第29話

「……今日は行かないの?金曜日だけど」


不意に聞こえてきた声に飛び上がるほど驚いて振り返った。


そこにスーツ姿の理央くんが居た。


会社帰りなんだろう彼の姿は昼間見たそのままで。


「……え、」


「金曜日、会う約束していただろ」


彼の言葉に息をのんで立ち尽くす。


やっぱり、バレてしまった。

ここで待っていたのかな?私を捕まえて責めるつもりで……。


そうされても仕方のないことをしたんだ。

謝って許してもらおうなんて思っちゃダメだ。

それでも謝らなきゃ……。



「……ごめんなさい。騙すつもりなんてなか……」


「行こう」


被せるように言われて手を引かれた。


思いの外強い力につんのめるようにして前に倒れかけた私を、彼はいつの間にか腰に回していた腕で私を抱き寄せた。


胸がギュッと締め付けられて、心が軋む。


その姿勢のまま歩いて行く彼に、私は従うしかなくて。


それでも右半身に感じるスーツ越しの体温と彼の香水に、くらりと目眩がした。


見上げた先にある彼の精悍な顔立ちは、ぞくっとするような色香が漂っている。


きっと怒っているのだろう。眉間に寄せられた皺がそれを物語っている。


通りに出てタクシーを止めた彼は、私の背中を押して先に乗せると、自分も隣に乗り込んできた。

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