クズギルドオンライン

門番

まおうと呼ばれた男


「……よし、人払いは済んだな」


 それは昨晩のこと。

 VRMMO『エコ・オンライン』にログインした僕は、いつもの様に『クスノキ平原』へ来ていた。

 この『エコ』ではプレイヤー一人につき一つだけ職業を持つ事が許される。聖騎士パラディン回復術師メディック暗殺者アサシンから農耕者ファーマー、果ては物乞いロクデナシまで、プレイヤーの素質次第で様々な職業に就くことが出来るのだ。


 そして、僕の手に握られているのはフライパン……お察しの通り料理人ということになる。

 ただし、僕の場合料理の向ける先は普通のそれとは少しだけ異なるのだが。


「お前たち、ごはんだぞ!」


 静かにフライパンとおたまを重ねカンカンカンと音を出す。

 するとややあって、道外れの茂みから小さなスライムが一体、二体とどんどん顔を覗かせた。

 種族名『ジェリー・ジュニア』――僕のカワイイ子供たちだ。


 クスノキ平原は通常早い段階で訪れる事になる初心者御用達のエリアで、ジェリーはこのオンライン略称において最弱とされるモンスター。

 プレイヤーを見ても攻撃したり逃げたりすることもなく、ぬぼーっとしてるのが特徴な可愛らしい生き物だ。

 しかしプレイヤーはこんな子らに対し無慈悲にも武器を振りかざす……。

 

 確かにゲームにおいてモンスターを狩る事は当り前のことだ。しかしそれならカワイイ生き物たちを守りたいという気持ちもまた、当たり前に尊重されてもいいはずだ。

 だから僕はこの愛らしい子らを人目につかない場所で育てている・・・・・


「よしよし、そんなに焦らなくてもたくさんあるからな」


 足元に群がるジェリーたちに料理スキルを改良して作った自作の『暗黒食』を食べさせる。見た目は炭と化したバターロールのようなものだが、栄養は確かだ。

 食事の仕方もかわいくて、ぽよぽよとした楕円形の身体はそれ全体が口のようになっている。そこに餌をくっつけるようにして取り込んでいく。


 ……どうしてこんな事してるのかって?

 そりゃあもちろん、僕は人間ではなくジェリー、ひいてはモンスターたちの味方だからだ。

 理由はかわいいから。それに、彼らはこの世界で遊び感覚ではなく真剣に生きているから。


 こんな事人に言うと「所詮ゲームのキャラだろ?」と鼻で笑われるかもしれない。けれど、例えそれがプログラムされたものだとしても、彼等は生きるために戦い食べ子を産む。

 しかし『大人でも子供でも経験値は変わらない』といった理由で子供のころから狩られてしまう。むしろ、子供の方が狙われやすいくらいで……だからこうしてこっそりと餌付けしているのだ。

