ツンデレ魔術師、サラ

1 天才魔術師、現る?

 オレは『女性しか仲間にできない勇者』って、事にした。

 バカ正直に『百人の伴侶を探してる勇者でーす! 女の人、集まってくださーい!』なんつったら……

 石、投げられるもんな……うん。


 今日は、お師匠様の移動魔法で、魔術師協会に行った。

 ジョゼも一緒だ。昨日と同じ、お姫様みたいなドレス姿。格闘向きじゃない。けど、着ないと、バアさんに怒られるらしい。かわいそうに。


 協会長は有能な女魔術師を、広間に集めておいてくれた。


 だが、しかし……


 バアさん、ばっか……!

 どこに萌えて、どうやって伴侶と思えばいいんだよ!


 オレの感性に合う人間でないと駄目なんだ、できるだけ若い子がいい、と、協会長に伝えた。白髪白髭白眉の、見るからに魔術師ってジイさんだ。


「では、まだ五十代ですが、見所のある女魔術師を」

 いやいやいやいや!

「できれば、十代! 無理なら、二十五以下で!」

 オレ、十八だし。あんま年上すぎちゃ、無理だよ。

 すっごくすっごく美人なら、年の差なんて気にせず萌えちゃうような気もするが。


「そんな若い魔術師では、ろくな魔法が……」

 と、言いかけてから、ジイさんはポンと手を叩いた。


「いや、一人おりましたな、若くて優秀な子が」

 お?


「まだ正式な魔術師ではないのですが、たいへん才のある女性です。十年に一人、いえ、百年に一人現れるか現れないかの逸材です、天才です」

 おお!


「魔術師学校の高等部の学生なのです。十六歳の若輩ですが、たいへん優秀で、もう一通りの魔法が使えるようです。魔力も豊富ですし、きっとお役に立つでしょう」

 おおお、十六歳!


「由緒正しい侯爵家の三女で、慎み深く、たいへん可憐な方で……」

 おおおおお!


* * * * *


 お師匠様にねだって、魔術師学校に移動魔法で跳んでもらったのは言うまでもない。



 跳んでった先は、校長室だった。

 侯爵令嬢のクラスは、どうやら授業中らしい。

 そのへんをぶらぶらして、時間を潰す事にした。


 山ん中にひきこもってたから、学校も十年ぶりだ。

 ちょっと中を歩いてみたかったんだ。

 

 廊下は、天井も床もツルツルのピカピカだった。何処かに魔法の光源があるらしく、窓もないのに、やけに明るかった。

 どこも授業中なんで、廊下に生徒は居なかった。


 玄関の脇から隣の校舎に向かう、渡り廊下にさしかかった時だ。

 元気な声が、校庭の方から聞こえた。


「ファイあー」

「ファいヤー」

「ふぁイアー」


 花壇の向こうで、横一列に並んだチビスケ達。手に構えた棒を前へとつきだし、呪文を叫んでいる。

 十才ぐらいのクラスだろうか。全員、地味な灰色のローブ姿だ。

「集中! 集中!」

 ガキどもの後ろを歩いているのは、先生だろう。ローブは黒で、杖頭に宝石のついた立派な魔術師の杖を持っている。

 

 中には、前方にちっちゃな炎を発生させてるガキもいる。一瞬だけで、すぐ消えちまうが。


 列の端っこに、ガキじゃない奴がいる。

 ガキどもと同じ灰色のローブを着てる所を見ると、お手本を見せる先生ってわけじゃなさそうだ。

 右手に持ってるのも、木を削っただけの杖だ。


「ファイアァァー!」

 かけ声は立派なものの、前方の空気は、ただゆらめくだけだ。熱は発生しているようだが、炎となっていない。


 ローブのフードから長い髪がこぼれる。めったにいない特徴的な、あの髪の色は……


「ん?」

「あ……」


 オレとジョゼが、同時に声をあげた。


「サラ?」

「サラさん?」


 どう見てもガキじゃない生徒が、オレらの居る渡り廊下へと顔を向ける。ストロベリーブロンドの髪に、大きな緑の瞳、かわいらしい鼻、ふっくらとした頬、ピンクの唇。

 黙っていれば美少女だが、


「ゲ」

 愛らしい顔に似合わない声を漏らし、

「ジョゼ……、と、ジャン? どっからわいて出たのよ、あんた達!」

 と、オレらを怒鳴りつける。


 間違いない。

 サラだ。

 オレらがガキの頃、よく遊んだお隣さん。

 オジさんと父さんが商売仲間で、家族ぐるみの付き合いだったんだ。


* * * * *


 先生は授業を中断した。オレらの側にお師匠様が居たんで、敬意を表したようだ。知らなかったが、お師匠様のローブは賢者専用のモノらしい。髪と同じ白銀色。綺麗だとは思ってたが、特殊装備だったのか。


 先生もガキどもも目を輝かせて、お師匠様に群がる。


 あのぉ……

 勇者はオレなんですけど……

 無視ですか……?


