国崎 4



「この辺だったんだけどなあ」



 大通りの交差点に着いた国崎が呟くと、琴美は止めてと言いつつ、上着を羽織る。



「どうすんだ?」


「三件しか無いじゃん。総当りよ」



 確かに道の左手に並ぶ家は三件だけで、その先は竹林が続いていた。


 琴美は小走りに駆け出し、躊躇無く仕事をこなしてゆく。一件目の玄関先で頭を下げたかと思うと、大きな二件目へと走った。



 すると、少女が顔をその後姿に向ける。


 ゆっくりとではあるが、確かに視線が彼女の足取りを追っている。



「お嬢ちゃん? 俺の声聞こえるかい?」



 すかさず国崎は声を掛けてみるが、それには反応を示さず、視線は暗い家へと向かったまま動かなかった。


 二件目からは応答が無かったらしく、広い庭から駆け出すと三件目に向かった。そして間もなく彼女は肩を落とし車に帰って来た。



「二件目の家っぽいかも。でも、鍵は開いてるのに返事が無いのよね」


「それで?」


「よくわかんないなあ。両隣にも二件目に子供が居ますかって聞いてみたんだけど、曖昧な感じで」


「うーん。じゃあ、この子は遊びに来てる親類かなんかかも」


「どうだろう。とりあえず名前はわかったから、一旦うちに戻ろうよ。ね、原田さん」


「原田って言うんだ」


「違うかも、だけど。暫定原田さんね」



 国崎の適当だなあという言葉と共に、今夜初めての笑い声が車内を満たした。ラジオからの軽快な音楽に乗せて、国崎はリズミカルにハンドルを操作する。



 ――まるで、何にも無かったかのようだ。



 さっきまでの疑問や、重苦しい罪の意識が急速に薄れてゆく。琴美も笑顔でもう安心と言いながら、自分とそう変わらない身長の少女を撫でていた。


 細めた目で、国崎はバックミラーを覗く。


 その時、少女の口角が少し上がって見えた。




 部屋に着いた三人は、小さなちゃぶ台を囲んで座る。



「はい、原田さん。ココア好きかなあ」



 大きなマグカップから立ち上る湯気を、少女は大きな瞳で不思議そうに眺めている。



「さっきより、反応出てきたと思わない?」


「車の中でもちょっと笑ってたように見えたし」


「え、まじで? じゃあ、これ飲めるかな?」



 琴美が差し出したカップを、その細い指ががっしりと受け止める。



「あ! 熱いから気をつけて」



 国崎が飲んで見せると、少女もカップに口を付ける。



「やった。もう大丈夫だね。ね!」


「うん、しばらく好きにさせよう。この子いくつくらいだろ?」


「どうかな、五、六年生くらいかな。丁度良かった、ハンバーク好きだよね?」



 時計は午後八時を回り、ちゃぶ台には琴美の作ったハンバーグやサラダが並べられた。


 テレビからは聞き慣れたお笑いタレントの笑い声がして、いつもと変わらない週末の夜が始まる。強烈な違和感を発するはずの少女は、ピンク色のジャージを着て静かにゆっくりとハンバーグを口に運んでいた。



 何度目かの、こいつをなんとかしなければならない、という思いが国崎に押し寄せる。だが、それはすぐ海波のように引いてゆく。まるでそれが自然の摂理なのだと言わんばかりに安心感が積み重ねられ、一波ごとにその憂慮は小さくなっていく。



 琴美は、少女から目を離さない。その瞳は、まるで子供を慈しむ母親のように見える。



 ――でもやっぱり。何かが……。



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