第2章 第3話 一閃

 斥候として先行する祥悟を、後から追いかけて北上していく。本隊はネロと悠里、湊の3人が周囲の気配を探りながら進んでいる。

 ちらほらと生き物の気配は感じるが、猛獣という程でもない。こちらへと近付いてくる訳でもないので、そういう気配は無視して進む。


「御三方は皆がプラーナ使いなのですか?」


 不意にネロに訊かれて、湊が答えた。


「えぇ、プラーナは相原君……えーと、悠里君が得意で、彼に教えてもらって扱えるようになったのよ」


「ユーリさんが……凄いですね。時間と機会があれば私たちも教えてもらいたいです」


 ネロが悠里にキラキラした視線を向ける。その視線を感じた悠里は、苦笑いしつつやんわりと返す。


「時間と機会が合ったらね?長時間集中しないと掴めないと思うから、探索中は勘弁してね」


 周囲の警戒を怠れず連れない返事だったが、ネロ達3人はそれでも嬉しかったようで、両拳を握りしめて両手で小さくガッツポーズしたりしている。それを横目にみて、思わず頬が緩んだ。


 程なくして先行する祥悟が木陰で≪敵発見、止まれ≫のハンドサインを出して、本隊はそれに従い停止した。祥悟が木陰から向こう側を覗き込んでから振り向くと、本隊に手招きと静かに、のジェスチャーを送った。

 

 悠里達は身を屈めつつ静かに祥悟の元まで移動した。


「こんもりした盛土が見えるか?あれの横穴に入って行った」


 祥悟に言われて木陰から向こう側を覗き込む。


「……?食人鬼族オーガの気配が中にあるのは分かったけど。他にも弱い気配が幾つかいるな?」


 悠里は盛土を見ながら、自分が感知した結果について祥悟に訊いてみる。


「弱い気配の方は俺も分からない。数が減ってる訳でもないから、何かの巣穴で捕食中って訳でもないとおもうけど……」


「……とにかく行ってみるか」


周辺の警戒も続けつつ、一行は盛土に向かって歩いていく。


「……遠目に見た感じより大分大きいな?」


「2.3メートルくらいありそうな食人鬼族オーガが入って行ったんだぞ?そりゃ大きいだろ……」


 祥悟の言っていた横穴は半地下に下っていくように掘られており、通路自体も野熊ワイルド・ベアの寝床より広そうに見えた。悠里と祥悟が先頭に立って大身槍を構えつつ中に入ってみようかとしたところで、中から食人鬼族オーガが顔を出し、こちらに気付いた瞬間に猛烈な勢いで這い出てきた。


「ッ!?」


 プラーナを練り込み中だった悠里と祥悟が、咄嗟に大身槍にプラーナを纏わせて前に突き出すように固定し、石突を地面に当てて踏み迎撃に掛かる。


 大身槍はそれぞれ食人鬼族オーガの上半身に突き立ったが致命傷には至らず、大身槍の柄を掴まれて食人鬼族オーガの怪力で押し返された。悠里と祥悟が力で押し負け、姿勢を崩して後ろに倒れ掛かる。


「グルルァァア!!」


 食人鬼族オーガが咆哮を上げ、通路から完全に外に出てきた。その怪力任せに掴んだ槍を横に振るい、悠里と祥悟の胴を払った。自分たちの大身槍に薙ぎ倒され、地面を転がっていく。身を捻って大身槍を振り切った姿勢の食人鬼族オーガに向かい、湊が突貫チャージを行い、その穂先が右大腿部に深く刺さった。食人鬼族オーガの右膝がガクンと崩れる。


 食人鬼族オーガは掴んでいた大身槍を振り回して湊を振り払おうとするが、湊は身を屈めて振り回される大身槍の柄をやり過ごした。


 急な展開で初動の遅れたエンリフェが、【穴掘り】の魔法で食人鬼族オーガの足元を陥没させた。食人鬼族オーガは体勢を崩して崩落に巻き込まれる。食人鬼族オーガは腰の辺りまで穴に落ち、穴から抜け出そうと掴んでいた大身槍を手放し、両手を穴の淵に手をつけて抜け出そうと力む。


