第2話 辺境の村 ペスタ

「……リッツ」


「……」


「フリッツ、いい加減起きなさい!」


「んー……」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。


 そういえば、昔おふくろにこんな感じで起こされたっけ。冒険者になってからしばらく会ってないな。元気でやってるんだろうか。


 そういえば今回のダンジョン調査は報酬をもらい損ねたな。仕送りどうするか……。


「起きろっていってんで……しょっ!」


 ガンッ!


「おわぁっ!?」


 なんだ、何が起こった!? ってここは……?


「ったく、やっと起きたわね」


「え……っと、誰? ていうか、どこだ、ここ」


 目の前には長く美しい銀髪の少女。そして、俺はどこかの部屋で木製のベッドに寝かされていた。


 確か治療を受けられるところを探して歩いていたはずなんだけど……。


「声きいて分かんないの? これだからニンゲンって」


「声……って、ひょっとしてティルか!?」


「やっと気づいたの。ほんと魔力はよこさないし突然倒れるし、ハズレを引いちゃったかしら?」


 驚くべきことに目の前の女の子はティルだった。


 気付かなかったのは悪いけど剣が人になるなんて想像もつかないし、こんな可憐な少女になられても反応に困る。


「人間の姿にもなれるのか……」


「魔力があればね。あ、そうだ。アンタちょっとは回復したんだから少しでも魔力あるんじゃないの?」


「あぁ、そういえば。……うん、生成できるぞ」


「そ」


 短く答えるとティル(?)を名乗る女の子は俺が眠るベッドの上に乗って、


「ん」


「!?」


 なんと口づけをしてきたのだ。


 驚きのあまり目を白黒させていると、体の中から魔力がどんどん抜けていくのが感じられた。そこでようやくティルが魔力を吸収しているのだと理解したけど、その、方法が……。


「ん……ちゅっ……ぷはぁ。ま、今回はこれくらいにしとくわ」


「なっ、ななな……」


「ん? 何をうろたえているの?」


「だ、だって、今の、キス……」


「単なる粘膜接触じゃない。それくらいで慌てるなんて、ニンゲンって意味わかんないわね」


 俺がおかしいのか?


 いやだって、冒険者なんてやってると彼女なんて出来ないし、そもそも魔法使えない魔法使いとかモテる要素ないし……何か言ってて悲しくなってきた。


「これだけ魔力があればもう少し『盛れる』わね。ん……」


 何やら意味深なことを呟くとティルはそのつぶらな瞳を閉じた。


 次の瞬間ティルの体が光り出し、みるみるうちに成長していった。そして気づけば目の前には妙齢の美女が佇んでいたのだ。


「ま、こんなもんで良いかしらね」


「本当に、何でもありだな」


 恐らく魔力で思いのままに外見を変化させることができるのだろう。それにしても――。


「なんでわざわざ体を成長させたんだ?」


「別にいいでしょ? それとも前の方が良かったの?」


「いやいや……」


 それはそれで危険……と言おうとしたところで、部屋の扉が開く音がした。瞬間、ティルは再び発光しあっという間に剣の姿に戻ったのだ。


「あ、目が覚められましたか」


 そして扉から入ってきたのは、あどけなさを残した十代なかばくらいの少女だった。栗色の肩まで伸びた髪はなめらかで、頬のそばかすも愛嬌を感じられる。


「えっと、その、俺は……」


 そういえばどういう経緯でここに寝ていたのか知らなかった。それもこれもティルがろくに説明もせずに、とんでもないことをやらかしたせいなのだが。


「えっと、お兄さんはこの村のはずれに倒れていたんです」


 俺が戸惑っていると、少女がいきさつを説明してくれる。


「そうだったのか。えっと、もしかしてキミが運んでくれたの?」


「いえ……見つけたのはわたしですけど、一人じゃ運べなかったので村の男の人たちに運んでもらいました」


 なるほど。幸運にも生き残ることは出来たらしい。でも少し気になることがある。


「あの……俺、結構な傷を負っていたと思うんだけど」


 倒れる前は、ティルを杖代わりにして歩かなければならないほどの傷を負っていたのだ。なのに痛みはほとんどなく、今なら普通に歩くことならできそうだ。


 寝ていた時間にもよるが、どうやってあの傷をここまで治療したんだろうか?


