第1章 第13話 通過儀礼

「あれ、殺さない?」


 悠里が引き攣って歪んだ笑みでそう提案した。


「……それ、落ち着いて考えた上での結論か?」


 祥悟が半眼で悠里の正気を確認する。


「いや、直観。ここで逃げたら、芯が折れて戻らない気がする」


 悠里の返答に祥悟は右手で頭を掻き毟り、大きく溜め息を吐いた。


「はぁ……。そうな。逃げたら逃げたで、今日のことをフラッシュバックするようになるんだろうな」


「……っ」


 湊は何か口を開こうとしては閉じまた開き、言葉に出せない様子だった。その様子を見て悠里は湊に笑いかけ、肩を叩いた。


「祥悟は悪いが付き合ってくれ。【隠形】して祥悟は左側から。俺は背後から先制攻撃を仕掛ける。片倉は……そうだな。待っててくれるか?でも万が一の時はちゃんと逃げ延びてくれ」


「ま、待って?」


 湊が小声で2人を制止しようと何とか声を絞り出したが、悠里と祥悟は湊を振り返って笑みを返した。


「大丈夫、負けるつもりで行くんじゃない。斃したら迎えに戻る。でも万が一の時は、ちゃんと逃げてくれ」


 悠里の言葉に祥悟は再び溜め息を吐き、【異空間収納】から大身槍を取り出した。


「はぁ……。食人鬼族オーガかぁ……。あいつ硬いんだよなぁ……。最初刃先が通らず擦り傷程度だったもんな?合宿の後半には大身槍の突貫チャージで10センチくらいは刺さっていたけど」


「祥悟も【プラーナ操作】のレベルが上がってるんだろ?俺も【仙氣功】のレベル上がってるし、丹田でプラーナを全開で回せば、意外と楽に倒せるかもよ?」


 悠里と祥悟は大身槍を携え、【隠形】して歩き出した。悠里が右へ、祥悟は左へと分かれて行く。藪を迂回したところで進路を変え、慎重に食人鬼族オーガの背後へと回りこんでいく。


 悠里は食人鬼族オーガへと歩きつつ、その周辺の様子を探る。


 食事中の食人鬼族オーガは胡坐をかいて背を丸め、前のめりになって両手で掴んだ遺骸エサを貪っている。完全に油断していて、鼻歌でも聞こえてきそうな振る舞いだった。


 捕食され中で事切れた女性が1人。

 脳漿をぶち撒けて死んでる男性が1人。

 倒れていて生死不明な様子の男性が1人と女性が1人。

 折られた脚を引き摺りながらも、必死に食人鬼族オーガから離れようと足掻いている女性が2人。


 見える範囲だけで、計6人組のパーティが壊滅しているのが分かった。


「(脚を砕いて餌を逃がさない気か……。新鮮な踊り食いが好みか?それとも、生きようと足掻いてるのを見て悦に浸ってるのか?)」


 そう考えたところで、沸々と怒りが湧いてきた。


「(合宿後半には骨に当たらなければ突貫チャージで刃先15センチは突き刺せていた。今はあの時より【仙氣功】のプラーナのレベルも上がっている。大丈夫、いける)」


 悠里は【隠形】状態のままで大身槍を両手で握り締め、刃先を地面に対して水平に構えて慎重に歩を進める。


「(背中から全力で突貫チャージして心臓狙い?いや、ガッチガチの背筋で心臓まで届かないか、食人鬼族オーガの身動ぎ次第で更に硬い肩甲骨か脊椎の椎体にでも当たれば、穂先が止まる)」


 悠里は、自分が放てる不意討ちを何処に刺し込むべきか、リスクとリターンで検討を続ける。


「(理想的には首の左側、左総頚動脈を断つのが最適解。背後からじゃ僧帽筋が分厚く盛り上がり過ぎていて無理がある、けど……。骨に当たるよりかはマシか?)」


  悠里は一旦下げた穂先を再び上げて、刃先を水平に構え直した。


『(祥悟。首の左側に背後から突貫チャージを仕掛ける。傷は付けられると思うが、それだけでは倒せない。突破口くらいは付けてやるから、戦端が開いたら食人鬼族オーガの背後から頼む。前後で挟撃しよう)』


