レジスター 3
ガソリンスタンド裏の空き地に、大きなバンと、何故か国崎の軽自動車が並んで駐車していた。人見がバンの後部ドアを開けると、そこには四名の警官が座っていた。
計器を調節したりモニターを見ている二人は国崎に関心を示さなかったが、残りの二人は素早く立ち上がるとと、彼の両手を引っ張って引きずり上げた。じゃあよろしくと言い残し、人見が車で走り去ると、観音開きが閉じられる。
「なにをするんです!」
いきなり服を脱がせにかかる二人の腕を国崎が振りほどこうとするが、それは力で抑えられた。
「マイクを付けるだけだ。土居琴美が現れたら直ぐ我々に連絡。あと、部屋の中に入ったらリビングのコタツに入り、カーテンを閉めずに照明を点けろ。後はその都度指示する」
「わかりましたけど、そんなことで琴美ちゃんが?」
「そこは君が心配しなくてもいい。ここからは車を運転し君一人で向かうことになる。妙なことを考えるな。逃げた場合も非常に危険だ。わかるな?」
小さなマイクが肌着へテープで止められた。いくつかの結線を終え、イヤホンを耳に突っ込むと、警察官の一人がマイクのテストを、と指示する。国崎が数度声を上げ、モニターを見ていた一人がよしと呟いた。途端に扉は開かれ、国崎が歩き出すと一人がその背中に怒鳴る。
「いいか、奴はたぶんもう二人殺している凶悪犯だ。この上君を殺されたく無い。慎重に頼む」
国崎はその言葉に足を止めるでも無く、自分の車を見たまま右手を少し上げた。
――何が殺されたく無いだ。そっちの都合じゃないか。
懐かしい自分の車のシートに収まると、まだ痛む鼻や顎を摩りエンジンをかける。調子よく目覚めるエンジンに国崎はほっとしながらも、後のことを考えた。
――多分、ここからアパートまでは要所で警官が見張り、アパートの周りにはあの若造りおばさんが部下を連れて囲んでいるんだろう。
逃げる手は無しか。アパートまでは奴らの言うとおりにして、琴美ちゃんが来たら連れて逃げるか。
だが、十中八九この車には細工がしてあるだろうと、肩を落とす。
――近所で車を盗んで。
と思ってはみるが、余りにも非現実的だった。
「やつらの言うとおりにするしかないか」
溜息交じりに思わず呟くと、イヤホンからの返答が帰って来た。
『聞こえてるぞ』
慌てて吸い込んだ息をすっかり吐き出してから、すいませんと呟く。
答えが出ぬまま気が付けば、車はアパートの駐車場に止まっていた。周りに車は一台も無い。全員避難済みってことか、と国崎は納得する。
緑色の塗装がひび割れた金網を、ヘッドライトが照らし出している。
国崎は込みあがって来る、ごちゃ混ぜの感情を下腹へと押し返した。
「聞こえてますか? これから部屋に入ります」
『了解、助手席の袋をもって中へ』
雨の中を部屋に駆け込み照明を点ける。
いつもと同じ琴美の匂いが漂う少し乱雑な様を見渡し、助手席にあったレジ袋をちゃぶ台の上に置く。
他には、暇つぶしにということだろうスナック菓子や菓子パンが詰まっていて、国崎は少し笑った。
『渡した帽子をもう少し深く被れ。イヤホンを隠せ。――ゆっくりと部屋の中を確認しろ』
イヤホンからの指令通り、バスルームやトイレを周り、窓に向かって左側へと座った。誰も居ない台所を背にしていると何故か冷たい空気が漂ってくる気がする。
「テレビ点けていいですか?」
『そちらから極力喋らないでくれ。トイレ以外、大きく動かなければ普通にしていい』
国崎はリモコンを手に取り、スイッチを入れた。いつもの民放へとチューニングする。ニュースを解りやすく芸人が解説する番組を見ながら「へえ」と口にしてみる。世界情勢について発表する芸人が引っ込むと、新たな芸人が壇上に立つ。
『わたしはこれ! いじめについての考察を、ええと、この投稿によりますと――』
テレビの中で、ベテラン女優が質問する。
「ふーん、で、なんて言ったの、その子?」
「溜まってしまった負のエネルギーをどこに吐き出せばいいのか、と言ったそうです」
「それで?」
「彼女は、それに答えず立ち去ってしまったんですね。ここで何かを言っていれば結果は違ったものになったかも――」
突然、全てを圧倒するように、明市の空を雷鳴が駆け抜けた。その瞬間、衛星からの電波は雨の密度に敗れ、テレビはエラーメッセージと、ただぼんやりとした国崎の像を反射するだけになった。
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