第2章 第2話 克服

 命からがら全滅の憂き目から生還したネロ、エンリフェ、シエラの3人は、借りた宿の4人部屋で一晩しっかり休んで早朝から会議をしはじめた。


「重戦士のジェムズ、攻守のバランスの良かったダンテ、素早さが信条だったマリカ。私たちのパーティの前衛全員が亡くなってしまった。彼らを悼む時間は昨夜で終わり。私達のこれからを考えましょう?」


 エンリフェがネロとシエラに向かい合いながら、議題とも言える重大な問題について触れる。


「パーティメンバーが半分、それも前衛3人が亡くなってしまった。生き残った私たち3人だけじゃ、正直討伐依頼もままならない……」


 エンリフェの独白のような指摘にネロとシエラも頷いた。


「私が前衛寄りの立ち回りするとしても、豚頭族オークの集団と戦いになっただけで前衛が私1人じゃ後衛に抜けられちゃうよ」


 斥候タイプのネロが軽戦士寄りの立ち回りをしたとしても、壁が1枚ではあっさり抜かれて後衛に被害が出てしまうことが容易に想像できた。


「かといって、前衛3人が亡くなったばかりの私たちのパーティに、真面まともな人材が来てくれるものかという問題があるのよね」


 シエラが困ったように眉毛を八の字にして溜め息を吐いた。


「私たちとパーティを組みたいっていう前衛の男性探索者シーカーは居るけど、目つきっていうか、こう……」


「うん、スケベな下心が丸見えで、モンスターより危険」


 ネロが言葉を選ばずズバッと切り捨てた。


「そうなのよねぇ……かといって前衛をやれる女性3名ってなると集めるのに時間もかかりそう」


 エンリフェが悩まし気に重い息を吐いた。


「また祥悟さん達3人と組めたら良いよね」


 ネロの溢した独り言に2人が喰いついた。


「それだ!(それです!)」


 エンリフェとシエラの勢いにネロが驚いて引き気味に固まった。


「祥悟さん、悠里さん、湊さんの3人は前衛2人に斥候型の中衛1人。中衛といっても祥悟さんの場合は前衛の仕事が出来る人だったよね」


 エンリフェが立ち上がって拳を握った。


「パーティに入れてもらうってこと?」


 ネロが首を傾げた。


「そう!お互いのパーティに欠けてるところを補い合えるのは、昨日の帰り道の戦闘でも良くわかったでしょ?」


「確かに。戦いやすかったもんね」


「だね」


 エンリフェの言葉に、シエラとネロも頷いた。


「それじゃ、ギルド前で待ち伏せしてみて、見つけたらパーティ組んでもらえないかお願いしてみましょう?」


「そうね、聞いてみましょう!」


「組んでもらえたら何時も温かいおいしいごはんが食べれそう!」


 エンリフェの言葉にシエラとネロも頷いた。



◆◆◆◆



 翌朝、悠里達3人は日課の早朝訓練を済ませてから身嗜みを整え、宿の食堂で朝食を食べてから宿を出た。


「今日も北の森に行くのか?」


 祥悟が悠里に訊くと、悠里は頷いて答えた。


「そのつもりだよ。噂の【ダンジョン】に行ってみたい気はするけど、潜る前にある程度武装を揃えておきたい。まずは下積み期間とでも思って我慢してくれ」


「了解だ」


 宿を出て探索者シーカーズギルド前を通って北門へと向かう途中、ギルド前で声を掛けられた。


「あの!おはようございます!昨日と一昨日はありがとうございました!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、ネロとエンリフェ、シエラがいた。元気の良い声掛けはネロからで、ネロの後ろに立ったエンリフェとシエラが、「「おはようございます」」と追随してきた。