 オレとジョゼの前には、サラしか来てくれなかった。あとは、様子をうかがっているガキが数人。


 サラがムスっとした顔で、オレを睨(にら)む。

「あんたが人里に出て来たって事は……魔王が現れたってわけね?」


 勇者見習いとして家を出る時、オレはサラとも別れの挨拶を交わした。

『あんたが勇者だなんて、この世はもう終わりね』と、ぶすくれた顔でサラはオレを睨んだっけ。

『魔王が現れるまで、山ン中にこもるの? へぇ~ ま、あんたみたいなバカのお守り、あきてたし。せいせいするわ。期待してないけど、勇者なんだから、せいぜいがんばってみたら?』

 憎まれ口をききながら、サラは目に涙をためていた。

 よく覚えている……


「昨日、手紙を出したんです……」

 ジョゼが小さな声でサラに言う。

「お兄様が魔王退治の旅を始めたって……召使に、手紙を持たせて……」


「ごめん、ジョゼ。それ、まだ見てないわ。ずっと寄宿舎住まいなんで、めったに家に帰んないのよ。約束通り知らせてくれたのね、ありがとう」

 ジョゼがプルプルと首を横に振って、『いいんです』と、ほわっと微笑む。

 サラもにっこりと笑い返す。昔と一緒で、ジョゼには優しいようだ。


「魔王の出現、知らないのか?」

 と、尋ねると、サラが唇をとがらせた。

「あったりまえでしょ、バカねぇ。百日間、魔王は寝てるだけで、何も悪さをしないのよ。国のトップは、当分、事実を隠ぺいするでしょうよ。今、広めたところで、国民の不安を煽るだけだもん」

「なるほど」


 サラが、ジロリとオレを見る。

「あいかわらず、バカね。ちょっと考えれば、子供だってわかるのに」


 む。


 一方的にバカバカけなされるのも面白くないんで、こっちから質問した。


「何で、ガキのクラスに混じってるんだよ?」


 サラがグッと喉をつまらせ、鼻の辺りを赤くする。

「べ、べつに、どーだって、いいでしょ! あんたに関係ないし!」

 なんだ、昔から変わってねーな。照れると鼻の頭のとこばっか赤くなるの。


「さ、最近、魔法の、魅力に、き、気づいただけよ! ちょっと、スタートが遅かったけど……アタシ、才能あるから! すぐにトップ・クラスに追いつくし!」


「おい、あんた」

 と、さっきからオレをチラチラ見てたガキが近寄って来た。生意気そうな顔の、そばかすだらけの赤毛のガキだ。

「サラのおさななじみ?」


 オレが口を開くよりも早くサラが口をはさむ。

「ちょっと、レジス、何を」

「っせぇな。サラはだまってろよ、オレはそこの男に聞いてるの」

 十才ぐらいのガキに呼び捨てにされてるし、サラ。


「そうだ、オレはサラの幼馴染だ」


「ならさ、あんた」

 レジスって呼ばれたガキは、オレをギン! と、睨みつけた。

「責任とれよ」


 は?


「あんたのタメに、このバカ女、剣だ、格闘だってきて、今度は魔法だぜ。条件のいいお見合い話、ぜんぶ断ってさ。オジさんだって、もうカンカンなんだぜ」


 へ?


 よけいなことは言わないで! って叫ぶサラを、ガキどもが四人がかりで押さえつける。レジスって奴の手下か?


 レジスは、サラのいとこなのだそうだ。


 オレが勇者見習いとなってから、サラは……

 ひたすら、体を鍛えてたそうだ。家業の手伝いも、花嫁修業も放りだし、剣や格闘を習い続け……

 この春からは、魔術師学校に入ったのだそうだ。

 普通六~十才で入学する学校に、十七にもなって入学したんだ。初等クラスで、う~んと年下のガキどもと混ざって勉強するとわかっていて。

 それというのも……


「このバカ女、占い師に、魔法を習えってそそのかされたんだよ。『おさななじみを本気で助けたいのなら、魔術師になるしかない』って勧められたらしくってさ。それで、その気になって」


「やめて!」


 サラが叫ぶ。

 鼻のあたりを真っ赤にして。

 わなわなと体を震わせ、泣きそうな顔でオレを睨みつける。


「ご、誤解しないで! あ、あんたの為じゃないから! 世界の平和の為だから! 世界の平和の為に、勇者の仲間になりたくて! そ、それで、がんばってきただけなんだから!」


 真っ赤なお鼻のサラを見つめているうち……



 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……

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