scene G1「深夜のお茶会」

いびき虫

11月1日 新月

iPhoneをおやすみモードにした。まだ寝ないくせに。


全部私が悪い。


今思えば、いつも他人のせいにしてきた。そういう人生の積み重ねが、今の私を作ったんだと思う。

自分でいうのもおこがましいけれど、私は才能があった。背景もあった。人の関心を引くのには、十分すぎる装備を偶然持っていた。

例えば、私の母はキレ症でネグレクトだった。たまに置かれるお金で、特売品の惣菜を食いつないだ。母に母らしさを求めたことは一度もない。それが、我が家の絶対的な暗黙のルールだった。父のことは、記憶からすっぽり抜けている。中学校ではいじめに遭い、高校では年上のDV彼氏に浮気されて、自殺未遂を図った。そんな人生を無理に笑っていたら、同じように笑ってくれる友達ができた。SNSを始めると、今度はファンという存在に出会えた。少しずつ、でも束の間に、いつの間にか全SNSのフォロワーは100万人を超え、身の丈にふさわしくない夢のような淡い時間を手にしていた。だけどそんな夢みたいな現実にも慣れ、いつの間にか当然の日常になっていた。それが自分の身の丈にあった生活だと勘違いしていた。


甘いものばかり食べていた私はいつしか甘さがわからなくなっていた。


身の丈を超えた影響力と人間関係とお金を手にした。なのに心は空っぽで、私の自尊心は歪に肥大化していった。


だからそう、今、私がネットで大炎上しているのだって、仕方のないことだ。全部、私が悪いんだ。謝って許されるなら、今すぐにでも謝りたい。死んで許されるなら、今すぐに死んだっていい。でも、もう遅いのだ。私が謝ろうが死のうが、許されるタイムリミットはとうに過ぎてしまった。


きっかけは、ただ機嫌が悪い時に見た一件のコメントだった。私は美容系インフルエンサーで、元々太っていたし、似合っていない上に酷く濃い、いわゆる地雷系メイクをしていた田舎の芋娘だった。そんな私が、垢ぬけるために日々努力する様子を紹介するのが、私の主な活動内容。そのある日の動画に「結局お金使って垢ぬけただけ。お金がない一般人には真似できないし、意味がない」というコメントが書き込まれた。

普段なら気にも留めないそのコメントが、その瞬間だけはどうしようもなく不快だった。私はそのエネルギーを解放するかのように、反発する動画をUPした。動画の中で私は、一方的に「お金がない人は一生言い訳して行動しないから結局変われない。自己投資できないからリターンもない。それに気づかずに他人に文句を言う人にはなりたくない」と、怒りをぶつけるように発言してしまった。


その動画は、瞬く間に切り抜かれ拡散された。悪意のある切り抜きは意図しない伝えられ方をして、次々と波紋を呼び、過去の動画の不適切な動画も洗いざらい掘り起こされた。


私が昔ちょっとだけ紹介した商品が実は詐欺商品だったとか、水商売で枕してたとか、そんな汚い金で偉そうなこと言うなとか。事実無根の噂も含めて私に対するヘイトは大いに盛り上がった。


私は謝らなかった。悪いことを言ったと自覚がなかったし、少なからず賛同の意見も多かった。だけど過去の動画が悪意のある切り抜かれ方をし始めたころ風向きが変わった。私のSNSのコメント欄は誹謗中傷で溢れ、慌てて謝罪動画を出そうとも思ったがすでに遅いのだ。私はこれまで何人もの同業が同じ目にあっているのを見てきた。こうなってからでは謝罪動画は着火剤でしかなく、より強い火力で燃えるのみだ。私は謝ることすら諦めてしまった。謝ってそれでも尚、叩かれてしまったら私の心はきっと限界を迎えることを知っているから。


私は許されるためならなんでもできるが、許される方法がないのだ。

私のようなタイプの人間がネットで炎上すると救いは残されてない。でもそれは私のブランディングの賜物であって、言い訳はできない。


それから眠れない日々が2日ほど続いた深夜3時。親友の純(じゅん)からLINEの通知が届く。


純「今から行くよ(強制)」

私「え?なんで?」

純「心配だから」

私「大丈夫だよ?てか今から何するの?」

純「それでもいくよ。ん〜何しようかな。お茶会?」

私「お茶会!?」

純「そう!深夜のお茶会。アフタムーンティー的な?」

私「www超いいじゃん」

純「でしょ?20分くらいでつくよ」


純ちゃんは有無を言わさず私に会いにくると宣言した。20分後くらいと宣言した彼女は約1時間かけて私の前に現れた。”くらい”という単語に40分使える純ちゃんのことが私は本当に大好きだ。この子はヒーローだ。いつもは大体私より、病んでるし、めっちゃ遅刻するし、めっちゃ気分屋だし大体ダメな男に引っかかっているけれど、彼女は間違いなく私のヒーローだ。


