県外からカップルでお参りに来る事も少なくない、縁結びの神社での夏祭りは、規模としては結構大きいものだと思う。



 広い境内に並ぶ夜店は道路にまではみ出して、神社がある半径一キロ圏内は車が入れないように規制もされる。



 駅から鳥居までの道は人で溢れ返り、目的地に着くまでに随分と掛かる。



 でもそこはそれ。



 近くに学校があって裏道まで熟知してるあたしは、他の人よりもすんなりと鳥居まで行く事が出来る。



 地元の人がまばらに歩く住宅街を、鳥居に向かって走るあたしの額には汗。



 裏道通って行けばそんなに時間は掛からないや――なんて、気持ちに余裕があった所為で家を出るのが遅くなった。



 既に待ち合わせの時間は五分過ぎてる。



 もうみんな集まってるって、あたしがちょうど駅に着いた時、伊織から電話があった。



 これはヤバいって焦るあたしの足は、人でごった返す大きな通りに出て、鳥居が見えてきた事で更に速度を上げた。



 人とぶつかりながら必死に前に進んでいくと、視界の中でどんどん大きくなっていく鳥居。



 待ち合わせするには一番分かりやすいその場所は、かなり人がひしめき合っている。



 こんな所でみんなを見つけられるんだろうか――と、思った直後。



「天音、こっち!」


 大きな声が飛んできた。



 祭囃子を縫って聞こえてきた麻里亜の呼び声に目を向けると、鳥居の奥に麻里亜と長嶺と飯垣と、そして唯一浴衣を着てる伊織の姿が見える。



「ご、ごめ、お、お待た、せ」


 あたしの息は完全に上がってて、駆け寄ってみんなの前で足を止めて出した言葉は途切れ途切れ。



 そんなあたしは、みんなからのお小言を覚悟した。



 けど。



「白石お前、言うなって言ったのに言ったろ!?」


「へ?」


 てっきり「遅い!」って小言を言われると思ってたのに、予期せぬ言葉を長嶺に言われ、あたしの口から出たのは自分でも分かるくらいに間抜けな声。



 胸の前で両腕を組んであたしを見てる長嶺の顔は、ちょっと拗ねた感じになってる。



「『へ?』じゃねえよ! 俺の赤点の事言ったろ!」


 言いながら長嶺がチラリと目を向けるのは、麻里亜と伊織。



 見られた麻里亜と伊織はわざとらしく明後日の方を向く。



 どうやらみんなはあたしを待ってる間に長嶺の赤点の話をしたらしく、口止めされてた赤点話をしたのがバレたらしい。



「あっ、ああ、それね。まあ、いいじゃん」


「何にもよくねえし!」


 不貞腐れてるって感じの長嶺は、「本当、女ってお喋りだよな」と分かった風な事を言って口を尖らし、「で、藤堂は?」と、気を取り直したように通りの向こうに目を向ける。



 怒ってるって言っても所詮はその程度で、長嶺もそんな事じゃ本気で怒ったりはしない。



 そもそも本当に隠したいなら、あたしに言わなきゃいいだけだし。



「あっ、藍子は――」


「さっき見た」


 藍子は家族と行くからあたし達とは行かないの――と説明しようとしたのを、飯垣に短い言葉で遮られた。



 今の今まで素知らぬ顔でそっぽを向いてた飯垣は、



「美人な男と美人な女とガキといた」


 独特なテンポと独特な言い回しでそう付け加える。



 覇気のない鷹揚おうようとしたその話し方自体が、既に普通の人とはズレてる感じ。



「それって多分、お兄さんとお姉さんとその子供だと思う。藍子、家族と行くって言ってたから」


 あたしの説明に飯垣は「ふーん」と言った。



 心底興味がないって感じの「ふーん」だった。



 そんなに興味がないんだったら、わざわざ「見た」なんて報告しなくていいじゃんって思うくらいの「ふーん」に、あたしの中の飯垣に対する苦手意識が大きくなった。



 伊織には悪いけど、この男のどこがいいのか全く分かんない。



 顔がいいってだけで性格面は酷いように思う。



 でも飯垣の態度が気になるのはどうもあたしだけらしく、長嶺は「美人な男って何だよ」と飯垣の言い回しを笑い、伊織は「藍子のお兄さんとお姉さん美形だよね」と麻里亜に同意を求める。