「やぁ、3人ともおはよう」


「おはよう。疲れはとれた?」


「おはよう。ネロは今日も元気だね。」


 祥悟、湊、悠里の順にネロに返事を返した。


「はい、お陰様で一晩ゆっくり出来ました」


 シエラがペコリと頭を下げて礼をする。


「あの、御三方は今日も北の森に向かわれるのですか?」


 エンリフェが、おずおずといった様子で切り出した。


「あぁ、そのつもりだよ。初心者向けのギルド貸し出し品の返却前に、稼いでおかないとだからね」


 エンリフェに悠里が答えた。


「あの、私たちも今日から探索者シーカー活動を再開したいと思ってまして……」


 エンリフェが遠慮がちな様子で続けるが、ネロが焦れたのか被せるように切り込んだ。


「よろしければ、北の森にご一緒させてもらえませんか!」


 ネロの切り出した内容に同意して、シエラとエンリフェが何度も頷いている。悠里はネロの話を聞いて祥悟と湊を順にみるが、2人は悠里に首を傾げて返すのみだった。


「相談しときたいから、ちょっとだけ待ってもらっていい?」


 悠里がネロにそう返すと、【念話】で湊と祥悟に話しかける。


『(俺は受けても良いかなって思うけど、祥悟と片倉はどうおもう?)』


『(私は良いと思うよ?悪い子達じゃないし、私達に足りない部分を任せられるし)』


『(俺も賛成。昨日の帰り道とか、3人の協力でだいぶ楽に対処できたし)』


 2人の返事を聞いて悠里は頷いた。


『(それじゃ、一緒に行くという事で)』


 悠里はネロ達3人に振り返ると、笑顔で頷いてみせた。


「それじゃ、今日は一緒しようか」


「「「ッ!ありがとうございます!」」」


 おずおずとしていたエンリフェとシエラも笑顔になり、3人で元気なお礼を返してくれた。


「王都を出る前に、屋台とかで3人分の食料品の買い増しをしておこう。俺達3人分の補充しかしてなかったから」


「「「はい、お願いします」」」


 北門前の広場から大通りに掛けて、朝も早くから沢山の屋台や露店が並んでいる。そこらでネロ達に数日分の食料や消耗品を買い溜めをさせて、食料品は【異空間収納】に収めてあげる。


「また温かいごはんで活動できると思うと嬉しいです!」


 ネロが嬉しそうにニコニコとしていた。



◆◆◆◆



 ネロ、エンリフェ、シエラの3名を加えて6人で北門を出ると、一行は北の森へと向かった。片道2時間の道中は特にイベント事もなく、一気に増えた女子組の姦しい会話を聞き流しながら、悠里と祥悟が時折ツッコミを入れたり男同士で話したりしていた。


 森に着くと前回と同様に祥悟が斥候として先行し、その後を湊、エンリフェ、シエラ、ネロ、悠里と続いていく。ネロと悠里が本隊周辺の【気配察知】係である。


 森に入ると直ぐに猛獣の類(野狼ワイルド・ウルフ野猪ワイルド・ボア野熊ワイルド・ベアなど)が見つかるが、近付いてこなければ放置して進んだ。襲ってきたら当然ながら返り討ちである。


 森の中を更に進んでいくと、小鬼族ゴブリン犬頭族コボルトが現れるようになる。

 猛獣は肉や毛皮が売り物になるが、小鬼族ゴブリン犬頭族コボルトは討伐証明部位と魔石にしか用がない。出来ればスルーしたいのだが、見つけてしまった分に関しては探索者シーカーの義務としてきちんと始末してから次へ行く。