 まあ、結局は自己満足しれない。とはいえ、ある理由から人が嫌い・・・・・・・・・・な僕には彼等こそが友人と言える。


「……あれ?」


 しばし餌を咀嚼(?)するジェリーを眺めていると違和感に気付く。

 いち、にい、さん、し……合計十一匹。


「一匹足りない……」


 今クスノキ平原で僕が育てていたジェリーの数は十二匹だったはずだ。餌の時間に遅れたことなんて、ただの一度もない……。

 まさか。


 僕が必死で辺りを捜索していると、食事を終えた何匹かのジェリーたちがピィピィと鳴いていた。

 見れば彼らは最後に残った餌を食べずに動かして、必死に何かに擦り付けている。

 それは小さな小さなジェリーの……欠片。見覚えがある色合いをしていた。


 ……それは何かの拍子に茂みを飛び出してしまっただろう子供の一人が冒険者に殺されて残った、ドロップアイテムだ。

 欠片がここにあるということは、プレイヤーに拾われる前に必死で、仲間を助けるつもりで持ち帰ったのだろう。

 餌を食べれば元気になると思っているのだろうか。皆は一生懸命に餌を欠片に向かって転がし続けていて……その仕草に僕の心臓はきゅっと傷んだ。


「殺すか……」


 茂みから出てそれなりに歩くと開けた草原が目に入る。数多の冒険者たちがたむろしているこの場所は、初心者にはうってつけの狩場。

 エコは良いゲームだが理不尽だ。モンスターは殺せるのに人は殺せない……PKがシステム的に禁止されているから。

 でも、それはあくまでシステム的に。ただ、人の武器で人を傷付ける事は出来ないってだけだ。


 つまりモンスターで人を殺せばいい・・・・・・・・・・・・・




 僕は平原を抜け鬱蒼とした森を抜け、険しい岩山を登って荒れ果てた山頂に辿り着く。そこに居る全身を巨大な岩で繋ぎ合わせ人の形を成したモンスターこそ『岸壁のロックゴーレム』だ。

 狭い空間にうようよとひしめき合っている彼らの前で暗黒食を掲げると、全員が一斉にこちらに振り向く。

 そしてその場にいる全員が、餌を持つ僕に目掛けて突進攻撃を繰り出して……第一目標は完了だ。


 この攻撃は真っ直ぐ伸びて来るから横に逸れるだけでいい。タイミングはシビアだが、彼らの生態はその幼年期から知っている。

 きっと多くのプレイヤーは知らないだろう。モンスターには一体一体それぞれ個性があって、それを理解すればランダムな彼らの攻撃を躱し続けるのは容易なこと。

 それを以てすれば、並みの冒険者なら掠っただけで身体が弾け飛ぶゴーレムたちの猛攻を凌ぎ続けながら山を下りる事も簡単なこと。


「な、なんだコイツ!?」

「ちょっと待って何あれ? え、ゴーレムに追いかけられてる?」

「オイオイオイこっち来るぞオイ!!」

「な、何体いるんだ……!? あの、ここ人がいるので余所に――」


 僕はゴーレムたちの好みの餌も、数十匹の彼らがどう突っ込んでくるかも分かっていた。

 敵視をもった状態で距離を空けすぎるとドデカい岩をぶん投げてくるのも知っている。なのでこうして距離を離し、人の影に走り込む必要があったんですね!


「ひょ――――――」


 高速で投げられた大岩に一瞬で体力を飛ばされたプレイヤーと周囲から巻き起こる悲鳴。

 武器を取って戦闘態勢を構えた者から順に、誘導した大岩を当てていく。

 まずヒーラーを重点的に狙って、その数がほとんど残らなくなる頃には勝機無しと他のプレイヤーも散っていく。

 道が開けたのでこの調子で進む。目指すはクスノキ平原、対象は全員。


 荒れ狂うゴーレムたちを引き連れて平原にやって来ると、騒ぎを聞きつけた初心者たちが大勢集まって武器を抜いた。

 このタイミングで僕は持っていた餌を投げ捨て、プレイヤー間をかき分けてゴーレムから大きく距離を取る。

 餌を持たない僕はもう追いかけられる事は無いし、あとはゴーレムが周囲数十メートルに存在するプレイヤーを無作為に攻撃するだけだ。

 集団で挑んだとて勝てるはずもなく、眺めているとあっという間に死体の山が積み上がっていく。


「君は……わざとか……!」

 

 遠くから一人の冒険者が僕を指差して叫んだ。何の気なしに笑顔で手を振ってみる。


「ま、魔王・・め――」


 そう言うと彼は渾身のゴーレムタックルに巻き込まれて弾けた。

 充分距離を取っていた僕はターゲットにされず、周囲に殺戮すべき敵を見失ったゴーレムたちは山へと帰っていく。

 僕は消えた死体たちの周辺に転がる遺品を適当にまさぐって、目的のアイテムを見つけるとその場を後にした。




「ほうら、もう大丈夫だ」


 動かないジェリーの欠片に虹色の液体の入った小瓶を傾ける。

 『再挑戦剤』と名付けられたこの薬は本来、ボスモンスターを何度も狩りたい時に使われるモンスター復活用アイテムだ。

 もちろん戦闘職向きなので生産職である僕はなかなか入手する機会が無いが、あれだけプレイヤーが倒れれば誰かが持っているだろという算段だった。


 元気に復活したジェリーと、その周囲で喜びを表現するかのようにぴょんぴょん跳ねる友達たちを見て、僕もやっと心が安らぐ。

 

「良いことした後は気分が良いなぁ……!」

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