 食人鬼族オーガが手放した大身槍をネロがさっと回収し、祥悟と悠里の元に走る。シエラも悠里達の方へと走り、治癒魔法を使う。


「【遅滞世界スロウモーション】!!」


 湊が【遅滞世界】を発動した瞬間、湊の体感世界が静止したかのようになり、自分だけが世界から取り残されたような、そんな不思議な感覚を憶える。

 湊は大身槍を右薙ぎに振るい、食人鬼族オーガの両目を横一文字に斬り抉ると、続いて返す刃を左薙ぎに振るって首元を襲う。分厚い筋肉とプラーナによる硬化に食い止められ、浅い傷を与えただけで終わる。間髪入れずに湊は槍ごと後ろに退いて、両手で固定し直した突貫チャージ食人鬼族オーガの喉元へと決めた。


 フッと【遅滞世界】の効果が切れ、湊の体感時間が元に戻った。どっと疲労感が押し寄せてくるが、足を踏み締めてプラーナを籠めた大身槍を押し込んでいく。


 両目を潰された食人鬼族オーガは状況に混乱しつつも、喉元に浅く突き刺ささった大身槍の柄を両手で握り、引き抜こうと足掻く。


 シエラの治癒魔法で怪我を治療された悠里と祥悟が、ネロから受け取った大身槍で食人鬼族オーガ突貫チャージをかける。


 祥悟と悠里の突貫チャージが、食人鬼族オーガの首筋に突き立った。食人鬼族オーガは湊への抵抗にプラーナを集中していたため、意識の外から刺し込まれた突貫チャージ食人鬼族オーガの首を易々と貫き、深々と突き刺さった。


