第23話
同僚と食事に行くことは、別に珍しいことではない。緋山くんとだって行くし、他の同僚と行くことだってある。深く考える必要なんてないか……。相手が相手だったから、驚いてしまっただけだ。
「見ちゃった」
「⁉」
弾むような声音が間近で聞こえて、驚いて振り向くと、そこにいたのは内藤さんと剣持さん、そして緋山くんだった。
「知らなかったなぁ。妹尾さんと久間田くんがデートする仲だったなんて」
「デ、デート?ち、違うよ」
「今のは、絶対デートのお誘いでしたよね?緋山さんもそう思いません?」
剣持さんと内藤さんがニコニコ笑いながら言って、緋山くんにも同意を求めている。
当の本人は、私をジッと見たまま何も言わない。
(あの時と同じだ。怒っているのか、不機嫌なのか、そういう顔)
「と、とにかくデートとかじゃないから。変に周りに言ったりしないでね。誤解されると久間田くんにも迷惑かけちゃうから」
「はーい」
分かっているのか、2人はコソコソと小さな声で耳打ちしながら笑っている。
緋山くんは逆に無表情になって、ソッポ向いてるし。
「ところで、今から3人でご飯に行くんですよ」
「そ、そうなの」
「……妹尾も来いよ。どうせ今日はもう帰るだけだろ」
「え!」
いきなり緋山くんに誘われたけれど、彼の両隣にいる女子2人の目は『邪魔をするな』と語っている。このパーティに参加するほど私は勇者にはなれない。
「あー、今日はこの後、人と会う約束してるから」
「別にいいだろ?飯食ってすぐ帰れば」
「そ、そういうわけにもいかないよ。相手を待たせるわけにはいかないし」
珍しく食い下がる不機嫌な緋山くんと、両隣からは『来るな!』というオーラがバシバシ伝わってくる。
「ごめん、今日は無理」
「……」
「緋山さん、無理強いは良くないですよ。さ、早く行きましょうよ。お腹空いたし」
「そうですよ。今日は仕事の相談聞いてくれるって言ったじゃないですか」
「……分かったよ」
「じゃあ、私はこれで。お疲れ様でした」
緋山くんを両側からガッチリとホールドして、女子2人は強引に歩いていく。
その様子を溜息混じりで眺めながら、ようやく自分の車に乗り込むことができた。
と、同時に携帯にメールの着信。
『今夜、話があるから電話する』
届いたメールは今しがた女子2人と消えていった緋山くんからだった。
「デートって感じじゃなかったな……」
寺本さんの言葉を思い出して独り言が零れる。
(げんきんなものね、私も)
少し落ち込んでいた気持ちが浮上していくのが分かった。今の緋山くん達の様子だと、内藤さんと2人きりというわけじゃなかったし、仕事の相談とか言っていたから、彼は先輩として相談に乗るついでにごはんを食べに行くということだったのだろう。
(やっぱり、私はちゃんと緋山くんのことが好きなんだな)
彼が他の女子とデートをすることを考えるだけで、泣いてしまう位には彼の事が好きなんだ。
私も彼女達みたいに、自分の気持ちに素直になれたらいいのに。
自分の気持ちがハッキリしなかったから、どう動くべきか分からなかったけれど、好きだと自覚できたなら、やっぱりこの想いは伝えないとダメだ。
と、頭の中では分かる。
分かるけれど、正直に動くには、勇気が必要で。
こういう時、内藤さんや剣持さん達のように、自分の気持ちに正直でいられる人達を尊敬する。
自分に自信があるってすごい。
……とは違うか。自信を持つためにみんな努力しているんだ。こんな風に逃げて言い訳をしているままじゃ、私は一生自分に自信なんて持てない。
緋山くんから届いたメールをジッと見つめて、私は大きく深呼吸をした。
年下の彼女達に負けていられない。仕事も、恋愛も。
この想いを緋山くんに伝えよう。彼の答えがどうであっても、私は私の気持ちを伝える。
玉砕したって……よくはないけど、今のまま消化不良でいるよりはずっと前向きだ。
女25歳。
これまで仕事を一生懸命頑張ってきた。同じ位プライベートだって充実させたい。恋愛だって人並みにしたい。
そして、恋愛をするなら、緋山くんとがいい。
自分に暗示をかけるみたいに言い聞かせる。
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