異世界でのホストライフは上手くいきません

ハチニク

プロローグ①

【速報です。今日午後、港区の路上で『ホストの覇者』として知られる元ホストで実業家の一条司いちじょうつかささんがナイフのようなもので刺され、搬送先の病院で死亡しました】


 暗い小さな部屋のスクリーンにその映像が繰り返し映し出された。


「おーい! ねぇってば〜、ちょっと〜??」


【警察によると、犯人は一条さんの熱狂的なファンで、執拗な追跡の末に犯行に及んだと見られています。現在、警察が詳しい動機を調べています】

 

 一条司いちじょうつかさが死亡したというニュース。つまり……俺は死んだのか?


「ねぇ、さっきから声かけてんだけど? この映像、何回見れば気が済むのよ」


 目の前の椅子に、偉そうに足を組んで座っていた人物がリモコンを操作し、映像を止めた。

 

「そろそろ現実を受け入れて、私の話を聞きなさいよ」

「すみません……失礼ですが、あなたは……?」


 辛うじて冷静を保ちながら、見知らぬ女に尋ねた。


「ん? どう見ても、女神じゃん?」

「……え? 女神?」

 

 女神って……ふざけてる場合じゃないだろ……。

 ただ、言われてみれば、確かに女神のような美貌ではある。

 月の光のような長い銀髪、澄んだ青色の瞳、天上の雲を紡いだ白いローブ。

 ただ、女神のような貫禄は一切ない。あと、態度が若干でかい。


「俺はここで何を? そもそも、ここはどこなんですか?」

「ここは天界。あんたは死んだの。映像でも散々言ってたでしょ?」


 その言葉で先程までの記憶が蘇ってきた。


 ◆


 世間に一般人との結婚発表をしてから一ヶ月が経ってもないこと。

 俺は定食屋で、奥さんと夕食を済ませ、港区の高級マンションへと歩いていた。ちなみに、「一般人」と公表はしたものの、果たして一般人と呼べるのか悩むほどに綺麗な人だ。

 

 そんな彼女が、俺の手を握り、顔を上げて見つめてきた。


「司くん」

「ん? どうした?」


 俺も自然と彼女を見て、小さな手を握り返す。


「子どもが欲しいの……司くんの子どもが」

「え……?」


 思いがけない言葉に、頭が一瞬停止した。

 子どもが欲しいなんて今まで言われたことがなかった。


「……いや、まだ早いよね」


 思わず表に出てしまった俺の戸惑いに気づき、彼女が小さく笑った。


「ううん、いいと思う。凄くいいと思うよ! 今すぐ作ろう! 帰ったら、すぐにでも妊活、始めよう!」


 焦って言葉が少し早くなった。それを聞いて彼女は照れくさそうに顔を赤らめて、


「アハハ! 今すぐは気が早いよ、司くん! でも……喜んでくれて良かった」

「うん、嬉しい。これからは時間あるから、二人で幸せな家庭を築いていこう」


 その瞬間、俺は確かに感じていた。

 これ以上ない幸せを。


 だが……その時。


――グサッ。


 俺は何者かに背後から刺された。

 

 不意に胸元に痛みが走り、思わず胸に手を当てた。すると、温かい血がてのひらにべっとりと。

 

「ん、どうしたの? って、え、なにこれっ、血? 司くん! ねぇ、司くんっ!!」


 着ていた白いシャツに赤い血が広がってることに彼女も気づいたようだ。

 

「大丈夫だ、とりあえず落ち着いて救急車を呼ぼう」と思ったが、なんと声が出ない。


(あれ……これ、なんかヤバいかも)

 

 胸の血は止まらず、体に力が入らない。俺はそのまま、フラつくように地面に崩れ落ちた。


「クソ野郎がッ!! ふざけやがってっ!!」


 彼女の声じゃない。怒りに満ちた、知らない女の声。

 だけど、振り向く力もなく、顔が見られない。

 意識が遠のいて、

 


 ――――そして、気づけば、ここにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る