 更に深部に進んだところに野営跡地があったため、そこで早めの昼食を済ませて、豚頭族オークの縄張りに入って行く。


「このまま真っ直ぐ行くとあの巨大陥没穴の辺りだよな?」


 祥悟が確認してきた。


「そうだと思う。あの時も真っ直ぐ北上してた筈だし」


 悠里が自信なさげに答えた。


「ギルドが調査の斥候を出すと言っていた場所のことですか?」


 シエラが会話に入ってきた。


「そう、そこのこと。昨日の今日だからまだギルドの斥候は来ていないだろうとは思うんだけどね」


 悠里がシエラに答えると、シエラが神妙な顔で頷いた。


「念のため様子見に行きますか?」


 シエラに聞かれて悠里が少し考えてから答えた。


「無暗に危険に近づくこともないと思うけど……。一昨日からまた状況が変わってるかも知れないから、念のために入口のところだけでも見ておこうか」


 悠里がそう言うと、祥悟が頷いて答えた。


「分かった。とりあえずまっすぐ北に向かえば陥没穴に出る筈だから、例の岩山の裂け目みたいなあの抜け道の様子をみて、それから別の場所で狩りをする感じで良いか?」


「あぁ、それで頼む。この間は東を見に行ったから、今度は西側に行ってみよう」


 祥悟と悠里が方針をパッと決めると、パーティは移動を再開した。




 先行して敵の気配を探っていた斥候の祥悟が≪敵を発見≫のハンドサインで悠里達後続に知らせる。


『(豚頭族オークか?)』


 悠里が【念話】で祥悟に確認を取ると、祥悟は【鑑定】した結果を詳細に伝えてきた。


『(豚頭族オークだな。普通の豚頭族オークが4匹と上級豚頭族ハイ・オークが2匹いる)』


『(祥悟の感知範囲でその6匹だけ?)』


『(イエス。上級豚頭族ハイ・オーク2匹は杖持ちの様だ)』


『(了解。始末しよう。そっちに合流する)』


 祥悟と【念話】し終わった悠里が小声で仲間達に情報を伝える。


「普通の豚頭族オーク4匹と上級豚頭族ハイ・オーク2匹の集団を祥悟が発見。祥悟の感知範囲に他の敵は居ない。上級豚頭族ハイ・オーク2匹は杖持ちだから注意。これから合流して戦闘ね」


 悠里の端的な指示に皆が頷き、足音に注意しながら祥悟の元へと急ぐ。

 祥悟が身を隠していた木陰に集まると、悠里とネロ、湊の3人は自前の【気配察知】でおおよその位置を把握した。気配察知能力の低いエンリフェとシエラは木陰からこそっと顔を出して確認していた。木陰から見て、右から左へ移動中の豚頭族オーク達がみえている。


「前4匹が普通の豚頭族オーク、後ろの2匹が上級豚頭族ハイ・オーク。俺と片倉が背後から。祥悟は横っ腹から喰い荒らして」


 悠里が指示を出して皆が頷いたのを確認し、≪襲撃開始ゴー・サイン≫を出すと一斉に木陰から飛び出し、駆けていく。


 豚頭族オーク達が悠里と湊の接近に気付き、迎撃のために通常種の4匹を前に出して来た。上級豚頭族ハイ・オークの杖持ち2匹は通常種の後ろから杖を構え、魔力を練りはじめている。


 悠里と湊は棍棒を持った通常種の豚頭族オークの攻撃圏外から首を狙って大身槍を突き出して各自で仕留め、穂先を抜くと今度は左右対称のように揃った右薙ぎと左薙ぎが、大鉈持ちのもう2匹の喉を掻き斬った。


 2人が通常種4匹を仕留め終わる頃、上級豚頭族ハイ・オーク2匹がそれぞれ【火球】を発動させて悠里と湊に射出した。


 予め魔法使いメイジタイプと認識していたため、悠里と湊には焦りはなく、それぞれ【火球】の射線から既に左右に散って離脱していた。


「(ちょっと実験……)」


 悠里は【火球】の射線から外れた位置で、プラーナを大身槍に纏わせて【火球】を薙いでみた。すると、悠里の薙いだ【火球】が魔素マナへと還って霧散していくのが確認できた。


「(成功ッ!プラーナで魔法を相殺できる!)」


 実験が上手くいき気を良くした悠里が、次は魔力を纏わせて相殺できるかの実験をしようと身構えたところで、上級豚頭族ハイ・オークの横合いから祥悟が飛び込んで1匹を首への一突きで斃す。もう1匹の上級豚頭族ハイ・オークの魔法が完成する前に、更に一突きで残りの1匹も仕留めてみせた。