 クラスメイトだから飯垣のズレた感じに慣れてるのか、誰も何も思わないらしい。



 当の飯垣はもう知らん顔で、人で溢れる境内を眺めてるのに、誰も何も言わない。



 そうこうしてる間にも、神社には人が増えていく。



 八時から始まる花火を見ようと、続々と人が押し寄せてくる。



 見渡す限り、人、人、人の光景に、さっさと中に入るのが得策だと思った。



「ねえ、そろそろ行かない?」


「ああ、そうだな。行こうか」


 あたしと長嶺の言葉をきっかけに、あたし達は人でごった返す参道に足を踏み入れた。



 花火が綺麗に見えるのはやしろの前。



 そして「花火を並んで見る」ってジンクスがある場所も社の前。



 だから広くなってるその場所に誰もが向かい、時間的にもこの時間は大混雑になる。



 参道は、所狭しと建ち並ぶ夜店の灯りで煌々こうこうとしていた。



 眩しいくらいに明るいその参道を、あたし達は人とぶつかりながら歩いていく。



 ただ混雑してて五人で固まって歩く訳にはいかないから、あたし達はいびつな形で縦に並んで参道を進んだ。



 先頭には麻里亜と長嶺。



 そのすぐ後ろに伊織。



 伊織から数歩離れて飯垣が続き、更にその後ろにあたしがいる。



 麻里亜は伊織が飯垣と話せるようにと気を遣って、自ら長嶺に話し掛けて並んで歩いてるのに、伊織は恥ずかしくて飯垣に話し掛けられないらしく、何だかんだと麻里亜に話し掛ける。