 食人鬼族オーガがビクンと痙攣して動きを止めると、押し込んでいた湊の穂先がズブリと喉元に沈んでいった。


 食人鬼族オーガが死んだことを確信した湊が死骸を【異空間収納】にしまうと、悠里と祥悟に振り向いて訊いた。


「……びっくりした。2人とも大丈夫だった?」


「大丈夫。吹っ飛ばされた勢いと距離は凄かったけど、それ程ダメージは無かった……と思う。すぐにシエラが治してくれたから平気だっただけかも?」


 悠里が答え、祥悟も肩を回しながら続ける。


「俺は肩痛めたけど、シエラが治してくれて今は平気」


 2人はシエラに礼を伝えた後、今度はネロに礼を伝えた。


「ネロも、槍を届けてくれてありがとう」


「そうだな。槍も助かった、ありがとう」


 それぞれが口々に礼を述べると、ネロ達は困ったような顔で後ろ頭を掻いた。


「私たちはちょっとフォローしただけです。御三方のお力あってこそです。それより、まだ中に弱い反応があるんですよね?」


 シエラが遠慮がちにそう言って話題を逸らすと、悠里達が頷いて応えた。


「そうだね。まだ残ってるんだった」


 悠里と祥悟が大身槍を携え盛土の半地下への入口に入っていく。中は薄暗く、【照明】魔法を先行させて灯りを確保する。

 半地下の奥に照明魔法を進めると、奥から子供サイズの食人鬼族オーガが次々と飛び出して来た。


「グルルァァア!!」「ギャッギャ!!」


「ッ!!」


 悠里と祥悟はその奇襲に対し冷静に対処し、次々と刺し殺していく。


 盛土の奥の気配が残らず消えたことを確認すると、食人鬼族オーガの子供たちの死骸を回収して盛土の外に戻った。


「お疲れ様。気分が悪そうね?大丈夫、正しい対処だったわ」


 湊に声を掛けられ、悠里は思わず自分の顔を一撫でした。


「顔に出てたか……?そうだな。成長すれば人間ニンゲンを殺して喰うかもしれないんだから、殺ったことに後悔はないよ」


「後悔しないのと気分が悪いのとは別でしょう?次、似たような状況があれば今度は私が殺るわ」


 湊にそう言われ、悠里は思わず苦笑した。


「それは良いよ。気分の良いものじゃないのは確かだけど、だからって片倉が殺る必要もない」


 湊は呆れたように溜め息を吐いて、悠里の肩に拳を当てる。


「魔物の子供くらい自分で殺せないと、野盗とか対人戦どうするの?覚悟決めとけって言ってたのは相原君でしょう?」


「む……。それを言われると反論できない。分かったよ。次の機会があれば頼む」



◆◆◆◆



 一行は戦闘現場の痕跡を【洗浄】で洗い流し、【消臭】する。その後自分たちの武器や返り血を【清浄】で落としてから、その場を後にした。


「しばらくこの位の深さの場所で食人鬼族オーガ狩りに集中してみるか?それとも更に奥に進んでみる?」


 祥悟が悠里に訊き、悠里が答える。


「連勝できたと言っても、食人鬼族オーガも十分格上だからね?奥に行くのは時期尚早だと思う。この位の深さで西にでも進んでみようか」


「了解」


 悠里の方針を確認すると、祥悟が斥候に出ていった。本隊は何時もの配置で祥悟の後をついていく。


食人鬼族オーガって≪下級≫から推奨の敵ですよね。≪初心者≫ランクのパーティで戦う相手じゃないと思うんですけど。今更ですかね」


 シエラがボソリと呟くが、悠里と湊はスルーして歩いていき、エンリフェとネロがシエラの両横から肩を掴み、首を振ってみせた。


 「諦めが肝心」


 シエラは両脇からの圧に項垂れて、連行されるままに歩いていく。



 その後、更に3匹の食人鬼族オーガと戦闘を行い、戦う度にプラーナの纏いに磨きが掛かっていった。あれだけ硬い硬いと言っていた食人鬼族オーガの肉も、上級豚頭族ハイ・オークより少し硬いな?という手応えにまで変わっている。


「そろそろ南の浅い方に行って、野営の準備をしようか」


「了解」


 悠里の提案に祥悟が頷いて、向かう方角を変えた。


「さすがに野営はこの辺りではやらないんですね」


 シエラが安心したように呟いた。


「そんなリスキーなことはしないよ?野営だってちゃんと安全を確保しないとね」


 悠里がさも当たり前のように言うので、シエラがボソッと呟く。


 「どの口が言ってるの……」


 しばらく南へ進んで行くと、犬頭族コボルトの集団を遠目に見かけた。


「この辺りで野営しようか」


 悠里の宣言で先行していた祥悟も戻ってきた。


「【認識阻害空間】を張ったから、この樹の周辺に天幕建てようか」


 天幕は悠里と祥悟用の大き目な2名用天幕が1つと、湊の1人用天幕が1つ。ネロ、エンリフェ、シエラの3人は2人用の大きめな天幕を3人で使用する。悠里達の使う天幕は組み立て済みの状態で【異空間収納】にしまってあって、取り出すとペグ打ちだけして固定する。


「ぐぬぬ……。【異空間収納】持ちは楽出来て良いですね」


 エンリフェがネロとシエラと共に天幕を組み立てながら、悠里達を羨ましがった。


「野営明けの時には、建てた天幕をそのままの状態で【異空間収納】にしまってあげようか「是非、お願いします」?」


 湊の言葉に、エンリフェが食い気味に被せた。


 全員の寝床の設置が終わると、大樹の横に大きめのテーブル1つと椅子を6脚、取り出して設置して食人の準備である。


「全員に【清浄】かけたら食事にしよう」


 さっと全員が【清浄】を掛け合い終わった者から椅子に座っていく。最後に湊が【異空間収納】からトレーとコップを人数分出し、スープ皿に盛られた出来立てのポトフっぽいスープ料理と串焼き、パンを取り出して各自に配布していく。その間にエンリフェが皆のコップに【飲料水】を注いでいった。


「温かいご飯!」


 目の前に盛られたスープや串焼きに釘付けになったネロが喜びの声を上げた。ネロ以外のメンバーも食事休憩に入ったことで急激に空腹感を覚え、皆で揃って「いただきます」と唱和すると食事がはじまった。


