掠れた声と吐息
第5話
どうしてあんな人、好きになってしまったんだろう。
合唱と言えば、透き通った声で歌うことがいいことなのに、あの人は一人だけ掠れた声で歌う。
最初はバカじゃないの?って、思ってた。
「…お前、さっきちゃんと歌わなかっただろ」
授業終わり、あたしは音楽室からさっさと出ようとしたのに、引き止められてしまった。
「ちゃ、ちゃんと歌いましたけど」
「嘘つくなよ。やる気がないならやらなくていいぞ」
「それは、先生の方じゃないですか」
「は?どういう意味だよ」
先生は去年教師になったばかりの新米で、見た目、全然音楽なんてできなさそうなくらい、不良みたいな先生。
実際、高校時代はすごく荒れてたらしいけど。
「だって、先生、合唱なのにすっごい掠れた声で歌うじゃないですか。
普通、合唱といったら透き通った綺麗な声で歌うものじゃないですか」
「…それはな、ハスキーというべきだろ。俺は、合唱だからって自分の声を変えて歌おうとは思わない。まぁ、歌えば目立つだろうけど」
「要は目立ちたがりってことですか。わかりました」
「は?ちげーよ。なにも繕わないでありのままの俺でいたいんだよ」
「それは、作曲家とか芸術家が言うセリフですよ。教える側の教師がそんなこと言っちゃダメです」
「…いちいち細かいね、お前」
「いけませんか?」
「いや、別に。っていうか、ちゃんと歌えよ。これから」
「…」
あぁ、あたしはなんてバカなんだろう。
どうして、“なにも繕わないでありのままの俺でいたい”なんて言葉と、先生の顔にときめいたりしたんだろう。
―――そんなこと言われたら、先生が合唱で掠れた声で歌うこと、いいことだって、思っちゃうじゃん。
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