マニピュレーター 2



 井出組本部ビルの前に止めた車の中で、高見沢と奥田はコンビニ弁当を広げていた。



「土居の爺さん、入ったっきりさっぱり出てきませんね」


「奴らも戸惑ってるってことかな。さっきから若いもんがぞろぞろ入って行くが、出てく奴は少ない」


「なるほど、なるべく組織全体を目の届く所に置きたい訳か」


「そうだ、若いもんが勝手に暴発しちゃ、奴らも面白くは無いだろう」


「動揺してるぅ」



 奥田は、弁当のパックをダッシュボードに放りだし、後ろの座席の鞄からタブレットを取りあげる。



「庄野に付いてるのは、北陸の岩名組。こっちも大物ですね」


「そうだな、一応下部組織の皮は被ってるが、中の奴は全国組織の久留間連合だ。原田や庄野の屋敷近くに拠点をぼこぼこ作ってたようだが、奴らも面目丸潰れってとこか」


「さすが組対、詳しいですね。拠点は三箇所、兵隊は百五十人ほどか。資料が正確なら」


「おいおい、情報漏洩とか勘弁してくれよ、そんなおもちゃで」


「大丈夫ですよ。暗号かけて細分化して署のサーバーだけじゃなくて色んな所へ上げてありますから」


「なに? まあ大卒のエリートさんがやるこったから……」



 高見沢はかぶりついた握り飯を慌てて飲み込み、無線に対応する。



「はい高見沢。あ――はいー、わかりました。この場は明署に任せても?――では庄野宅へ向かいます」


「人見さん?」


「ああ、二郎のお妾さんを署に連行だ」


「連行って、ひどいなあ」



 鼻を鳴らしながら後方確認をしてハンドルを切る高見沢に、奥田は呆れ顔で言い捨てた。



 庄野の別宅は、高い塀で囲まれた要塞のような造りになってはいたが、裏には、北側の山地へと続く森が迫っていた。


 これじゃあ犯人に逃げられても仕方ないか、と奥田は口をへの字にする。数台止まっている警察車両の後ろに車を着けた高見沢が、ドアを開け顔を顰める。



「やべえなこりゃ、本降りになってきやがった」


「予報じゃひどくなるって言ってましたし、やることやってさっさと署に帰りましょ」


「踏んだり蹴ったり、ってかぁ」



 二人は門へと駆け込み、広大な庭を恨めしそうに見回して、やっと玄関にたどり着く。



「あ、ご苦労様です」



 明署の婦警が会釈する。奥田はそれに愛想良く答えると、呼び止めた。



「君、署に帰るとこ?」  


「はいそうですけど」


「悪いけど、ちょっと手伝ってくれないかな。佐久間さんを署にお連れするんだけど」


「あ、本部の人ね。わかりました、いいですよ」


「助かっちゃうなあ。有難う」



 高見沢が肘でわき腹を小突きながらいやらしい笑顔を向けてくる。



「なんですか? 女性の方の移送なんだから婦警さん居たほうがいいでしょう」


「へえ、気が利くねえ。いい部下だねえ。かっこいい」



 先に立って歩く婦警は耐え切れずふきだしたが、すぐに姿勢を正すと前を見たまま言った。



「お二人とも、ふざけないでくださいよ。――ここが現場です、オーディオルーム。見ます?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る