「そういえば、食事前の“いただきます”と食事後の“ごちそうさまでした”は≪迷い人≫が広めた文化らしいですね」


 シエラがスープの具を掬いながらそんな小話を教えてくれた。


「似たような習慣があるんだなーとは思ってたけど、≪迷い人≫由来だったのね」


 湊が興味深そうに相槌を打ち、祥悟と悠里も【自動言語理解】の効果に感謝しつつ今後の不安事項として話し合っていた。


「【自動言語理解】が翻訳してくれてるんだろうけど、馴染み易くて助かるよ」


「【自動言語理解】もどこまで通じるか分からないし、多国語とか他種族語は別途勉強しないとレベルが上がらないかもしれないね」


「そういえば、俺の【仙氣功】と祥悟と片倉の【プラーナ操作】、レベルいくつになったんだ?結構、食人鬼族オーガにも通じるようになったと思うんだけど」


 スキルつながりで連想して悠里が祥悟に向いて訊いた。


「片倉も俺も【プラーナ操作5】になってるよ。悠里は【仙氣功6】だな」


「なるほど……。【鑑定】で能力の数字まで把握できると、頑張った結果が見えて嬉しいよね」


 祥悟の答えに湊が嬉しそうに頷いた。


「ショーゴさんは【鑑定】持ちだったんですか?」


 串焼きを頬張っているエンリフェが、口元を隠しながら祥悟に訊いた。


「あぁ、持ってるよ。【鑑定】レベルが低いから、あんまり詳しいことは分からないんだけどね。因みに本人の許可なしじゃ鑑定しないことにしてるから、エンリフェ達の能力までは把握してないよ」


 勝手に【鑑定】したところでそうバレるものでもないのだが、他人様のプライバシーに無遠慮に目を通すものではないという意識からの自制であった。


「王都に帰ってユーリさんから【プラーナ操作】の指導してもらえる時には、ショーゴさんに【鑑定】してもらった方が良いですよね?」


 ネロが首を傾げて訊くので、悠里が頷いて同意を返した。


「そうだね。指導して体験してもらって、その結果が出たかどうかは【鑑定】してもらうのが一番確実だからね」


「ですよね。その時はショーゴさんもよろしくお願いします」


 ネロのお願いに祥悟も「おう」と短く頷き返した。



 その夜、不寝番は悠里、湊、祥悟、ネロの順に交代で行うことになった。シエラとエンリフェがローテーションに入っていないのは、【気配察知】的な意味で戦力外のためである。


 悠里の張った【認識阻害空間】が意外に広いのか、犬頭族コボルト達が近付いてくることもなく夜が明けた。


 夜が明けるとネロが皆を起こして回り、朝食を食べ終わるとネロ達の天幕も湊が【異空間収納】に回収して、片付けの手間を減らした。


「よし、それじゃ今日も食人鬼族オーガ狩り行ってみようか」


 悠里が身体を伸ばしたり解したりしつつそう宣言した。


「今日もですか。昨日あれだけやれば流石に苦手意識もどっか行っちゃいましたね」


 最初は強張っていたネロ達3人も、既に慣れたものとなりつつあった。




 その日、最初に見つけた食人鬼族オーガは慎重が2.5メートルはありそうな大型だった。


「グルァア゛ア゛ア゛ァ!!」


 近付く段階で気付かれ、食人鬼族オーガが両手を前に出し広げた様な迎撃体勢を取った。

食人鬼族オーガが悠里の大身槍を掴もうと手を伸ばして来たが、悠里は大身槍を操りその腕を巻き取るように跳ね上げ、がら空きとなった右脇の下に深く穿った。動脈の損傷で出血により徐々に動きが悪くなっていく食人鬼族オーガの隙を突き、遠心力を乗せた右薙ぎの刃が食人鬼族オーガの首を刎ねた。


「ッ!!」


 右薙ぎを決めた悠里自身が食人鬼族オーガの首を刎ねれたことに驚き、目を見開いていた。


「相原君、やったわね!」


「やったじゃん、悠里!」


 首を刎ねた姿勢のまま、残心のように固まっていた悠里に、湊と祥悟が駆け寄り肩や背中に掌を叩きつけて祝福の声を上げた。


「お、おぉ……やったな、俺……」


 悠里は全身に満ち槍の穂先まで覆った己の【仙氣功】を暫く維持し、その感触を何度も確かめていた。



「悠里が食人鬼族オーガに致命傷を与えられるようになったんだ。次は俺達の番だな?」


 祥悟が湊に拳を上げてみせると、湊が拳合わせグータッチを返して頷いた。


「えぇ、今日中に首を刎ねれたら良いのだけど。首を刎ねれなくても、致命傷になるだけ深く刃が通れば……」


「あぁ、纏わせたプラーナを研ぎ澄ますってやつ?スパッといってやりたいぜ」



喜ぶ3人を見て、後ろ3人がヒソヒソ話していた。


「ヒソヒソ(うわぁ……、今のみた?ユーリさんもう≪中級≫で良いんじゃない?)」


「ヒソヒソ(ショーゴさんもミナトさんも益々やる気になってる……)」


「ヒソヒソ(あの2人も、食人鬼族オーガの首を刎ねるようになるまで、そうかからないんじゃないかしら?)」

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