『了解、任せろ』


 悠里は水平に構えた刃の角度を微調整しつつ両手でしっかりとグリップし、【隠形】のままで助走を付け、頸椎の左側へと全力の突貫チャージを敢行する。

 完全に油断していた食人鬼族オーガプラーナは薄く、悠里の大身槍の穂先が、頸骨左脇に20センチ近く突き刺さっていた。


「ッ!?グラァァッ!」


 歯向かう者の居ない状態でゆっくりと食事をしていた筈の食人鬼族オーガが、突然の痛みに驚きと怒りの叫び声を上げて前方に転がるようにして悠里から距離を取り振り向いた。


「やあMr.捕食者ミスター・プレデター人間エサに喰いつかれる気分はどうだい?」


 悠里は態とらしく両手を広げ、歯を剝き出しにして凶暴な笑みを浮かべてみせた。


「ガァ゛ア゛ア゛!!」


 たかが人間エサ風情の尊大な態度に食人鬼族オーガは吠え、手近に転がっていた男性冒険者の足を掴んで大振りに振り回して悠里に襲いかかる。


「ッ?!」


 砕かれた頭から脳漿が撒き散らされていた死体だ。振り回すことで傷口から内容物と血液が撒き散らかされる。悠里は咄嗟に視界を庇い、距離を取った。


 死体を棍棒代わりに振り回す。そんな冒涜的なリアクションは想定していなかった。撒き散らかされる血液が目潰しとなって飛んでくるため、ただの棍棒より質が悪い。


 食人鬼族オーガが開いた距離を詰めようと踏み出し、大きく横殴りに肉塊を振り回すタイミングで、食人鬼族オーガの左後方から肋骨の隙間を縫うように大身槍が突き込まれた。【隠形】しながら機を窺っていた祥悟の、全力の突貫チャージだった。


「グギィッ?!」


 無警戒だった背後からの襲撃に食人鬼族オーガプラーナが乱れ、祥悟の大身槍の穂先は以前の食人鬼族オーガ戦の時より深く突き刺さっていた。

 背後の新手を追い払うように振り回された肉塊に対し、祥悟は素早く身を伏せて躱し、手にした大身槍を地面すれすれの位置で横薙ぎにした。大身槍の刃が食人鬼族オーガの右足のアキレス腱へ命中し、ほぼ半ばまで切り裂き喰い込んで止まった。


「ギャッ?!」


 食人鬼族オーガはアキレス腱へのダメージで、右足の踏ん張りが弱まった。


 アキレス腱の損傷で体勢を崩した食人鬼族オーガの左頸部に、悠里が再び刃を突き込んだ。食人鬼族オーガプラーナが祥悟に散っているタイミングが功を奏し、緩んだ食人鬼族オーガプラーナを貫通して、切っ先が10センチ程刺さり込んだ。


 身を伏せるようにして横薙ぎしていた祥悟は低い体制のままで横に跳び、転がりながら間合いを取る。


 食人鬼族オーガにとって前方に祥悟、後背に悠里の包囲状態が完成し、食人鬼族オーガに狙われていない方が攻撃を仕掛け、狙われた側は回避に集中する。


 前後から浅くとも何度も突き込まれる槍に、食人鬼族オーガは失血と負傷が重なり動きが鈍くなり出した。


 食人鬼族オーガが再び大振りで肉塊を振り回し、それを祥悟が後退して躱そうとした時、その腕は前方を空振りしたまま身体ごと半回転し、食人鬼族オーガの後背へと振り回され、背後に迫っていた悠里に横殴りの勢いのまま投げつけた。


「ッ?!」


 それまでのパターンから外れた一撃は悠里を薙ぎ払った。跳ねられた悠里は地面を何度もバウンドし、樹木にぶつかったところで止まった。


「悠里!」「相原君!」


 派手に転がされた悠里に祥悟と湊が大声あげるが、身動きが取れていない様子をみて歯を食いしばる。身動きが取れていないということは、意識を飛ばしている可能性が高い。今悠里に追撃させる訳にはいかない。


