獣たちのアイドル【パメラ】

1 獣使いを尋ねて

「さ、勇者さま……恥ずかしがっては駄目……脱いで……」

 イザベルさんが、俺のシャツの襟に手をかける。

 オレは、かぶりを振った。

「駄目です、イザベルさん、勘弁してください」

「逃がさないわ……」

 甘いかすれ声が耳元でする。背筋がぞくぞくした。 

「ぜんぶ、私に任せて……」


 そして、オレは……

 全てを、イザベルさんに委ねてしまった。


「うふふ。素敵よ、勇者さま、うっとりしちゃう……」

 はあ。


「ほーんと、素敵ね、うっとりするわ」

 ケラケラとサラが笑う。

 リーズは、腹を抱えて爆笑している。

「お、お兄様……とても、かわいいです……」

 いいよ、ジョゼ、慰めてくれなくても……


 にあってるよーと、アナベラがえへへと笑う。

 セリアは口元を押さえ、ぷぷぷと笑いを堪えていた。

 お師匠様は、いつもの無表情だ。


 オレは仲間達のなまあたたかな視線を背後から浴びながら、建物の奥へと進んで行った。

 人払いをしてある、との事なので目隠しはせずにすんだ。


 一定の間隔で、檻やら干し草の山やら木箱が並ぶ、倉庫のような部屋。

 濃い生き物の匂いに満ちている。

 その一番奥に居る人こそ、オレが仲間にすべき女性……獣使いパメラさんだ。


 この獣使い屋の中で、パメラさんは若手だ。使役モンスターによる警備・宅配・工事・ショーといった、外での仕事経験は、まだ無い。

 だが、先輩獣使いは言っていた。『どんな獣にも、一目で好かれるんだ。お師さまのヒュドラまで、あいつにメロメロなんだぜ。ま、才能はあるよ』と。

 ヒュドラのような大型強力モンスターを使役できる人なら、是非、味方に欲しい。


 パメラさんは、双頭の巨大狼の檻の前にたたずみ、モンスターに何ごとかを囁いていた。

 オレの接近に気づき、振り返る。


 はっとするほど美しい顔が、そこにはあった。

 衣装より漏れる、赤みの少ないブロンド。

 澄みきったグレーの瞳。眉も鼻も唇も頬も完璧で、神像のように美しい。人間の理想美のような顔だ。


 だが、しかし……

 オレの萌えツボは反応しなかった。

 ものすごく綺麗な顔なのに……


 綺麗なんだけど……

 いや、綺麗だからこそ、これは、ちょっと……


 パメラさんが、オレをジッと見つめる。

 赤ん坊か動物みたいな目だ。穢れたところが全くない。人間っぽくない。


 その顔に、パッと笑みが浮かぶ。

 出逢えた事を喜ぶように、幸せそうに、とろけるように微笑んだのだ。

「かわいい……」

 頬を染め、彼女がうっとりとオレを見つめる……

 ズッキン! と、衝撃が走った。



 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと九十一〜 おっけぇ?》

 と、内側から神様の声がした。



 嘘……

 オレ、萌えちゃったのか……

 絶対、無理だと思ってたのに……


「顔が良ければ、どうにかなるのだな」

 と、お師匠様。どうにもならないと思ってました、オレ……


 パメラさんが、駆け寄ってくる。

「かわいい! かわいい! かわいい!」

 そして、オレをぎゅっと抱きしめる。


 もこもこ、した。


 パメラさんがオレに頬ずりをする。


 もふもふ、した。


 そんなわけで……

 ピンクのロバのきぐるみを着たオレは、緑色のモコモコのきぐるみにしばらく抱き締められてしまった。



「ドラゴンよ。あたし、ドラゴンになってるの」

 パメラさんが、オレにニコニコと笑いかける。

 全身を覆う、緑色のきぐるみ。巨大な口の部分が上下に開き、上顎と下顎にはさまれる形で、パメラさんの完璧な美貌がひょっこり現れているのだ。


「強そうでしょ?」

 いえ、かわいいです。

「がお〜」

 パメラさんが低い声をつくり、吠える。

 か、かわいいです……


「……何故、そんな格好をなさっているのですか?」

 と、セリアが尋ねる。ここに来たみんなが抱いている疑問だろう。先輩獣使いはシャツにズボン、粗い毛皮のチョッキ。普通の姿だったのに。


 だが、パメラさんはびくっと身をすくませただけで、答えない。

「聞こえませんでしたか? もう一度、お尋ねします。何故、ドラゴンのきぐるみを着ているんです?」

 パメラさんが、更にぎゅっとオレに抱きついてくる。

 もこもこ。

 きぐるみを着てなきゃ、幸せな状況なのに……


「セリアさん、そんな格好で話しかけては駄目。パメラさんを怖がらせるだけだわ」と、イザベルさん。

「パメラさん、人間が苦手なの。話しかけるのなら獣にならなくっちゃ」

 へ?


「きぐるみはもうないから、これを使いましょう」

 と、イザベルさんが右手をオレらに見せる。

 そこには、パックンパックンと口が開閉する、うす紫の蛇がくっついていた。

「腕人形『スネちゃん』。パメラさんのお友達なの」

『スネちゃん』は、大きな黒のボタンの目の、かわいい紫蛇だ。


「こんにちは、パメラさん」と、腕人形付きイザベルさん。

 パメラさんが、おどおどと、そちらへと視線を向ける。

「こんにちは……」

 オレに対してより、明らかに低いテンションだ。


 腕人形の口をパクパクさせながら、イザベルさんが尋ねる。 

「お願いなの。ドラゴンのきぐるみを着ている理由を、ロバさんに教えてあげて」

 腕人形に目線を向け、パメラさんが小さく頷く。


「一流の獣使いになりたいから……」

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