「悠里、さっき魔法を相殺した?プラーナを槍に纏わせたのか?」


 上級豚頭族ハイ・オーク2匹を仕留めておいて涼しい顔をした祥悟が悠里に訊いた。悠里が豚頭族オーク達の死骸を回収しながら答える。


プラーナでやってみて成功した。次は魔力を纏わせて相殺できるかを実験してみたいな」


「戦闘中にそんな実験してたの?見たかった……。私もやってみよ」


 悠里の相殺を見逃した湊が若干悔しそうに呟いた。




「ヒソヒソ……(ねぇ、やっぱりこの人達、似非≪初心者≫だよ)」


「ヒソヒソ……(支援する暇もなかった……)」


「ヒソヒソ……(ジェムズとダンテ、マリカの3人だって≪下級≫の上位で、もうすぐ≪中級≫に上がれそうってところに居た筈なんだけど……)」


「ヒソヒソ……(コツコツと実績稼ぎをしていた私たちとは違うねぇ……。きっと有名な探索者シーカーに育つよ)」


ネロ、エンリフェ、シエラのは小声で悠里達3人の話をしていた。




 見覚えのある大岩の割れ目に辿り着くまで、4匹から6匹の規模の豚頭族オークの集団と3度遭遇し、その全ての集団に上級豚頭族ハイ・オークが混ざっていた。発見次第で都度殲滅しながら進んできた。特に誰かが怪我することもなく、実にあっさりとしたものだった。


「とりあえず入口のところが目視できるところまで着いたけど。豚頭族オークがこの前より多い気がしたね……。入口から溢れている訳ではなさそうだけど」


 悠里が周囲の気配を探りながら通路の入口をみている。湊も周囲をきょろきょろしながら気配察知を盛んに行っている。


「入口に見張りでも立ってるかもと思ったけど、特にそういう雰囲気ではないようね?」


「気になるなら通路の奥まで見に行ってみようか?」


 祥悟が悠里に振り向いて問うと、悠里は一瞬考えて祥悟に確認する。


「通路の広さはどんなものだった?2人並んで槍を振り回せるくらいに広い?」


豚頭族オークが3匹並んで歩けるくらいには広かったかな。突き主体なら行けるだろ」


 祥悟の回答に悠里が頷いた。


「いざとなれば通路の中でも戦えそうか。それじゃ、祥悟が先行して通路の奥を見てきてくれ。【念話】をつなげておくから、豚頭族オークと鉢合わせでもしたらすぐに呼んで」


『(ってことで祥悟頼んだ)』


『(了解)』


 【念話】と一緒に祥悟の肩を拳で軽く叩き、送り出した。




  祥悟は【隠形】と【気配察知】を全開にして大岩の割れ目のような通路の入口を潜って行った。緩くS字に曲がった通路は、先が見通し難い。【気配察知】で感知しきれない【隠形】した敵が、突然目の前に現れる可能性もある。十分に警戒しつつ進んで通路を抜けると、以前と同じく崖の中腹といった様相の場所に出た。祥悟は周囲の気配を警戒しつつ、身を屈めて陥没穴の底の森を観察する。


『(通路抜けた。敵影なし。陥没穴の底部分の森は、見て分かる変化はないかな?)』


『(大丈夫そう?俺達もそっちに行って自分の目で確認しておきたい。出口周辺の警戒を引き続き頼む)』




 悠里は仲間達に祥悟との【念話】で伝え聞いた状況を説明し、全員で通路の中へと入って行った。緩くS字に曲がった通路を抜けていく。

 通路を抜けたところで振り返った祥悟が、≪身を屈めろ≫と≪静かに≫のジェスチャーで指示を出した。一行は身を屈めながら祥悟のところまで移動し、陥没穴の底の様子を窺う。


「一昨日より炊事か何かの煙が少なくなってるようにみえるけど、それは時間帯のせいかも知れないな」


 祥悟の見解を聞いて悠里と湊が頷いた。


「なるほど。この出口からは崖沿いの長い坂道なのか……。これなら敵が登ってくるのは分かり易いな。十分確認出来た。戻ろう」


 通路を抜けた先を目視して様子を確認できたことで満足し、悠里は撤退を指示する。


「直ぐに何か起こりそうな気配はなかったね。予定通り通路抜けたら西に移動?」


 湊が悠里に訊ねると、悠里は首肯して返した。


「そうだね。まずは西方面に移動してみて、頃合いをみて北に折れてみたいかも」


「北に?森の奥側ってこと?」


「そう。俺、食人鬼族オーガ戦で気絶しちゃったじゃん?6人で戦えば最後まで立っていられるかなと。早めにリベンジして、苦手意識を消しておきたい。俺だけじゃなくて、片倉やネロ達3人のためにも」


