74. 恋人の日の大市場
大市場では「恋人の日」の最終日で、入口では若い女性には一本のピンクの花が贈られた。ニニンドはその花を慣れた手つきでサララの髪にさした。こういうことには不慣れなのでサララは恥ずかしいが、悪い気はしない。
市場には花のアーチがあり、そこら中が、鮮やかな花々で飾られていて、おとぎの国のような雰囲気である。
「なんか見られている気がする」
サララがあたりを見回した。
「うまく抜け出してきたから、誰もついてきていないよ」
ニニンドは全く気にする様子がない。
「絶対に見られている」
「蚊やチョウやとんぼが飛ぶと、誰でも、ちらっと見るだろ。あれと同じようなもんだ。でも、いいかげんで誰も気にとめくなくなるだろ。さぁ、人の目なんか気にしないで、中に行こう」
今日のニニはとても頼もしいとサララはニニンドを見上げる。かっこいいな、この人。
市場にはたくさんの出店が並んでいて、菓子が三角の山のように盛られている店があった。
サララはピスタチオのヌガーが一番好きなのだと話した。一度、キャラバンで訪れた大バザールで、ここのように量り売りではなく、1個ずつ包装されたのを食べたことがあった。
「あれは別次元のおいしさだった」
「どんなおいしさなんだろうな」
とニニンドが羨ましそうな顔をした。
「ニニは宮廷で、たくさんおいしいものを食べているでしょ」
「そうだけどね。国王のところにはいろんな国から貴重な食べ物が届けられて、よく招待される。でも、それがおいしいかと言うとそれは疑問で、珍しいことは確かだけど、別次元のおいしさというのではないよ。私はもっと素朴なものが好きだし」
「国王の前でも、おいしくない時には、おいしくないと言うわけ?」
「贈ってくれた人のことを考えるとそうは言えないし、でも嘘も言えないから、これは経験したことのない別の味だって答える」
「なるほどね」
ニニは思っていたより、知恵のある人なのかもしれない。わたしはストレートすぎるから、話し方をもっと考えなくては。
さらに進んでいくと、中央には舞台が設けられ、美しい花冠が四つ用意されていた。四つの競技が行われ、それに勝つと花冠が贈られるのだ。
「どんな種目があるんだろう」
丸太割り、俵運び、相撲、早食いがその種目だった。
「飛び上がるとか、馬とか、そういうのはないのかい」
ニニンドが心配そうな目でサララを見た。
「どれか、できるものある?わたしなら、丸太割りか早食いだけど。ニニ、できなかったら、やめてもいいよ」
「どうしても、花冠を取りたいからやめるわけないよ。消去法でいったら、早食いしか残らない」
「できそう?」
「何を、どのくらい食べればよいのだろうか」
「調査に行ってみよう」
ふたりは「早食い」の会場に行ってみた。机の上には丼と汁用の器が置いてあり、丼には蒸した米が円い山のように盛られていた。
「米だけど、食べられる?」
「三人分くらいだから、なんとか、なる。それを早く食えばいいだけの話だろ」
「無理だと思う。やめたら」
「諦めるわけないだろ」
「無理しなくていいから」
「母上の夢だったからね、絶対に取ってみせる」
ニニンドが首にかけてある赤い紐を触った。
前にリクイがくれたお守りだが、ニニンドはそれを首から外して、ポケットにいれた。今日は自分の力で、花冠を取りたい。ひもじい思いをしていた時のことを思い出せば、このくらいの飯はなんということはないだろう。
参加者は十二人で、その中で、ニニンドは二番目に痩せていていた。
スタートの合図がかかった。
飯を食べてみると、米は硬いし、甘みがなかった。空腹だった頃のことを思い出せばなんとかなると思っていたが、これはまさに昔、食べていた味だった。これば、非常にまずい。
この二年半の間に、味覚が贅沢に慣れてしまっていると思ったら、胸が詰まり、涙がでそうになった。空腹時代を思い出す作戦は見事失敗だったから、何も考えずに、無理矢理にかきこむことにした。
サララはニニンドが光り輝いていると思った。以前は山賊だとか、大道芸人をしていたと言っていたけれど、彼は天上人のように
ああ。そうか。彼は実際には、宮廷に住む王子なのだ。
「ニニ、がんばれ」
サララが真っ赤になって大声で応援しているのを見て、ニニンドはどうしても勝ちたいと思った。
ニニンドの前に女子達が集まってきた。みんな若くてきれいに化粧をしている女子ばかりなので、サララは気おくれして一歩退いた。サララは男子には強いが、女子には弱いのだ。
ようやく丼の底が見えてきた。今、優勝候補は三人。一番デブと、痩せと、そしてニニンド。
さあ、いよいよこれから勝負という時、ニニンドは前列の女子の真剣すぎる顔を見て吹き出してしまった。
それで、失格。
サララが駆けて行って、背中を叩いた。
「ごめん」
とニニンドが咳き込んだ。
「いいから。がんばったんだから」
「もっと無心でやればよかった。周囲に惑わされた」
「蚊かチョウかとんぼだと思えばよかったのに」
「いいこと言うね。それ、誰が言ったの?」
優勝して、花冠を得たのは。あの痩せ男だった。
「いいよ、気にしないで」
「こっちが負けたというのに、サララは上機嫌だね」
「顔中、飯粒だらけだよ。ナガノさまが見ていなくて、よかったね」
「このことは、絶対に言ってはだめだからな」
とニニンドがくぎを刺した。
ニニンドが井戸に行って顔を洗ってきた後、ふたりは茶店の座敷に座って、お茶と団子を頼んだ。近くの席で酒を飲みながら話している三人の男達の声が聞こえた。
二ヵ月ほど前か、国境近くで、外国の姫の大行列が襲撃され、姫の馬車が焼かれ、その黒煙は天まで昇った。姫は薙刀で戦ったが、最期に「その弓矢、おのれに降るであろう」という言葉を残して死んだ。また多くの家来、女官達が矢に射られて死んだそうだと話していた。
ニニンドは姫が亡くなり、ハヤッタが葬儀のためにH国に行き、戻ってきたことは知っている。しかし、それは世間には知らされていないはずである。
人々はこういう事実はどうやって知り、尾ひれがついて噂になって広がり、どのようにして伝わるのだろうかと思った。
ニニンドはもう食べられないので、サララが彼の分も食べることにした。
「ずいぶんとおいしそうに食べるね」
「おいしい時には、誰でもおいしい顔になるよ」
「そういう食べ方は、見ていて気持ちがいいな」
「ニニはとても苦しそうだった。わたしが出られたらよかったのにと思った。どうして女子が出られないんだろ」
「今日は、男子が女子のために頑張る日だから、仕方がないよ」
「男子のために、女子が頑張る日があるの?」
「どうかな。いつか、そういうのを作ろうか」
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