 食人鬼族オーガは足元を見回して新しい武器を探す。地面に転がっていた甲冑姿の男性の両足首を両手で掴み上げ、祥悟に向かって振り回し始めた。


「くそッ、こっちだ。次は俺を斃してみろ!」


 言葉は通じていないだろうが、祥悟がそう食人鬼族オーガを挑発しながら牽制を突き込み立ち回る。


 一方の食人鬼族オーガは新しい甲冑をまとった肉の棍棒を横薙ぎに振り回し、振り下ろし地面に叩きつけると、また振り上げてと縦横無尽に甲冑の男を振り回し、祥悟に迫っていく。振り回されて地面に強打され、樹木の幹に掠り、甲冑の男は倒れていた時点では息があったとしても、今や振り回される肉塊となっていた。


 獲物を追い詰めている実感があるのか、食人鬼族オーガはその顔にニチャリとした笑みを浮かべている。


 食人鬼族オーガの意識が祥悟1人に向き、嗜虐的に嗤いながら祥悟を追い詰めていく。祥悟も自分1人を狙われると回避に集中せざるを得ず、焦りが募った。


 その時、食人鬼族オーガが片膝を着いて、後ろを振り向いた。


「ッ?!ギィァ!!」


 そこには大身槍を両手で保持し、突貫チャージを仕掛けた湊が居た。湊の大身槍は刃先が左足の膝裏に深く突き刺さっており、膝裏の靭帯を断裂させていた。そこに更に体重と力を籠め深く突き刺し、穂先を捩じり左足へのダメージを深めていく。


「橋本君!」


 湊が祥悟に叫び、祥悟は湊によって打開されたことを悟り、膝をつくことで下がってきた食人鬼族オーガの首元へと突貫チャージをかけた。


「グォォアァ!?」


 祥悟の突貫チャージ食人鬼族オーガの分厚い僧帽筋を突破し、右頸部に抜けるように切っ先が突き込まれた。外頸静脈を貫いたのか、想定上の血が噴き出す。


「片倉さん、助かった!」


 祥悟は両手でグリップした大身槍を横薙ぎに斬り払い、僧帽筋を断裂させ振り抜いた。動脈程ではないが、派手に血が噴き出して右半身が血に塗れる。


 右足はアキレス腱を損傷し、左足は膝裏を貫かれ、頸部の左右に裂傷を負った食人鬼族オーガは動きが見てわかる程に緩慢になりはじめた。


 湊も左膝の裏から大身槍を引き抜き、間合いを取って再び後背からの突貫チャージの構えを見せる。食人鬼族オーガの前方では、祥悟が間合いを確保して両手で大身槍をグリップし、突貫チャージの構えをとっていた。


 食人鬼族オーガは、全身に付けられた傷と失血により俯せに倒れ込み、肘でその上体を支えるが呼吸が荒く、上体を起こすのも難儀している様子が窺えた。


「橋本君、一気に畳み掛けましょう!」


「あぁ、悠里の仇は取ってやる!」


 前後から2人の突貫チャージ食人鬼族オーガの上半身に突き込まれ、突き込んだ穂先を更に埋め込むように全身で貫こうと振り下ろす。


「……ァ゛ッギァ゛ッ」


 やがて食人鬼族オーガは動かなくなり、湊が【異空間収納】を試して食人鬼族オーガが収容されていった事で、食人鬼族オーガを斃し切ったことが確認できた。



◆◆◆◆


 食人鬼族オーガを斃し切った事で湊が慌てて悠里の元に向かい、呼吸を確認して胸を撫で下ろした。


「相原君、生きてる。よかった……」


 湊は、自分がはじめから動けていればと口惜しさに唇を噛む。


「片倉さん、そのまま悠里の面倒を頼む。俺は探索者シーカー達の確認をしてくる」


 祥悟は喰われ、あるいは道具のように振り回され、破損した死体を3つ並べた。足を砕かれていた女性2人は意識を失っていたが呼吸に異常はなかった。もう一人の倒れていた女性も意識はないが呼吸はある。