 悠里の言葉に、湊は頬を緩めて続けた。


「そうね。私も一昨日は捕食現場の目撃で取り乱しちゃったし、次こそはちゃんと戦うよ」


 湊に続いて、ネロ、エンリフェ、シエラ


「私も頑張ります!」


「まだちょっと怖いですけど、私も頑張ります」


「何時かは乗り越えなきゃと思ってましたけど、今日ですか?緊張します……」


 湊やネロ達もリベンジの意思アリだった。それを確認できたことで悠里も口角を上げて拳を突き出し、祥悟と湊と3人で拳合わせグータッチし合い、気持ちを通じ合わせた。



◆◆◆◆



 通路を抜けて西側へと向かって歩く。

 南から北へ向かってきた時には豚頭族オークの集団を頻繁に発見したが、西側は縄張りの外なのか疎らだった。


 西側に暫く進んでみたが、小鬼族ゴブリン犬頭族コボルト、猛獣系の森の浅いところに出てくる小物が多かった。上級豚頭族ハイ・オークならまだしも、小物相手では最早作業である。


「西側、浅瀬みたいになってるな?もう少し北に入ってみるか?」


 祥悟の提案に悠里は頷き返す。


「行ってみよう。でも食人鬼族オーガ2匹同時とかは勘弁してくれよ」


 悠里の軽口に祥悟はニヤリと笑って斥候に出ていった。


「相原君、今の言い方だとフラグっぽいのだけれど?」


 湊が悠里の脇腹を肘で突いた。


「え?流石にないんじゃない?祥悟は仕事はしっかりやってくれてるし、今までそういう失敗もないよね?」


 悠里が困惑顔で湊に言い返す。


「あ、ほんとにフラグって言うんですね?≪迷い人語録≫に載ってました」


 シエラが湊と悠里の会話に反応した。


「≪迷い人語録≫?」


 湊がシエラに訊き返すと、詳しい解説を返してくれた。


「はい。歴代の≪迷い人≫の皆さんが、こっちの世界に持ち込んだ概念とか諺、慣用句なんかの外来語をまとめた本です。有名どころはこちらの世界でも浸透していたりするんですよ?」


「へぇ、そんなのがあるんだ?」


「≪迷い人≫の皆さんが持ち込んだ風習や文化も、結構広まっていたりするんです。こっちの世界の人でも外来文化だと知らずに受け入れてる人も多いですね。私も、どの祭事が外来文化なのか良く分かってないのですけどね」


 シエラがそういって笑った。


 悠里や湊が思っていた以上に、≪迷い人≫はこちらの世界に影響を与えてきたらしい。非戦闘職に着いた教師の横田やクラスメイト達も、いずれこちらの世界に何かを残すことになるのかも知れない。

 対して、戦闘職を選んで探索者シーカーになった自分たちは、この世界に何が残せるのだろう?何か偉業でも達成したら歴史に名前が残るくらいだろうか。


 そんなことを考えていると、先行していた祥悟が木陰でしゃがみ込み≪待て≫のハンドサインを出した。一行は口を噤んで足を止め、次の指示を待つ。


『(祥悟、何かあったのか?)』


『(食人鬼族オーガがいる。2匹だ。1匹は北に向かって離れて行って、1匹はこっちに歩いてきている)』


『(マジかー。マジで2匹引いちゃったかー。別行動してるんだよな?各個撃破できそうか?)』


『(食人鬼族オーガが大声で救援要請しない限りは大丈夫だと思うけど……。認識阻害の空間魔法だっけ?あれって音の阻害も出来る?)


