パート従業員

宇宙書店

第一.〇〇話 シノブの立ち位置

「サクっ、サクっ..」

 無人のコンビニエンスストアー、無言でポティトチップスの袋を品出しするシノブ。無の境地。業界内での最低限の常識として、古い商品を前面に持って来ては、新しく品出しする商品を、古参の商品群の後方に並べるのが常識且つ正義。人気の在る優れた商品や、全く売れない商品でも、例外は許されざるべからず。人間界の融通はココでは効かない。売れ行きの良さでも、パッケージの見たくれの良さでも、販売元の会社の規模の大きさでも、身長差でも体重差でも、出っ歯でもイカリ肩でも無い。あくまでも賞味期限で並ぶ順位が決まる、独自で不公正、そして偏屈的な世界。だがシノブには其の様な偏った世界観など如何でも良い。只の仕事。過去に先輩から教えられた通り、新しいポティトチップスを先ずは後方部に陳列する。どうせ鮮度をイチイチ気にするコスイ客は、ワザワザ後ろの方から商品を手にする事を知って居る。好き勝手にやってくれ。如何でも良いついでに、例のシノブの先輩は二日前に自殺したらしい。原因は不明。ウケる。

 シノブの働いて居る深夜帯に、早朝から売られる惣菜パン、オニギリや弁当が業者のトラックで搬入されて来る。この時の品出しの時に、シノブは売れ残りの商品を廃棄する。人間が亡くなるのと、商品を廃棄する事の意味は一体何が違うのか?分からない。

 シノブに対して、アンマリ感じが良く無かった先輩の死に比べれば、勤務日に断腸の思いで廃棄処分する食品達の生命の方に断然、生命の重さを感じるシノブ。

 

 商品を陳列して居た最中、店のチャイム音が店内に鳴り響いた。誰かが入店して来たか?誰かが退店したか?を知らせる合図。このチャイム音の音量は、店内に流れて居る有線放送を殺す位の破壊力を持って居て、シノブは嫌い。個性の無い有線放送の音楽も嫌いだが、コンビニエンスストアーのチャイム音はモット嫌い。働く側からすると洗脳行為でしか無い。チャイムが鳴ると、無条件で客の存在を意識させられる“パブロフの犬”の現代版。

「イラッシャイませェ..」

 条件反射で声掛けしてしまったシノブ。「有難う御座いましたァ..」

 とは言わなかった。何故ならば、シノブを除いて、其れ迄の店内は無人だったからだ。店内に勢い良く駆け込んで来た人間が、“何か”を数点ほど手に取り、透かさず店外に駆けたのをシノブは目撃した。心を持たないチャイムを鳴らす装置は、決して客何かでは無い相手も選ばずに優しく応対をする。シノブは決して無駄な体力を行使して追わないし、そこから警察にも連絡もしない。追ったところで殺されたら如何する?警察に通報したところで、そして犯人が捕まったところで、又新たな万引き犯が出現するだけの話。正社員だったら追ったかも知れない、だがシノブはパート従業員。仕事に対する思い入れが違う。自身に与えられた仕事は商品を売るコト、品出しをするコト、店内を綺麗に保つコト、時間内キッチリ、この糞狭い空間で働くコト。雇用先と交わした契約書にて定められた時間帯の中、この狭くて、没個性の空間のコンビニエンスストアー内にて、シノブの肉体と、人生のホンの一部の時間を奉仕する事で、些細且つ微々たる賃金を受け取る契約。なのでシノブは、必要以上の事も必要以下の事も決してしない。あくまでも時給に見合った仕事を確実に完結させるだけの日々。

 

 全面がガラス張りの店内、オモテを歩いて居る人間達にも、シノブの動向は「チラリンコ」丸見え。プライバシー皆無の職場。実際、沢山の人間の眼がシノブを見て居る。これはシノブだけに限らず、アナタもそう。皆んなそう、私達は常に他人から見られては監視されて居る、監視社会の中に身を置いて居る。人間が小説の中の世界を隈無く読む様に、私達人間は常に誰かから見られて居る。