「ひょっとして、この村には腕のいい医者がいるの?」


「あ、いえ。僭越ながら、わたしの魔法で治療させて頂きました」


「魔法!? 魔法で人の治療が出来るの?」


 信じられない。


 魔法は攻撃性のあるものばかりで、人を癒す力のあるものは見たことも聞いたこともない。冒険者ということもあり、色々な国を見てきたつもりだったんだけど。


「あの……実はあまり人に教えないように言われてるんですけど、わたしの魔法は人を癒すことができるらしいんです。でも、使える人が滅多にいないらしくて」


「それ、言っても良かったの?」


「お兄さんは、悪い人には見えませんでしたから」


 そう言って笑う少女は、とても可愛らしく思わず見とれてしまうほどだった。


「ありがとう、俺みたいなどこの誰かもわからない男にそんな大事なことを教えてくれて。えーっと」


「あ、わたしサーニャです。サーニャ・ハウメル。あの、お兄さんのお名前は?」


「俺はフリッツ。フリッツ・クーベルだ。助けてくれてありがとう、サーニャ……でいいかな?」


「はい!」


 その後サーニャはお湯で濡らした布で俺の上半身を拭いてくれた。


 ケガをしているとはいえ初対面の女の子にそこまでやらせてしまうのは気が引けたが、サーニャはまったく嫌なそぶりを見せなかった。


「ところでサーニャ。この村の名前を聞いていいかな?」


「ここはペスタの村です……あ、これわたし一度言ってみたかったんですよね! この村にお客さんなんかめったに来ませんし」


「ペスタか……聞いたことがないなぁ」


 いちおうダンジョンに潜る前に周辺の地域は一通り確認したんだが、はたしてそんな村があっただろうか?


「この村って地図にもあんまり載ってないんですよね。いちおうシエラ王国領ではあるんですけど、辺境警備隊の方も来なくなってしまいましたし」


「えっ、警備隊が配属されてないって……」


 それはかなりまずいんじゃないか?


 いくら辺境とはいえど山賊や野盗の類も出るだろう。この村の人口がどの程度なのか知らないが、そこまで大規模でないことだけは確かだろう。


「ご想像のとおり、最近は治安が悪くて困っています。幸い命を取られた人はいませんが、それでも作物を盗まれたり、山賊に金品を取られたりすることが多発していて」


 そんな中で、俺のような怪しい行き倒れを拾ってくれたのか。


 サーニャに限らず、この村の人たちはかなり親切なのだろう。そこまでしてもらったなら、何か恩返しがしたいところだけど……。


「サーニャ。もし良かったら警備の仕事を手伝わせてくれないかな?」


「えっ!? そんな無理ですよ。まだ傷も完全に癒えてないのに……」


「剣が振れれば十分だよ。助けてもらったからには、何かお礼がしたいしね」


 もちろんティルを手に入れる前の俺だったら、山賊や野盗相手でも勝てなかっただろう。しかし今は魔力があればあるだけ、剣の威力を発揮することが出来る。


 つまり魔力を生成できさえすれば、並大抵のやつには理論上負けることはないはず――剣を放さなければだけど。


「お兄さんは……その、剣士様なんですか?」


「あーえっと、魔法使い……とも言えないし……。言うなれば、魔剣士?」


「魔剣士……?」


 俺が口にした言葉に、サーニャはその大きくクリッとした目を瞬かせて首を傾げた。まあそんな職業ないし、いま適当に命名しただけなんだけど。


「じゃあお兄さ……魔剣士様、どうかこの村にお力添えください」


 丁寧にぺこりを頭を下げるサーニャに、思わず笑みが漏れる。


 頭を下げたいのはこっちの方なのに、この子はどこまでも謙虚なのだ。だから命の恩人に向けて、俺は精一杯の親しみを込めてこう言った。


「フリッツでいいよ。頼りない警備だけど、期待に応えられるよう頑張るね」


「はい。宜しくお願い致します、フリッツさん!」


 こうして俺は辺境の村、ペスタにて臨時の警備隊員となったのだった。

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