第25話
「もう一つ気づいてないみたいだから、言うけど……」
そう言って、私の左手をそっと持ち上げて、目の前に掲げた。
自然と自らの左手を見て……。
え?
普段から見慣れている自らの左手の、薬指に、見慣れないものを見つけて思わず目の前まで引き寄せた。
「誕生日プレゼントがエンゲージリングって、損した気分になんね?」
それとは別になんか買ってやるよ。なんてブツブツ呟いている健太を無視して、私はただただ驚いて、それで、感動していた。
いつの間に買ったんだろうとか、指のサイズ何で分かったんだろうとか、聞きたいことはたくさんあった。
でも、なによりこの急な展開に驚きすぎて言葉が出てこない。
あふれてくるのは、涙だけだ。
今まで健太の前で、泣きたくても泣けなかった強固な涙腺が、決壊して止まらなくなってしまった。
「健太ぁ……どうしよう。泣きすぎてしゃっくり止まらない。赤ちゃんびっくりしちゃうかなぁ……」
「……俺とお前の子だから、大丈夫だろ?てか、いい加減泣き止め。その顔にキスする気が起きねーわ」
「ひどいー、私は健太が禿げても、太っても好きなのにぃ……」
今までかっこつけていたのは何だったんだろうって思う位、ひどい顔を健太にさらしている。
でも、不思議なんだ。
これまではいろんなことが健太とのつながりを切れてしまうかもしれないって思ったら怖いと思っていたことが、今は大丈夫だって思える。
「健太、す、好きだからね」
「俺も、香奈だけだ」
甘い声で囁かれて、そっと目を閉じる。
あ、でもちょっと待って。
「ごめん、健太。私は健太だけって言えない」
そうだよ、忘れちゃダメじゃん。私達にとって大事な大事なもう1人の存在を。
「は?どういうことだよ」
いきり立つ健太の右手を、そっともう1人の存在がいる私のお腹へと導く。
途端、「あ、そうか。そうだったな」と弛んだ顔で健太は私のお腹を撫でて、まだ見ぬ我が子に話しかけている。
意外にも親バカになりそうな健太を見て、私達はお互いに、これからもっといろんな顔を見せあっていくんだと思ったら、とても幸せなことなんだと思えて嬉しくなった。
完結
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