夏休み中にある登校日は、何の為に登校させるんだろうって思うくらい何もしない。



 簡単なホームルームと、出されてる課題で分からないところがある人は残って先生に聞くように言われるくらいで終わるから、集めた意味が分からなくて疑問に思う。



 それでも必ず先生が、「羽目を外し過ぎるなよ」って最後に言うから、夏休みの登校日っていうのは、先生が生徒の羽目の外し具合を見る為に設けられてるものなんだろうと、あたしは勝手に思ってる。



 ホームルームが終わったあと。



 ゾロゾロと教室を出ていくクラスメイトの群れの中に長嶺の姿を見つけたあたしは、伊織との約束を思い出して慌ててその背中を追い掛けた。



 廊下に出ると、そこには他のクラスの生徒もいて、人で溢れ返ってた。



 そんな廊下を、人の波を上手に縫って昇降口に向かってた長嶺は。



「長嶺!」


 あたしのその呼び掛けに、足を止めた。



 教室を出る長嶺を見つけてすぐに追い掛けてきたはずなのに、足を止めた長嶺とあたしの距離は随分とあった。



「帰んの?」


 あたしが駆け寄ってそう問い掛けると、長嶺は「いや、部活」と笑い、笑った口の間からやけに白く思える歯が覗く。



 麻里亜が長嶺の事を「顔はそこそこいい」とか言うから、変に気になって顔を見てしまう。



 でもやっぱりあたしの目には、そういう風には映らない。



「部活って、補習は?」


「今日はなし」


「そうなんだ?」


「昨日で終わった奴もいるしな」


 俺はあと一週間あるけど――と笑って付け加えた長嶺は、「で、何?」とソワソワしてる感じで聞いてくる。



 早く部活に行きたいらしいその態度に、あたしも何だか気がいて、「あ、明日の事なんだけど」と、妙に早口で言ってしまった。



 そんな、無意味に慌てて言葉を紡いだあたしに、長嶺は「ああ! そうだった!」と思い出したように言って、



「俺も明日の事で白石に話あったんだよ」


 あたしが呼び止めなかったらどうするつもりだったんだって思う言葉を口にする。



 しかも何だか言い方からして雲行きが怪しそうだから、呼び止めた事を一瞬後悔してしまった。



「明日の事で話って何?」


 恐る恐る問い掛けると、長嶺は分かりやすく申し訳なさそうな顔をする。



 いよいよ本当に怪しくなった雲行きに、お願いだから明日の事を断わらないでと、心の中で切に願った。



「祭り、一緒に行く約束してたじゃん? でも、俺と飯垣しか行けなくなってさ」


「へ?」


「他の奴ら、予定が入っただの彼女と行くだのって、急に断わってきやがったんだよ。俺と飯垣のふたりだけど、いい?」


「い、いい!」


「マジで大丈夫?」


「全然大丈夫!」


「なら、よかった」


「うん! 本当、よかった!」


 むしろその方が、他の男子に気を遣わなくていいって思う事を言ってくれた長嶺は、あたしの返事にホッとしたように肩の力を抜いて、「で、白石の用事って何?」と、鞄を持ってた手を変えて、あたしの正面に向き直る。



 そしてついでのように空いた手を伸ばしてきて、あたしの肩を掴んでグイッと引っ張った。



 反動で体が壁側に動いた直後、あたしの真横を男子生徒が駆け抜けていく。



 あのまま突っ立ってたら確実にぶつかってたって距離だったから、長嶺の行動の意味をすぐに悟った。



「んで、何?」


 さっきより近くなった距離で聞いてくる長嶺から、太陽の匂いがする。



 実際は、長嶺が日に焼けてて太陽を連想するから、そんな気がするだけなのかもしれない。



 でも、そんな気がした途端に胸がドキドキし始めた。



「あ、あたしのは大した事じゃないっていうか、長嶺が明日の約束忘れてんじゃないかなって思っただけで……」


「忘れる訳ねえだろ。俺、そんなにバカじゃねえし」


「う、うん。それは分かってるんだけど、一応、念の為にね」


「ちゃんと覚えてるっての! 明日、六時に鳥居集合だろ?」


「……うん。七時だけどね」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「七時か……」


「……うん。七時」


「危うく一時間待つとこだったな」


「だね。流石さすが驚くべきバカだよね」


「うっせえ。まあ、とりあえず俺と飯垣で行くから」


「うん。時間間違えないようにね」


「分かってるっての」


「んじゃ、また明日」


 言って小さく手を挙げたあたしに、長嶺は「明日な」ときびすを返す。



 昇降口に向かう長嶺は、やっぱり人の波を縫ってくのが上手くって、すっかり感心してしまったあたしは、その後ろ姿から何となく目を離せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る