第4話 約束

 盗賊たちを捕まえた翌日の夜、ペスタの村ではささやかな酒宴が催された。


「おーう、フリッツ先生飲んでるか~?」


「あ、はい。もうかなりもらいました……」


「グラスが空じゃねぇか! おい、誰かフリッツ先生におかわりをお注ぎしろ!」


「まじか……」


 こうやってさっきから代わる代わる酒を注がれ、アルコールにあまり強くない俺はかなり参っていた。いや、ねぎらってくれる気持ちは嬉しいんだけどね。


「ちょっ、ちょっと外で空気を吸ってきます!」


 このままでは完全につぶされてしまう――そう思い、適当な言い訳をして追加の酒から逃げ出す。昼頃から始まった酒宴だったが、外に出るとすでに夜は更けていた。


 吹き付ける風は冷たく、火照った体にはちょうど良い。


「はぁ……」


 ため息が一つ出る。頭によぎるのは、昨日の盗賊たちとの戦いだ。


 結果だけみれば、確かに俺は勝った。だけど戦い方に関しては、とても褒められたものではない。最初の矢による攻撃から注意力散漫だったし、何より反省すべきは命の恩人であるサーニャを危険にさらしてしまっことだ。


 ティルと出会ったことで気が大きくなっていたが、勘違いしちゃいけない。俺自身は決して強くない、ただの足手まといのフリッツなのだ。


「もっと強くなりたいな……」


 そう強く感じた。


 いつまでもティルが俺の剣でいてくれる保証はないのだ。あくまで面白い魔力を持っているから、彼女は力を貸してくれるだけなのだから。


「強く、なろう」


 適正がなんだ。魔法が使えない事とは違い、剣士は適性がなくたって修行すれば技は磨ける。百回振っても強くならないなら千回振ればいいんだ。本格的に強くなるには、極限状態に自分の身を置かないといけない。


 その為には――。


「フリッツさん?」


 そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。


「サーニャ?」


「やっぱりフリッツさんだ。どうしました、みんな探してましたよ?」


「ごめん、ちょっと涼みたくなって」


「そうですか」


 サーニャは隣までくるとやわらかく微笑んだ。その笑顔は初めて見た時と変わらず、俺の心を穏やかにしてくれた。


「ここは、本当にいいところだね」


「はい。わたし、このペスタの村が大好きです。……でも、わたし本当はこの村で生まれたんじゃないんです」


「えっ!?」


 思わず驚きの声は上げてしまうが、言われてみれば村の中でサーニャの両親をみたことがない。あまりに馴染んでいたので、不思議には思わなかった。


「ずっと昔、この村に一人の女性が訪れたそうです。女性は大きな怪我をしていて、赤ん坊――わたしを村の人に預けたあと息を引き取ったそうです。多分ですけど、その人がわたしの本当のお母さんなんだと思います」


「そんなことが……」


 いつも笑顔を絶やさないサーニャが、こんな悲しい過去を背負っていただなんて思いもしなかった。こうして打ち明けるのも、きっと辛かっただろう。


「でも、そんな身寄りのいなくなったわたしを村の人たちはまるで実の娘のように育ててくれました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」


「そっか」


「それで、その……もし良ければ、フリッツさんもこのままこの村に住みませんか?」


「俺が……この村に?」


 しばらく行く当てがないことは話していたが、まさかこの村に住むことを勧められるとは思わなかった。


「住むところは今いる部屋を使ってもらって大丈夫ですし、仕事なら警備を手伝ってもらえばお給金も出ると思います! それに、村の人たちもきっと歓迎してくれると思いますし……」


 一気にまくし立ててくるサーニャ。きっと彼女も村は大好きだけど、一人で住むのは心細いのだろう。そして、本当なら命の恩人ともいえるサーニャのそんな些細な願いをかなえてあげたい。


 しかし――。


「ありがとう、サーニャ。でも、俺は旅立とうって考えてる」


「っ……。やっぱり、わたしなんかがお願いしてもだめですよね……」


「違う、そうじゃないんだ」


 どう説明したらいいか分からない。それでもサーニャに対して誤魔化すようなことはしたくなかったので、今考えていることをそのまま伝える。


「実は俺、元々は魔法使いなんだ。それも、魔法の使えない」


「えっ、それってどういう……?」


「小さい頃、自分の適正は魔法使いだって言われたんだ。でも、何故か全く魔法を使えなくてさ。そのかわり、魔力は好きなだけ生成できたんだんだけど」


「それって、とってもすごいことじゃないですか!」


「まあ魔法が使えないのに魔力があっても、宝の持ち腐れだって言われたけどね。でも他人に付与することは出来たから、サポート役として調査隊に加わったりして生きてきたんだ」


「調査隊ということは、今まで色々なところに行ってきたんですか?」


「このノサリア大陸にある国はだいたい行ったかな。今回はバルディゴ王国から、ダンジョンの調査依頼を任されていたんだ」


「お一人でですか?」


「いや、チームだった。だけど最深部でケガをしちゃってさ。魔力が生成できなくなったから、仲間たちは先に脱出したんだ」


「それって、見捨てられたってことですか……?」


「状況的に仕方なかったんだ。でも悪いことばかりでもなかったよ? おかげでティルを見つけることができたしね」


 これは本当に、不幸中の幸いだった。


「じゃあ、ティルさんとは最近出会われたんですね。なんだか全然そんな風には見えませんけど」


「ティルは遠慮ないからね。それでダンジョンを脱出したけど、いつの間にか倒れちゃってさ。そこをサーニャに拾ってもらったことになるのかな」


 思えばダンジョンで見捨てられなかったら、サーニャにも会えなかったのか。そういう意味ではクレストのみんなに感謝だな。


「でもティルさんって、びっくりするくらい綺麗な方ですよね」


 人の姿をもったティルの姿を思い浮かべたのか、どこか羨ましそうにそう言うサーニャ。俺からしたら方向性は違うが、サーニャも十分可愛らしく見えるのだが。


「魔力で姿を変えられるらしいよ? 俺の魔力をだいぶ吸ったはずだし、結構好きなように見た目を変えられるんじゃないかな?」


「そんなことも出来るなんて、魔剣ってすごいんですね……」


「剣の威力も魔力があればあるだけ強くなるらしいし、ほんとすごいよ」


「あればあるだけ、ですか?」


「うん。だから俺は自分の力を見誤って、サーニャを危険にさらしてしまった」


「あれはわたしが……」


「俺が一流の剣士だったら、サーニャが盗賊に捕まる前に盗賊を倒せていた。それが出来なかったんだから、やっぱりただの出来損ないの魔法使いなんだよ」


「そんなことありません! わたしはフリッツさんを……立派な人だと思います!」


 そういうサーニャは本当に一生懸命で、俺はこんな風に誰かのために必死になれる人を守りたいと思った。だから、思ってしまったんだ。


「ありがとうサーニャ。でも俺は、自分で自分を許せなかった。もっと強くなって、自分の大切な人を守れるようになりたいって思ったんだ」


「フリッツさん……」


「だから約束するよ、サーニャ。いつかもっと強くなって、この村に帰ってくる。だからそれまで、待っててくれないかな?」


「約束、ですよ?」


 そうして涙ぐむサーニャと指切りを交わした。彼女の指はとても小さくて細く、俺は自分の守りたいものをしっかりと小指に覚え込ませた。

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