「これ買ってたら遅くなったぜ」彼女はビニール袋から、アールグレイと紅茶のリキュールとはちみつといいちこ(麦焼酎)と大量の甘いお菓子を出した。わざわざドン・キホーテで買ってきたのだそうだ。絶対コンビニでいいのに。わざわざ遠回りして、私を喜ばせるために。


キッチンにむかった純ちゃんは慣れた手つきで、元バーテンダーの元カレに教えてもらった秘密のレシピを喜々として紹介してくれる。アールグレイとはちみつをマグカップに入れて電子レンジで温める。そのあと紅茶のリキュールと1/3くらい混ぜる。「濃いめ?薄め?」彼女は真顔で私に問う。思わず噴き出した私が答える前に彼女は「濃いめね。OK」といいちこをドバドバとカップにそそぐ。スプーンで雑に混ぜたあと「ベランダで飲もうぜ」彼女は問答無用でベランダに向かう。


「見て!月!」


純ちゃんが指さす東の空には月は全く見えなかった。今日は10月31日。いや日付を跨いでいるのでもう11月1日。調べると今日は新月のようだ。月が始まるその日、新月は太陽と月がちょうど同じ方角に並んでいるので月が全く見えない。


「え?今日、新月だから月は見えないみたいだよ」と言うと「違うよ。見てほら」と彼女はスマホの待ち受けに映る綺麗な満月の写真を見せてきた。「私、お月様大好き。」訳が分からないが彼女のこういうところが本当に大好きだ。


純ちゃんはスマホの画面をマジマジと見ながら、恥ずかしげもなく「今日は月がきれいだねぇ」と呟いている。それが告白で使われることがあるくらい偉大なセリフであることを彼女自身は気づいているだろうか。純ちゃんが作ったホットカクテルは思ったよりアルコール感が無くて優しい味がした。暖かくて、甘くて、落ち着く。


「夜中の4時だけど、お菓子も食べちゃうよ!親友が元気ないんだもん、あくまでお茶会だしね。ダイエットは休憩だよ。親友が病んでるんだもん」

純ちゃんは片手にホットカクテル、もう片手にはお茶会には似つかわしくないアイコスを持って私に説明するように、お菓子を食べていい理由を並べている。


「ねぇ、ただ自分が食べたいだけでしょ?」


「・・・」


純ちゃんは都合が悪くなると無視をする。彼女は本当は別に食べたくないのも、私に気を遣って食いしん坊を演じているのも全部知っている。純ちゃんは世間では「よく炎上するお騒がせインフルエンサー」だ。誰も純ちゃんの本質を知らないけれど、私は純ちゃんのやさしさの本質を知っている。


「アフタムーンティーだ」

純ちゃんが何気なくぼやく。


「え?」


「深夜に月がでた後にするお茶会だから、”アフタムーンティー”どう?」


「なにそれ。めっちゃいいじゃん。定期的にやろ。アフタムーンティー」


新月はお月様の始まり。太陽と被ってお月様が何も見えなくなる日で始まりの日。ずいぶん前に死んだおばあちゃんが言っていた「普段は夜更かしなんてしちゃだめだけどね、新月の日だけ特別。お月様がお休みしてるから、私たちは好きなだけ起きてていいのよ」という言葉が今でも私の中に残っている。


きっと天国のおばあちゃんがそうしてくれたのだろう。眠れないほど辛くて苦しい日は眠らなくていい。好きなだけ夜更かしすればいい。昨日まで怖かった朝はもう怖くない。だって私の特別な親友ちゃんが傍にいてくれるから。


いつか、いつか。

私が素直になって、この気持ちを純ちゃんに伝える日が来るならば、その日は絶対に満月の夜にしよう。

純ちゃんが大好きな満月のとっておきの夜に。


「ね〜純ちゃん。本当にいつもありがとうね。大好きだよ。」


「わ〜私もだよ!!みおちゃん大好き」


「何も見えないけれど、今日は本当に月が綺麗だね」


「へへへそうだね」

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