 何とか3人の人間ニンゲンを助けられた。祥悟は、今はそれで満足するべきだと思った。


 足を骨折している2人の脇の下に手を入れ引き摺るようにして並べた。その横に、もう1人の女性も寝かせる。

 悠里達はそれぞれが治癒の水薬ポーションは携帯しているが、骨折まで治るかは把握していなかった。


「(治癒の水薬ポーションを掛けて治るか?でも骨が変な形でくっ付いたら支障が出るよな。先に骨の位置の調整くらいやっておくか)」


 祥悟は足を骨折している2人の足元に移動すると、不自然に捩じれた脚を正しい位置に矯正する。その痛みで気が付いたのか、女性に悲鳴を上げられてしまった。


「ア”ア”ア”ッ!!」


「す、すまん。痛みは我慢してくれ。骨の位置を少しでも矯正させてから水薬ポーションを掛ける」


「う゛ッぁ゛ッ……!」

 苦悶の表情をしつつも女性が頷き返したのを見て、祥悟もホッとした。


「治癒の水薬ポーションをちゃんと使うのはじめてなんだ。直接肌に掛けた方がいいよな?ズボンを脱げるか?無理そうなら、怪我してる方だけ切り開くが、どっちが良い?」


「ズボンを切り開く方でお願い……」


 女性の許可を得ると、ナイフで肌を傷付けないように慎重にズボンを切り開き、患部を露出させた。左膝の少し上が酷く腫れあがっている。そこに治癒の水薬ポーションを掛け、追加で出した治癒の水薬ポーションを女性に飲ませようと後頭部に手を回して頭を起こし、水薬ポーションを口元に差し出した。