 店内、無意味且つ意味深に眩しく光るシノブの視界からは、表の世界は明るいのか?暗いのか?全く分からない。分かりたくも無いし、如何でも良い事。店内が照明で「きらきらキラリンコ」輝き過ぎると云う理由で、シノブは勤務中、必ずサングラスを掛けて仕事をして居る。だが確実に云える事は、世界は漆黒の真夜中の筈。何故ならば、シノブの勤務帯は深夜担当だから。読者の皆さんも、もしも深夜帯のコンビニエンスストアーに入店した際に、店員がサングラスを掛けて居たら、正に其れがシノブ。だが決して声を掛けないで欲しい。シノブにはアナタの事など一切興味の無い事だから。こんなポップで軽快な気持ちを抱きながら、シノブはホボ毎日この店で働いて居る。パート従業員として。

 

 この日も、ポティトチップスの品出しをして居たシノブ。店内に流れる、糞の臭いがする有線放送の流行歌の数々。今迄のシノブが全然気にした事が無かった、流行歌の歌詞の内容。

 (しまった!)

 普段は極力、外界に向けて公開はしない非公開の、とても非常に大事にして居る自身の深層世界の扉を開けてしまい、と或る流行歌をウッカリつい聴いてしまった。あちゃちゃ。

 (うわァ..嘘臭い内容の歌詞..)

 品出しして居た両手を思わず止めて、何故か思わず店の天井を見たシノブ。天井は真っ白なペンキで統一されて居て、所々に排気管の管が人間の血管みたく通って居る。

 (アソコの管に、シノブがハサミの先端をブッ刺したら、人間みたいに真っ赤な血を吹き出して、このコンビニエンスストアーも死ぬのかな?そしたらシノブは“殺コンビニエンスストアー”の疑いを掛けられて、警察に捕まっちゃうのかな..?) 

 俄然、興味が出て来た。其の直後、シノブは店の物置き部屋兼休憩室に置いて在る、脚立を取りに行き、御目当ての血管の管の真下に立てた。幸い店内にはシノブ以外誰も居ない。殺るなら今だ。今どうしても刺したいッ!意味も無く、店の端から助走を付けては、韋駄天の如く駆け足で脚立の天辺によじ登った。脚立の途中で足が絡まりそうになる。シノブが天辺に立つ、天界から見下す、下界のコンビニエンスストアーの知られざる小さな箱庭的な世界。其の箱庭でシノブはパート従業員として働いて居る。イヤ、店の正社員だって、同じ広さの空間で毎日働いて居る。お客の中にもパート従業員も居れば、正社員も無職も居る。そして客何かでは無い万引き犯も居て、日々、店内は賑わって居る。

 (シノブは毎日こんな宇宙みたいな小っちゃな世界で、人生の無駄遣いしてたんだ..)

 自分の人生に絶望をして、ふと死にたくなったシノブ、「ぐさ!グサっ、ぐさッ!」

 平仮名と片仮名が共鳴した連鎖反応の擬音。利き腕の右手に握って居た、閉じたままの店用の鋏の先端部。シノブは思いっ切り、自身の心臓部に何度も何度も勢い良く刺した。案の定、其の排気管の管からは大量の血が吹き出して来ては、其の真下に佇むシノブを中心にして、真っ赤っかに染まるコンビニエンスストアーの店内。天井から降り注ぐ大量の血液の雨、シノブの唇に付いた血をペロリ、舐めてみた。無機質な性質のシノブだから分かる味。懐かしい無機質な鉄の味がした。シノブの切り傷から止めどなく溢れ、流れ続ける血の大噴射。そしてソレを脚立の天辺に座って浴び続けるシノブ。ネットリとした、重みを帯びた血がシノブの両眼を塞ぐ。急な事態に動揺した演技を魅せるシノブ、思わず瞬きする事を忘れてしまう名演技を披露。真っ赤っかでドロリとした血が、徐々にシノブの視界を覆って行く中で、シノブは目撃した。

 (あれ?あそこに客が居たじゃん、全然知らなかった。漫画雑誌、読んでる..)

 そしてシノブは脚立の上で意識を失った。

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