 だから、その三人の後ろをのらりくらりと歩く飯垣と並んで歩く訳にいかないあたしは必然的に最後尾になっちゃって、話す相手もいないからつまんないったらない。



 花火の時間に見る場所を確保する為に、一直線に社に向かってるのはあたし達だけじゃない。



 誰も彼もが一直線に社に向かうから揉みくちゃにされる。



 とにかく人が多くって、気を抜いたらはぐれそうな状況に、あたしは必死で飯垣の背中を追い掛けた。



 周りが人だらけでいつの間にか先頭の麻里亜達も見えなくなったから、飯垣の背中だけを追い掛けた。



 元々長い参道は、ゆっくりとしか動けない状況じゃもっとずっと長く思えて、永遠に社に着かないんじゃないかと思わせる。



 歩き始めて十五分もするともういい加減嫌になってきて、「ここで花火見ようよ」って言いたくなった。



 そんな状態だったから、前の飯垣が参道の脇にズレて足を止めた時はちょっとホッとした。



 みんなも疲れて休憩がてら夜店でも見ようとしてるのかなって思ってホッとした。



――のに。



「はぐれた」


 聞こえてきたのは、内容の割には何の焦りも感じない飯垣の言葉。



 一瞬聞き間違えたのかと思うくらいにのんびりとした声に、あたしは「え? 何?」と聞き返した。



 聞き返しながら今の飯垣の発言は嘘であって欲しいと願った。



 けど。



「はぐれた」


「はぐれた?」


 飯垣の二回目の言葉も一回目と全く変わらず。



「見失った」


「……はい?」


 更に言い方を変えられたところで内容は何ら変わってない。



 さっきまで歩いてた参道の前方に目を向けても、確かに麻里亜達の姿がない。



 あたしには見えなくても飯垣は見えてるんだと思ってたのに、飯垣にも見えてなかったらしい。



 あんたを信用して黙ってついて来たのに何で見失ってんのよって、文句を言ってやろうと思ったけど、見上げた飯垣の顔が無表情だったから、一瞬で言う気ががれた。



「み、見失ったっていつ? 今?」


「五分くらい前」


「は?」


「五分くらい前に見失った」


「五分も前!?」


「うん」


「な、何で今まで言わなかったの!?」


「気の所為かと思ったから」


 一体何がだって思う事を口にした飯垣は。



「まあ、縁があったらそのうち会えるだろ」


 え? 何言ってんの?って思う事を口にする。



 すっ呆けた事言っちゃって、飯垣って面白いね――なんて微塵も思えない。



 何があっても余裕なんだね――なんて微塵も感心出来ない。



 この、何もかもがズレてる感じが信じられなくて、イライラが沸々ふつふつと湧き上がってくる。



 せめてもうちょい焦れよって、飄々ひょうひょうとした態度に腹が立ってくる。



「あ、あたし、麻里亜に電話する」


 こんな奴といくら一緒にいてもらちが明かないと、早々に見切りをつけたあたしは鞄からスマホを取り出した。



 不可抗力とはいえ、飯垣とふたりって状況が伊織に凄く申し訳ない気になって、早くこの状況を打破したいと焦ってた。



 のに。



「別に電話しなくてもいいんじゃね?」


 あたしの焦りとは正反対の声があたしの動きをさえぎる。



「は?」


 スマホを手に持った状態で隣に目を向けると、飯垣は全くこっちに目を向けずに、目の前を通る人の波をぼんやりと見てた。



 確かに今、あたしに向かって話したくせに、視線は人の波に向けられてて、目の前を通る人を眺めるように、緩々ゆるゆると視軸が移動する。



 マイペースな人間も嫌いじゃないけど、ここまでになるとぶん殴りたくなる。



「で、電話しなきゃ会えないじゃん!」


「…………」


「この人混みで探すなんて無理でしょ!?」


「…………」


「それとも飯垣、今探してんの!? そうやって探してくれてるって事!?」


「…………」


「見つける自信あんの!? その、縁だか何だかで!」


「…………」


「自信あるならさっさと――って、聞いてる!?」


「……聞いてる」


 そこでようやくあたしに目を向けた飯垣は、パチパチと二度瞬きをした。



 無言だった事に関して悪びれる様子はない。



 飄々とした感じのままあたしを見つめて、「探してない」とのらりくらり言葉を吐いた。



「な、何で返事しないの!?」


「何が?」


「聞いてたんなら、返事するのが普通でしょ!? 話し掛けてるんだから!」


「面倒だから」


「はい!?」


「口動かすの面倒だから」


「はあ!?」


「声出すのとか面倒だし」


「はああ!?」


「別に返事しなくても聞いてるからいいかなって」


「…………」


 このマイペースさには、いよいよ殺意を抱く。



 面倒って理由だけで返事をしない飯垣の首を絞めてやりたいと本気で思う。



 実社会において、面倒だからって理由だけで返事をしない人間が、他の人と同じように生きていけるとは到底思えない。



 っていうか、これはもう性格が一風変わってるって次元じゃない気がする。



 常識を欠いてるとしか言えないこの性格の飯垣と、これ以上一緒にいたらあたしまでおかしくなっちゃう気がしまくる。



「と、とりあえず電話――」


「だから、しなくていいんじゃね?」


 手にあるスマホに目を向けたあたしの動きを、飯垣はまた遮る。



 面倒な声を出すって作業をしてでも、電話しなくていいって事は伝えたいらしい。



 そこだけはかたくなに――。



「……何で?」


「うん?」


「何で電話しなくていいの? この人混みだと電話しなきゃ会えないよ?」


「うん」


「会えなくていいの?」


「まあ、もうちょっといいんじゃね?」


「何で?」


「長嶺、あんたの友達の事好きだから」


「え?」


「あんたの友達の事、好きなんだってさ」


「ええ!?」


「もうひとりともはぐれてるかもしれないし、そしたら長嶺、好きな奴とふたりでいられんじゃん」


「ちょ、ちょっと待って! と、友達って、どっち!? どっちの子!?」


「背の高い方」


「ま、麻里亜!?」


「さあ? 名前は知らない」


「浴衣じゃない方!?」


「うん」


「麻里亜!?」


「だから名前知らないって」


「えっ、でも、えっ、そうなの!? でもそれって――って、飯垣、あんたそんな事、あたしにあっさり言っちゃっていいの!?」


「ん?」


「長嶺の気持ち、あたしにバラしちゃっていいの!?」


「別にいいんじゃね?」


 電話する事を頑なに止めてくるから何かあるんだろうとは思ったけど、まさか長嶺の恋心が隠されてたとは予想外。



 しかもその恋心をあっさりと、飯垣があたしにバラした事も予想外。



 飯垣は、無口なのかお喋りなのか何だかよく分かんない。



「い、飯垣ってお喋りなんだ?」


「うん?」


「だってほら、長嶺の事、あっさりバラしちゃったりするしさ? もっと口硬いと思ってたから意外――」


「俺、口硬いよ」


「――へ?」


「俺、口硬い」


「で、でも今……」


「大切な事は言わない」


「大切な事……?」


「本当に大切してるものは、自分の中だけに大事に仕舞ってある」


「…………」


「誰だって、そうだろ?」


「…………」


「本当に大切なものっていくつもない」


「…………」


「本当に大切なものだけ大事にしてればそれでいい」


「…………」


「だろ?」


「あ――」


 言い掛けた言葉は、手の中にあるスマホに、麻里亜から着信があった事で遮られた。

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