変わったのは誰
第1話
たまった有給消化にあてた平日の午後、1本の電話に呼び出されて、私は会社がある駅に降り立ち、桜並木の大通りを歩いていた。
夏の日差しは木漏れ日となって降り注ぐ。
じわりと肌に浮き上がる汗粒が、夏の盛りを知らしめている。
喧騒行き交う大通りから一つ、二つと路地裏に入ると、昼間でもほんの少し薄暗く、人通りも少なくなるこの道は、今まで数え切れないくらい通り慣れた道。
私はそれまで感じていた訳の分からない焦燥感を脱ぎ捨て、歩くスピードを落とした。
目的地が近くなって、またほんの少し不安と焦りが頭をもたげたけれど、無理やりそれらを押し込めて顔を上げた。
赤茶色の煉瓦をアイビーの緑が柔らかく包み込む、目の前のこじんまりとした建物は、1人の年老いた男性が店主をつとめる喫茶店。
掌に収まる丸いノブを捻り、店内へ入ると軽快なジャズが鼓膜を震わせた。
カウンターにいた店主が顔を上げ、私に気づくと顔を綻ばせて「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
手元の様子から、豆を挽いているのだと分かった途端、コーヒー豆の芳醇な深みのある香りが鼻腔を通して肺へと染み込んでいく気がした。
ここは、いつも変わらないんだよね。
日々変化のある生活を続けていると、無性に此処に来たくなる。
此処には変わらないものがたくさんあって、それが私を癒してくれる。
心の安寧の場所。
……だったのに。
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