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「ほ、本当にいいの?」


 参道を歩くあたしは凄くハラハラしてるのに。



「何が?」


 隣を歩いてる先生は余裕って感じ。



 これが大人と子供の差なのかもしれないけど、あたしには「噂になったら別れる」っていう約束があるだけに、一緒に歩ける嬉しさよりも焦りの方が大きい。



「い、一緒に歩いてたら噂になんない?」


「一緒に歩きたかったんじゃないのか?」


「そ、そうだけど、噂になったら……」


「まあ、大丈夫だろ」


「大丈夫って何で!? 何で言い切れるの!?」


「俺今日、散々他の生徒といて、天音とだけって訳じゃないから、大丈夫だと思うぞ?」


「で、でももし噂になったら!?」


「大丈夫だって」


「でももしもってあるから!」


「それは俺の責任だから、別れたりしない」


「ほ、本当に!?」


「本当だから、そう焦んな。折角だから楽しみなさい。でも、天音の友達と合流するまでだからな?」


「うん!」


 はぐれたあたしと偶然会ったってていで、麻里亜達と合流するまで一緒に参道を歩くって言ってくれた渋谷先生は、矢鱈やたらと手に夜店の品を持ってる。



 金魚だったり、ヨーヨーだったり、リンゴ飴だったり、わたあめだったり。



 あたしに会うまで何をしてたのか知らないけど、十二分にお祭りを満喫してたらしい。



「それ」


「どれ?」


「金魚」


「金魚がどうした?」


 あたしが歩いてる方の手に持たれてる金魚が入った袋を指差すと、先生はそれを少し持ち上げて、あたしに見せるようにする。



 悪びれないその態度に、何だか気持ちが拗ねちゃって、



「他のクラスの女子達と楽しそうにやってたって聞いた」


 口を尖らして言ったら、先生は「ああ」と笑った。



「一歩歩く度に生徒に声掛けられて大変だった」


「楽しそうだったって言ってた」


「不貞腐れてやる訳にはいかないだろ?」


「そうだけど……」


「ああ、妬いてんのか」


「…………」


「これはまあ、諦めろ。生徒に声掛けられて無視する訳にはいかないんだから」


「……分かってるもん」


「拗ねるなよ」


「拗ねてないけど」


「あのな、天音。こうなるって分かってたから祭りに来たくなかったのに、それでも来たのはお前に会う為なんだぞ?」


「へ?」


「他の生徒と遊ぶのも、お前と一緒にいて疑われない為の作戦」


「作戦……?」


「普段何にもしてやれないし、たまに言う我儘くらいは聞いてやらないと、お前どっかいっちゃいそうだから」


「い、いかないよ、どこにも」


「そうかあ?」


「そうだよ! あたしはずっと好きだもん――って、あれ?」


「うん?」


「あたしがどっかいっちゃいそうって、それっていっちゃったら嫌だって事だよね? つまりあたしの事ちゃんと想って――」


「まあ、そうだな」


「そ、そうだなって何でそんな中途半端な――」


「これ、欲しい?」


「――へ?」


「金魚」


「金魚?」


「二匹いるだろ?」


「う、うん」


「オスとメス」


「うん」


「天音にやろうと思って必死で取ったんだけど」


「いる!」


 言うのと同時に手を伸ばしたら、先生はクスクス笑って、「一匹千円の金魚だぞ」って教えてくれた。



 ビニール袋の中には、赤と黒の金魚。



 仲良く泳いでる二匹の金魚に、自分と渋谷先生の名前を付けたのは秘密。



「どこで待ち合わせしてるんだっけ?」


「えっと、狛犬の所」


「もうちょっとだな」


「……うん」


「何?」


「手、繋ぎたいなと思って」


「卒業したらな」


「……うん。あと、花火も一緒に見たい」


「卒業したらな」


「神社の裏の松の木の下でキスしたい」


「卒業して何年かしたらな」


「ね、ねえ、先生」


「うん?」


「夏休みの間、一回くらい会えたら嬉しい……な」


 調子に乗って我儘を言ってしまってる罪悪感から、語尾の方は消えてしまいそうなくらいに小さな声になった。



 無理なのは分かってる。



 学校は夏休みでも、先生は生徒と違って色々と忙しい。



 補習に出たり、補習用のプリント作ったりしなきゃいけないし、二学期の授業の準備だってしなきゃいけない。



 そもそも外では会えないんだから、絶対に無理だって分かってる。



 分かってるけど、それでも言わずにいられなかった。



 みんなと同じばっかりじゃなくて、あたしの特別が欲しい。



「登校日以外にって意味?」


「……うん」


 先生の問いに答えながら、先生の顔は怖くて見れなかった。



 困った顔してたらショックだから見れなくて、自然と俯いた視界に貰った金魚が入る。



 これを貰っただけでも特別なのかもしれない。



 あたしの為に取ったって言ってくれただけで満足しなきゃいけないのかもしれない。


 そう思ったから、「ごめんね、嘘だよ」って言おうとした。



 言わなきゃいけないって思った。



 早く言わなきゃ取り返しがつかなくなるって、面倒な事言うなって先生に捨てられるかもって思った。



 けど。



「外で会う訳にはいかないから、俺の家になるけど」


 頭上から落ちてきた意外な返答に、あたしは自分の言うべき言葉を思いっきり呑み込んだ。



「い、いいの?」


「いいよ」


「ほ、本当に?」


「うん」


「あ、あたし、本当に行っちゃうよ!?」


「誰にも見つからないようにしろよ?」


 そう言って、先生が口許に小さな笑みをつくったタイミングで。



「天音いた――って、渋谷ちゃんじゃん!!」


 麻里亜の声が飛んできた。

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