89. 遊女
その夕方、ニニンドがd準備をして馬車のところに行くと、リクイが待っていた。
「連れていってほしい。じっと待つほうがつらいから。ぼくが、そんなに邪魔ですか」
「邪魔じゃない。リクイが来てくれたほうが心強いけど、あそこは普通の場所ではないんだよ。きみのためだって」
「ぼくは行きたい。どうしてみ行きたい。何があっても大丈夫だから」
「わかった」
ニニンドは白に青線がはいったひらひらの衣装を身につけていた。リクイの瞳がその姿は何ですかと訊いていた。
「あそこでは、こういう恰好がもてるんだよ。さあ、行こう」
と馬車に乗り込んだ。
「私の名前は三日月。リクイは三日月のお付きという設定でいくからね。そのつもりで」
リクイは夜旭町みたいな華やかな場所が、世の中に、存在していることを知らなかった。夜だというのに昼間みたいに明るくて、至るとこに色とりどりの明るい花が飾られ、よい匂いがして、窓の中にきれいなお姉さん達がたくさんいた。その前の通りをさまざまな男達が歩いていた。
ニニンドがある遊郭の二階の奥に部屋を借りると、遊女たちはひとりふたりとその部屋にやってきた。
みやびやかな若い男が現れたという噂が煙のように流れて、遊女だけではなく、太夫までが興味しんしんで覗きにきたのだった。
彼女たちの質問に答えるたびに、三日月もひとつ質問をした。
背が高く、長い顔をしたニヒルな目の男を知らないか。まずはそういう質問をして、知っているのと知らない女郎を仕分け、知っているほうの話を掘り下げていった。
「あんたは何をしている人か」
と訊かれると、ニニンドは笛を取り出し、哀愁ある曲を吹いてみせるのだった。そういう曲を遊女が好むことをニニンドは知っている。
しかし、核心まではなかなかたどり着けないのだが、そのうちに評判を聞いて、ふたりに会ったことのあるという遊女たちが、休憩時間を利用して、次々と訪れるようになった。そこでニニンドは曲芸などを披露してご機嫌を取ったりした。
二日目の夜、
花魁は遊郭では最高位に君臨し、鬼百合のようなたたずまいは圧を発している。遊女たちは無言の威嚇に押されて、おずおずと引き潮のように姿を消した。
花魁は部屋の中央にぴんと立って、ニニンドを見下ろした。ニニンドも、目を逸らさない。
「三日月とやら、おまえは何者か。笛の奏者か」
「笛も吹きますが、実は踊り手でございます」
「そうか。それなら、踊ってみせてもらおうではないか」
と花魁が場所を譲った。
ニニンドが「郷愁」という曲を舞うと、ふふんと笑った。
「お気に召さなかったのでしょうか」
「師匠は誰か」
「おりません」
「では、どのようにして覚えた?」
「自己流でございます」
「どこで踊っているのか」
「路上や、芝居小屋でございます」
「故郷はどこか」
「S国の山中でございます」
「三日月はとても山猿には見えない」
「十歳の時に、ヤッツの都に出てまいりました」
「なぜか」
「食えなくなったからでございます」
「ああ、そうか。なぜ、ここへ」
「ある男を探しております」
「理由は」
「申しあげられません」
「親の仇か」
「そんなところでございます」
「探しているのは、ブルフログか。みんな、あの男を探しているようだ」
「はい。その男でございます」
「なるほど。また何かやらかしたのだな」
「前にも、何かやらかしたのでございますか」
「それはこっちの話で。その男のことなら知っておりまするが、お知りになりたいか」
「はい。よろしくお願いいたします」
花魁は立ち上がり、腰をかがめて、ニニンドの顎をぐっと掴んで振り向かせた。
「好みの男だねぇ」
と微笑んだ。
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