プロローグ②
あの鋭い痛み、血の匂い、意識が薄れていく感覚は確かに本物で。
じゃあ、俺は本当に死んだのか? 誰かに殺されたのか? だが、なぜだ? いや……答えは分かりきってる。
俺がホストだったから。
ホストは人を騙す仕事だ。客の心に寄り添い、甘い言葉を並べては、嘘をつく。そんなことをしてたら、いずれ誰かの反感を買うのは避けられない。愛されたり憎まれたり、そんな不安定な均衡の中なのだから。
誰も幸せにはならない。だからいっそ、この世からホストという仕事そのものが消えちゃえば誰も苦しまずに済むのに……。
「女神さん!」
俺は声を張り上げた。
「女神フリル様、そう呼んで」
彼女は軽く眉を上げて訂正する。さらに、女神感が損なわれた。
でも、一応、女神なのであれば、生き返らせてくれたりできないのだろうか。
「……め、女神フリル様。どうか、俺を生き返らせてください。まだやり残したことがたくさんあるんです。やっと幸せになったばかりなんです。彼女と一緒に、これからって時に……」
俺はその場でひざまずき、両手を地面につけて、頭を下げた。
プライドなんてない。生き返るためなら、何だってしてやる。それだけはいま、誰にも譲れない。
フリルはため息を吐き、淡々と、
「あのね、生き返らせるなんて無理なこと言わないで? 早く、死後の世界か異世界転生か選んでくれる? 私、今あんたのために残業してんの。うち残業手当、出ないんだから早くしてくんない?」
見上げると、腕を組んで俺を見下ろしている。
残業だの……知らんがな。
「頼むから、女神フリル様、どうか生き返らせてください。この通りです、お願いします!」
今度は必死に声を絞り出した。土下座をしたまま、何度も頭を地面にぶつける。
だけど、彼女に俺の熱は伝わらない。
「しっつこいわねー。無理なもんは無理なのよ!」
なんだ、こいつ? さっきから嫌な態度で。なんだかムカついてきたのだが。
「……へ、へー! 女神フリル、
というわけで作戦変更だ。怒りも込みだが、女神を煽ってみることにした。
土下座を崩し、堂々と立ち上がって、挑発するように、座っていた彼女を見据えた。
「はっ? お前、今、なんつった?」
すると、フリルの表情が一変した。瞬時に、優雅に組まれていた腕は解かれ、目つきが鋭くなった。
「ほ……ほらな、その口悪いところ、まんま不良じゃねえか。こんな奴が女神だなんて時代も時代だなぁ! あー死人を生き返らせることもできないなんて、残念だわー。女神って聞いて期待してたけど、マジで残念だわー」
震えが
というのもこの女神、まるでやる気がない。残業だの言ってたし、それに三十秒に一回はあくびしてる。
だが、俺が思うに生き返らせる方法は必ずあるはずだ。めんどくさくて、隠してるだけで、煽れば「生き返らせることくらいはできるのよ〜!」と乗ってくるだろう。
プライドが高そうだからな、こいつ。
「っ! あのねっ! 女神としての名誉のために言っておくけど、生き返らせるくらいのことはできるのよ!」
フリルの声が弾けた。
ほらな、やっぱり、生き返らせる方法はある。だが、なんだか自信がないような顔だ。
「その……生き返らせられるんだけど……魔力が大量に必要なのよ」
「ん、魔力が?」
「まぁ、あんたの努力次第でなんとかならないこともないんだけど? でも、あんたにはまず無理なのよ。ディスってるわけじゃないわよ? これは警告で、もはや親切心でもあるのよ」
煽られた怒りは、煽りとして俺に返ってきた。
何が親切心だ、クソ女神。俺にはまず無理だと? そんなことを言われて、俺が諦めるわけないだろ。
「関係ない。生き返る方法があるんだったら、なんだってやらせてくれ。何があっても受け入れる。俺はどうしても戻らなきゃいけないんだ」
しばらく沈黙が続いた。やがてフリルは顔を少ししかめながらも、
「あーあ、もうどうなっても知らないわよ? そこまで言うんだったらっ」
そして、面倒くさそうに、リモコンを手にしてスクリーンをつけ直した。
画面には、バッと大きく《
「ん、なんだこれ?」
問いかけると、「黙って聞いてて」と言われ、プレゼン方式で「生き返る方法」を簡潔に説明された。
まず、とある異世界に転生する。そこで二年以内に、十の試練をすべてクリアすることが条件だ。
もし一つでも試練を失敗したら、次の転生のチャンスを失い、存在は永遠に忘れ去られてしまう。
しかし、成功すれば、望むものが何でも一つだけ手に入る。そこで、「女神フリルに十分な魔力量を渡す」と望めば、彼女の力で元の世界に戻って生き返ることができる、
という仕組みらしい。
「んで? 試練、受けるの? 受けないの?」
フリルは椅子にゆったりと腰を下ろし、
やはり女神の
「どんな試練かは開始するまでわからないのか?」
「うん、でも過酷なものばっかだよ。あんたが耐えられるようには到底、思えまチェーン」
さらっと言い放つフリルの言葉がやけに軽い。しかも、今度は鼻をほじってる。流石に殴りたくなる衝動が抑えられそうにない。
あーもう、さっさと始めよう。迷ってる暇はない。
一秒でも早く彼女に会いにいくために。そして、目の前にいるこの生意気な女神様を殴ってしまう前に。
「今すぐに始めてくれ」
「はぁー……じゃあ、『絶十の試練、スタート』で〜」
フリルがやる気なく、そう天に向かって詠唱のようなものを告げると、突然、光の画面が俺の目の前に浮かび上がった。
そこにはこう記される。
《絶十の試練 第一試練:『ホストになれ』》
「……え? ホスト?」
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