第5話 旅立ち

 酒宴の翌日、俺は村長にこの村から旅立つ旨を伝えた。そして出立までの間、お世話になった村に出来る限り恩返しすることにした。


 壊れた水車を修理したり、畑の収穫を手伝ったりとやることはさまざまだったが、村の人たちは俺が手伝うと素直に感謝してくれた。


 そして旅立ちの日が迫ったある日、俺は一つの懸念事項を解決するため村の外れにある小屋を訪ねた。扉を開けると、そこには数日前に捕まえた盗賊の面々がいた。


「で、お前たちはいつまでこの村にいるんだ?」


「そんなこと言わないでくれよフリッツの旦那。おれら真面目に働いてるだろ?」


 俺の問いに答えたのは髭もじゃ筋骨隆々の男――盗賊たちをまとめていた、タイガという名前の頭だ。何故盗賊たちがこの小屋にいるのかというと、話はこいつらを捕まえた時まで遡る。


「おれの命はいい。子分たちの命だけは助けてやってくれねぇか。命さえあればどこぞの王国に引き渡してくれてもかまわねぇ」


 盗賊たちの処遇を考えていた時、タイガはそう命乞いをしてきたのだ。


 それを聞いた村長が何故こんなことをしたのか問いただすと、どうやら盗賊たちは元々傭兵だったそうだ。しかし、とある任務の失敗の責任をきせられ国から追放。食うに困って盗賊に身を落としたということだった。


 そう聞くと確かに同情の余地はある。村長も同じように思ったのか、なんと盗賊たちに家と仕事を与えたのだ。


 その扱いに感動したのか、盗賊たちは率先して村の仕事を手伝うようになった。今では俺に代わって、行商の護衛や夜の見回りも行っている。


 俺もこの村の人たちの優しさは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。


「ただ、俺は今でもお前たちを完全に信用したわけじゃないからな」


「当然さ旦那。おれだってそう簡単に信用が得られるとは考えてねぇ。傭兵の時だってそうだった。何回も何回も任務を成功させて、それでようやく信頼を得られる。だが、フリッツの旦那が旅立つ前に信頼を得るのは難しいだろう」


「だろうな」


「だから……」


 そこまで言うとタイガは腰に下げていた鞘から剣を抜いた。


 俺もすかさず腰に下げたティルに手をやるが、タイガは剣を構えることなく横向きにおいて、刃をその両手でグッと握り込んだ。


 瞬間、タイガの指から血が勢いよく吹き出す。知らない人からしたら信じられない光景だろうが、俺はこの行動の意味をしっている。これは『バルディゴの誓い』と言って、剣に自らの血を沁み込ませ違えることない誓いを立てるのだ。


「約束しよう。旦那がいない間、サーニャの嬢ちゃんや村のみんなは俺たちが守る。それが俺たちを信じてくれた、この村への恩返しだ」


 見ていてとても痛々しいが、タイガは表情も変えず剣を握り続ける。そして骨に達するんじゃないかという所で、ようやくその手を刃から離した。


「本当は指を切るところでやってもいいんだが、そうすると警備の仕事ができなくなる。この辺で勘弁してもらえねぇか?」


「バルディゴの出身だったのか」


「あぁ。あの国は強さがあれば、おれみたいなヤクザ者でも生きていけたからな。ま、強さしかなかったから濡れ衣着せられて追放されたんだが」


 バルディゴか――クレストの面々がどうなったかは分からないが、調査の報告と修行を兼ねて行ってみるのもいいかもしれないな。


「とにかく、サーニャを呼んでくる。動くなよ、出血がひどくなる」


「嬢ちゃんの手を煩わせるまでもねぇ。包帯を巻いていれば治る」


「そのまま仕事に出られたら、村のみんなに迷惑だ」


 その後、慌てて駆け付けたサーニャによってタイガは治療された。


「まったく。もうこんな無茶はしないでくださいね!」


「がはは、悪いな嬢ちゃん!」


「がははじゃありません! フリッツさんも見ていたなら止めて下さい!」


「……申し訳ない」


 普段は穏やかで聖母のようなサーニャも、誰かが傷付くのは許せなかったのだろう。止めなかった俺も巻き添えを食らい、お説教をもらうことになった。


「嬢ちゃん、フリッツの旦那は許してやってくれよ。おれたち元盗賊を村に残していくんだ、心配にもなるだろ?」


「それは、そうかもしれませんが……」


 サーニャはまだ納得がいっていない感じだが、タイガを見極める為にもバルディゴの誓いは必要だった。あの儀式は戦士にとって絶対の掟だと聞いている。それを違えるようなことはないと、そう信じたいところだ。