『(音は未検証。【静穏空間】みたいな結界が張れれば良いんだが……。接敵までの猶予は?)』


『(あと1分もない。見つかるように走って戻る。そっちで迎撃しよう)』


『(了解)』


 悠里は祥悟との【念話】を終えると、声に出して状況説明と指示を出す。


食人鬼族オーガ1匹来る。迎撃準備。逆側に離れていく食人鬼族オーガがもう1匹。連戦の可能性あり」


「ちょっと?やっぱり2匹なの?」


「合流されなきゃ1匹と1匹だよ」


 湊の非難がましいジト目をスルーして大身槍を構える。隣では湊も既に戦闘態勢に入っていた。


「き、緊張します」


「エンリフェ、シエラ、後ろに下がろ?」


 ネロの声掛けで3人は南側へ下がって距離を取った。3人が後ろに下がっていくのを確認して、悠里が指示を出す。


「祥悟が通ったら食人鬼族オーガに足止め系の魔法を」


「はひ!」


 後方が慌ただしく布陣する中、前方の木陰に屈んでいた祥悟が、木陰から飛び出し、食人鬼族オーガを煽るように投石をして悠里達の待つ本陣へと走り出した。


 祥悟が駆けてくるのを確認すると、悠里と湊がそれぞれ左右に離れて、祥悟の走り込む隙間を開けた。


「グルルァ!」


 祥悟を追って走ってくる食人鬼族オーガが唸り声をあげると、口が裂けるかのような捕食者の笑みを浮かべた。その手にはお手製なのか、棍棒が握られている。


プラーナを廻せ!武器に纏わせろ!エンリは何か足止めを!」


「はい!」


 悠里が己を鼓舞するために大声で指示を飛ばすと、全員が食人鬼族オーガ迎撃に動きはじめた。


 駆けて来る食人鬼族オーガの踏み込む先の地面にエンリフェの【泥濘】の魔法が行使され、深く広い沼に食人鬼族オーガの足が膝下まで沈んだ。突然変わった足場の様子にバランスを崩した食人鬼族オーガは前のめりに倒れ、両手を地面につこうとしてその腕まで【泥濘】に取られ、周囲に泥を跳ね飛ばしながら【泥濘】の中で取り乱している。


 その様子を確認して、悠里と湊は泥濘の外から両手で保持した大身槍で突貫チャージを仕掛けた。


 湊の大身槍が、食人鬼族オーガの分厚い首元を少し外れ、左の鎖骨裏に穂先20センチが突き立った。

 悠里の大身槍も右の首元、分厚い斜角筋に突き刺さって穂先が20センチ埋まっている。


「ギャッ?!」


 食人鬼族オーガが罠で混乱したところに更に大身槍で深い傷を負い、悲鳴をあげた。


 悠里と湊と擦れ違った祥悟も、振り返ると【異空間収納】から大身槍を取り出し、突貫チャージを仕掛ける。その穂先は悠里と湊の間、自然と頭部狙いで向かっていく。


「グルルァッ!?」


 魔法で仕掛けた罠に嵌り、首元の左右に槍を突き立てられた食人鬼族オーガは獲物である筈の人間ニンゲン達の抵抗に怒りの咆哮を上げるが、開いた大口に祥悟の大身槍の突貫チャージが突き込まれ、咥内から喉を貫き内臓にまで突き刺さった。


 3人の突貫チャージ食人鬼族オーガは事切れ、身体を起こそうという四つん這いの状態から倒れ、泥の沼に突っ伏した。


 倒した。


 そう確信した悠里が、【異空間収納】に食人鬼族オーガを収めると【泥濘】の範囲外にすぐに吐き出し、【洗浄】で食人鬼族オーガの泥汚れを洗い流した。


「……ふぅ。まずは1匹目、討伐完了」


 食人鬼族オーガの死骸の洗浄が終わると後ろに待機していたネロ達3人を呼び寄せた。


「斃せましたねぇ……」


「こんなにあっさり……私の【泥濘】、役に立ったようで何よりです」


「ふぇぇ……あっという間でした。まさに瞬殺でした」


 合流したネロとエンリフェ、シエラが口々に感想を言い合った。



プラーナの≪纏い≫が上手くいったね。大身槍の穂先までしっかり纏えたの、掴めたよ」


 湊が己の掌を見ながらにぎにぎと握りしめては開くのを繰り返し、満足そうに頷いた。


「俺も。プラーナがこれまでより纏えた感じがしたな」


 祥悟も自信を持てたのか、良い顔で笑った。


 悠里が洗った食人鬼族オーガの死骸を異空間収納に収めていると、エンリフェが先ほど作った【泥濘】を元の乾いた地面に戻していた。


「エンリフェも良いフォローだったよ。ありがとう」


 エンリフェの張った【泥濘】の罠の解除が終わると、悠里がエンリフェに礼を言った。エンリフェは地面を元に戻し終わると照れくさそうに微笑んだ。


「さて、祥悟。もう1匹の食人鬼族オーガを殺りに行こうか」


 悠里の言葉に祥悟は首肯し、槍を【異空間収納】に収めて再度斥候に出ていった。


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