻を床につけた。

 この反応に、しかし私は納得していた。村長が——そして恐らく他の村人達も——このような反応をすることは予想できていた。


「……ほんの僅かではあるが、確かに希望はある。だが……」

「……、ですよね」


 そう、この村の歴史には少々——いや、魔族と友好関係を築くには非常に大きな問題がある。

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