マニピュレーター 5
神妙な顔を造って、
キュルキュルとエンジンルームからベルト類が軋む音がする古いカローラの後部座席に荷物を放り、細い道をゆっくりと進む。
家族に不幸があったなんていう嘘をつくのはやはりどこか後味が悪い、と雨に霞む南側の山地を僅かに憂鬱な気分で一瞥し、左手で頬を二度叩いた。
「まあ、少し長かったからな」
初めてこの街に来た時のことを思い出し、金堂は鼻を鳴らす。
年が明けて少し経った頃。
指定されたアパートの前に車を止めると、子供の叫び声が聞こえてきた。いや、子供と言うにはかなり違和感がある大きさの少年は、両手を広げ、生き別れたヒロインを迎えるヒーローのように彼女へ向かって走り出すと、その腰に両腕を回して声を限りに泣き始める。
芝居の稽古か何かだろうかと金堂はその様子を呆気に取られて見入っていた。古典映画に出てきそうな清楚さを放つその女性は彼の頭を撫でながらその首を抱き、微笑んでいた。
車から出た金堂は彼女と目が合い、会釈した。
「引っ越してきた鞍馬と申します。よろしく」
彼女は、少年へ向けられた笑顔のままで、金堂に笑いかけた。
部屋へと向かう金堂の背中で会話は続き、姉と弟は両親を無くしており、弟はいわゆる知的障がい者であることがわかった。同情も深入りも禁物だとわかってはいたが、金堂はその姉弟がこの上も無く美しい存在に思え、こんな人々が住むこの国を守るという職務を少しだけ誇らしく感じた。
民主的な手段であろうが、現政権を転覆させ理屈に合わない思想を振り回そうとする原田を滅する。そのことに迷いは無い、と確認する。
アパートに着くと、金堂はいつものように弟が待つ一階の部屋へ向かった。ドアが開くといつも通りの光をその目に湛えた少年が金堂に抱きついてくる。
「今日はチョコとポテトチップを持ってきたぞ」
「チョコ? チョコ大好き!」
「お姉ちゃんの分も残しておけよ」
「うん、半分だけたべて良い?」
「いいよ。でもホントに半分だけだぞ」
明日兄ちゃんは消えるよ、と喉元まででかかったが、少年には理解できないだろうと笑顔だけを残しドアを閉めた。テレビが点き、嬉しそうな鼻歌が聞こえて来るそのドアのノブを、金堂はゆっくりと放す。
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