29. ナガノの計画

「もう死にます、もう死にますから」

ナガノがニニンドにしがみついての懇願が功を奏して、同居できることになった。

 ナガノは夕方になれば腹が痛い、息ができないと大騒ぎをし、ニニンドがたべものを口に運んでくれないと食べないのだった。

 寝る時刻になれば、ひとりでは怖くて眠られない。死神がやって来るだのとさめざめと泣き、眠りにつくまで、ニニンドがその手を握ってやるのが習慣になった。


 ニニンドは迷惑な顔もせず、当然のように乳母に尽くしていた。なかなかできることではないとハヤッタは思う。思ったよりもずっと人間のできたお方かもしれない。

女官の間ではあの追悼式の舞いの後から、その人気がますます高くなり、贈り物が届いたり、中には待ち伏せする者もいるので、彼はなかなか屋敷から出られないのだった。


 ハヤッタは彼が女官の中から好きな人をみつけてくれないものかと考えていた。候補を何人か選んで世話係としてつけようか。とにかく、ナガノのそばから離れてほしい。しかし、彼女は余命一ヵ月弱なのだから、今は待とう。その後は葬式で引き延ばし、その先は先祖の墓の訪問というのはどうだろうか。


 ナガノは「死にます」作戦で、いつまでも若さまをつなぎとめておけるとは思ってはいなかった。目の痛みはもうなく、特に片目は遠くの顔までよく見えるようになり、世の中にはなんてシミや皺の人が多いのだろうと思った。

それに、もともと腹に腫瘍などはないのだ。昔に馴染みだった医者に頼んで、そう診断させたのだった。


 ナガノの顔色は隠せないほど健康色になり、腹回りにはさらに脂肪がついた。仮病がばれたら、若さまはひとりで帰ってしまうかもしれない。

 いいえ、ナガノはもうどこへも行くつもりはない。ここで願いを成就させるのだ。

 実は王から何でも望みを叶えてやると言われて時、ナガノがもうひとつ頼んだことがあった。こちらが本命の願いである。

 ナガノは床に頭をすりつけた。


「私の願いは、ニニンド様にJ国の国王になっていただくこと。ニニンド様は柔な方に見えるかもしれませんが、実は稀に見る大器なお方なのでございます」

 反応がないので、恐る恐る顔を上げると国王の顔が笑っていた。

「わかっている」


 ナガノはまた床にひれ伏した。

「そのことは充分にわかっている。ナガノよ、ニニンドを決してここから帰してはならない。しかとまかせたぞ」

「はいっ。わが命をかけて、務めさせていただきます」


 ナガノはますます燃えてきた。

 まずは若さまを退屈させないようにしなくてはならない。踊りの仕事がなくなったので、彼にはすることがない。何か夢中になるものを見つけてもらわなければならない。

 女は絶対に、だめだ。

 なにせ母親は頭脳明晰で早熟、父親は浮気性の色男の血を引いているから、変な女にひっかかってしまう危険性は大いにある。そうでなくても、蜘蛛の巣には飛び込んでいくタイプだし、また女官達が出会いのチャンスを狙って、部屋の近くをうろうろしている。


 女以外のおもしろい企画はないかと情報を募ってみたのだが、あまりぱっとしたものがない。

 ところが、ある日、ひとつおもしろい催しを見つけた。砂漠のある村では、春の祭りの一環として、ラクダ競争が開催されるというのだ。その祭りは四ヵ月先。

 若さまは運動が好きだし、乗馬は得意とする分野だ。ラクダ競争の観戦なら、乗ってくださるかもしれない。


 ナガノは眠る時、ニニンドの手を握りながら言った。

「生きている間に、遠くの村で開催されているラクダの競争というのを見て、冥途の土産にしたいものです」

「ラクダが競争をするのか」

「はい。すごいスピードで駆け抜けるそうです」

「馬の競争のほうがおもしろくはないか」

「馬は普通過ぎます。ラクダ競争は、死ぬ前に一度は見ておくべきもののひとつに数えられております」

「そうか。ナガノがそれまで生きているのなら、連れて行くよ」

「若さま、約束でございますよ。それまで、私は頑張って生きてみせますから」

 

 よし。これで四ヵ月はここにいてくれる、とナガノはほくそ笑んだ。それから先は、そのうちに考えることにしよう。四ヵ月という、時間があるのだから。



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