 だけど、念のため釘をさしておこう。


「タイガ、一つだけ言っておく。もしこの村の人たちに再び危害を加えるようなことがあれば、次はないぞ」


 本当は「次は殺す」と言いたかったが、サーニャの手前そんな直接的な言葉は使えない。でも、これで恐らく通じるだろう。


「分かってる。神とこの剣に誓って、この村を守ろう」



『アンタってほんと、甘いわね』


「やっぱりそうかな」


 盗賊たちのいる小屋を出ると、ティルが唐突に話しかけてきた。


『普通は信じないわよ。だからアンタも、この村のニンゲンも甘すぎ』


「だけど俺は、この村の人たちの見る目を信じている。あの人たちが大丈夫と判断したなら大丈夫だって信じたい」


『はぁ……ま、いいわ。それに『バルディゴの誓い』の効力もあるでしょう』


「効力?」


 ティルの妙な言い回しに俺は首をひねる。


「あれって形式的な儀式じゃないのか?」


『やってる本人たちは知らないでしょうけど、あれは一種の儀式魔法よ。魔力の代わりに血を媒介にしてるんだけど、この時代だと伝わってないのね』


「知らなかった……。というか、ティルはどうしてそんなことを知ってるの?」


『どうでもいいでしょ。それよりさっさと帰るわよ』


「う、うん」


 最後は少しごまかされた気もするけど、これ以上追及しても答えは返ってこないと思い俺は口をつむぐしかなかった。



 そして出発の日の朝。村の入り口には元盗賊たちも含めて村の人たちが総出で集まっていた。ただ、サーニャの姿だけはどこにも見えない。


 村に滞在するお願いを断ったから、もしかしたら来てくれないかもな……。


「ほれ、フリッツ。少ないだろうが、今までの給金も含めて持っていっておくれ。この村特産のペスタチオナッツもたくさん入れといたから、途中でお食べ」


 そう言って村長は、何やらぎっしり詰め込まれた袋を俺に渡してくれた。


「そんな……俺のほうがたくさんお世話になったのに、こんなの頂けませんよ」


「何をいうか。たとえ生まれは違えど、この村で一緒に暮らした家族。家族を見送るんだ。これくらいさせておくれ。それに、頼りがいのありそうな用心棒もスカウトしてくれたことだしね」


 村長の言葉に応えるように、タイガをはじめとする元盗賊たちは「うおおぉー!」と叫び声をあげた。やる気はあるようで何よりだ。


「それじゃあ、有り難く頂きます。それで……いつかもっと強くなったら、また必ずこの村に帰ってきます」


「そのことについてなんだがね、フリッツ……」


 俺の言葉に村長が何か言いかけた、まさにその時――。


「待ってください!」


 サーニャの声が聞こえた。見れば家から大きな荷物を持って、こちらに向かってくるところだった。


「サーニャ! その荷物は……」


「フリッツさん、お願いします! わたしも旅につれていってください!」


「えっ!?」


 つまりその大荷物は旅用のもの……いや、それはともかく。


「サーニャ、本気なの!? 俺の旅は、まだ目的も決まっていないんだよ?」


「本気です! 上手く言えないんですけど、わたし初めてフリッツさんを見た時に強く思ったんです。この人を助けたいって!」


 それはサーニャが優しいから――そう言おうと思ったけど、彼女の顔を見ていると何か他にも理由があるように思えてきた。


「目を覚ますまでどんな人か分かりませんでしたが、意識を取り戻したフリッツさんは想像通りの人でした。とても優しくて、村の事もたくさん手伝ってくれて……。だからその、そんなフリッツさんをそばで助けたいんです!」


「でも旅に出るってことは、ペスタから離れることになるんだよ?」


「確かにそれはとても寂しいです。それでもわたしは――」


「フリッツ」


 とそこで、村長がサーニャの言葉を遮るように俺を呼んだ。


「わたしからもお願いするよ。サーニャを旅に連れていってやってはくれんか?」


「でも、村長……」


「この子は昔から遠慮がちな子でね。自分から何かをやりたいって言ったのはこれが初めてなんじゃ。それにワシは、サーニャが癒しの魔法を使えることに何か特別な意味があるんじゃないかと思っておる。だからこの子に世界を見せてあげてくれんかね? 老い先短い婆さんからのお願いじゃ」


 確かにサーニャの癒しの魔法は、俺の魔力生成と同じで唯一無二な能力のように思う。もしかしたら村長の言うように、何か特別な意味があるのかもしれない。


「サーニャ、本当にいいのかい?」


「はい! お願いします、フリッツさん!」


「わかった。一緒に行こう、サーニャ」


 俺がそう言うと、村人たち全員から歓声が上がった。何だか上手いことのせられた気もするけど、サーニャが喜んでくれるなら、それ以上はない。


「それにねぇ、フリッツ。あんたもこの村のことは気にしないでいいんだよ」


「それは……」


「もし恩を感じているというのなら、それはサーニャに返しておやり。その子がいなかったら、何も始まらなかったんだ」


「……はい」


「さて、そろそろ出発の時間だね」


 俺たちはここから行商の馬車に乗せてもらい、戦士の国バルディゴまで向かうことになる。約五日ほどの行程になるだろう。


「「じゃあ、行ってきます」」


 村のみんなにそう別れを告げると、俺とサーニャは馬車に乗り込んだ。やがて車輪が軋み、馬が走り始める。


 背後から聞こえる見送りの言葉に後ろ髪を引かれ、つい振り返ってしまう。そこには短い間だが、かけがえのない時間をくれた人たちが手を振っていた。


 だがそれも遠くなっていき、やがて地平線の彼方に消えて見えなくなった。


 寂しさが無いと言えば噓になる。それでも、俺とサーニャはいつかきっとここに戻ってくるだろう。だからそれまでは――。


「しばらくお別れだ」

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