第12話

自分のデスクに戻り、カップを置く。


その瞬間、カップがカタカタと音を立てたことで自分の手が震えていることに気づいた。


び、びっくりした。


会社であんな至近距離で理央くんと会うなんて……。


気付かれなかったことにホッとしつつも、ほんの少しだけ胸の端っこが爪先で引っ掻かれたみたいに痛い。


仮初めの姿でしか彼に気づいてもらえない自分が情けなくて。


でも、本当の私がこんな地味で目立たない女なんて、絶対言えないし知られたくない。


彼の好みは知っている。


明るくて、綺麗で……まるで大輪の花のように艶やかなヒトだ。


そういう人が、彼の隣に立つのに相応しい。


「おはようございます」


不意に声をかけられて、ハッとして顔を上げた。


「あ、敷島さん。おはようございます」


「それ、部長のコーヒー?」


彼の視線が私のデスクのコーヒーカップに落ちる。


「あ、はい。敷島さんも飲みますか?」


敷島 要(しきしま かなめ)さん。


私の2つ年上の同僚。


黒縁眼鏡の奥の穏やかな眼差しと、物腰の柔らかさに隣にいるとホッとする人だ。


「いいね、俺もいただこう」


「入れてきましょうか?」


「いや、いいよ、自分で行くから。山瀬くんも始業前だしゆっくり飲みなよ」


私の後ろの、自分のデスクにカバンを置いた後、敷島さんは給湯室に向かっていく。

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