「患部に水薬ポーションは掛けたけど痛みはあるだろ?念のため追加で1本飲んでおくといい」


「あ、ありがとう」


 女性は素直に感謝し、差し出された水薬ポーションを飲み干した。


「飲めたか?よし、頭下ろすからな?」


 彼女の頭の下に毛布代わりの毛皮を折り畳んで添えて寝かせた。


「次、もう1人の脚やられてる子の処置をする。君にやった処置と同じで良いと思う?もう少しやりようがあるなら改善したいのだけど?」


 祥悟は最初に処置した女性に訊いた。


「同じで大丈夫、です。ありがとうございます」


 大分落ち着いてきたのか、表情も柔らかくなってきた様にみえた。


「分かった。気絶してるところごめんよ~」


 祥悟はもう1人のズボンを裂いて患部を露出させ、右膝の捩じれた骨折を矯正するために、腫れあがった脚の角度を合わせる。


「ん゛ぁ゛あ゛ッ?!」


 こちらの子も骨の矯正による痛みで悲鳴を上げて目を覚ました。


「痛かったか?治癒の水薬ポーションを掛けるからもう少し我慢してくれ」


 祥悟は腫れあがった膝に治癒の水薬ポーションを掛け、追加の1本を飲ませると、枕代わりに毛皮を頭の下に入れて休ませた。


「ありがとう、ございます」


 2人目の女性も顔色が回復し、大分落ち着いてきた様子に安堵した。


 3人目の気絶している女性は、外観からは怪我の場所と程度が分からなかった。


「こっちの気絶してる子、パッと見大きな怪我はしていなさそうに見えるんだけど。どうやって気絶したか分かるか?」


 1人目の女性が答えた。


「その子は甲冑を着こんだ男戦士のジェムズが吹っ飛ばされたのに巻き込まれて。気絶しちゃった感じ、だったと思います」


「そうか、とりあえず目を覚ましたら治癒の水薬ポーションを飲ませるってことで良いかな」


「はい、ありがとうございます」


「包帯は持って来てるんだけど、添え木がないな……。木剣でやってみるか」


 祥悟は【異空間収納】から木剣を2振り取り出すと、脚を骨折していた女子2人の脚に添え、包帯で固定していく。


「ありがとうございます」「丁寧な手当に、心から感謝を」



◆◆◆◆



 頭を撫でられる感触で悠里の意識が浮上してくる。ぼーっとした頭で目を開くと、湊が悠里の顔を覗き込んでいた。


「片倉……?あれ?俺何してたんだっけ……」


 寝起きを湊に覗き込まれ、更に頭を撫でられている。後頭部には柔らかく温かな感触があった。


「やっと起きた。相原君、身体大丈夫?水薬ポーション飲む?」


「あれ……?これ、膝枕……?悪い、今退く……痛ッ」


 悠里は上体を起こそうとして、背中と肩に走った痛みに悶え、湊の膝枕から横に転がり落ちた。


「全身打撲であちこち痛いでしょ?はい、治癒の水薬ポーション


「ありがとう、助かる」


 悠里は手渡された治癒の水薬ポーションを飲み干し、空になった容器を【異空間収納】にしまった。治癒の水薬ポーションを飲んで身体の痛みが引いていくのを感じていると、状況を思い出されてきて慌てて跳ね起きた。


食人鬼族オーガ!あれ?」


 悠里が周囲を確認するが食人鬼族オーガの姿はなく、祥悟が落ち着いた様子で怪我人の介抱に動き回っていた。


「大丈夫、食人鬼族オーガは斃せたよ。相原君、ごめんね……」


「斃せた……?そっか、祥悟と片倉が頑張って斃し切ったのか。ありがとう、片倉」


 悠里は食人鬼族オーガとの戦闘が終わった事を知ると、すとんと腰を落とした。


「良かった……。祥悟も片倉も無事そうだし、向こうのパーティも半分は生き残れたんだな」


 悠里は安心した笑みを浮かべたが、肋骨に走った痛みで思わず脇腹を抱えた。悠里が目を覚ましたのに気付いた祥悟が、悠里の傍へとやってきた。


「おはよう、悠里。痛みはあるみたいだけど、とりあえず無事そうだな?」


「あぁ、おはよう祥悟。途中でリタイアしちまって済まなかったな」


「ははっ。ちょっと焦りはしたけど、片倉が参戦してくれて何とか勝てたよ」


 祥悟が笑顔で拳合わせグータッチの構えを見せ、悠里は頬を緩ませて拳合わせグータッチに応えた。



「君たちの仲間の遺品はとりあえずこちらで預かっておく。王都のギルドか定宿があるならその宿で返すから、運搬は任せてくれ」


 祥悟が生き残った女性3人に声を掛け、彼女たちが頷くのを確認すると悠里、祥悟、湊の3人で亡くなった3人の探索者シーカープレートとまだ使えそうな遺品を回収して麻袋に詰め込んでいく。


「何からなにまですみません……」


 最後に目を覚ました女性がペコリと頭を下げた。


「あー、探索者シーカーの作法とかあれば教えて欲しいんだけど。こうして仲間が亡くなった時って、どうすれば良いんだ?探索者シーカーズギルドにまで連れて帰るべきなのか、ここで埋葬して行くのか」


 祥悟が女性達に訊いた。


「貴族の子息とかの場合は家に届けることもありますが、基本的には現地で火葬か土葬で埋葬します」


 一番軽傷そうな女性が代表して答えてくれる。


「そうか。亡くなった3人の身柄はどうすればいい?」


「できれば火葬か土葬で埋葬してあげたいと思います」


 女性の言葉に頷くと、3人は【穴掘り】の魔法で深さ1m半程の墓穴を3つ用意すると、墓穴一つに1名ずつ収めていった。


「火葬してあげたいところだけど、あまりゆっくりできる場所でも時間帯でもない。土葬で勘弁してもらえるか?」


 祥悟が女性に訊くと、女性3人はそろって首肯を返した。祥悟と悠里は野営セットに含まれているシャベルを取り出して周囲から土を掘っては運び、遺体を埋葬した。


 埋葬が済むと、最後に目を覚ました軽傷だった女性が改めて礼を言い、墓前に屈んで祈りを捧げていた。骨折2人組も神妙な顔で目を瞑り、手を組んで祈りの姿勢をみせている。


◆◆◆◆


 一通り後始末をつけたところで移動を開始しようとして、改めて脚を折られていた2人に目をやる。木剣を添木代わりに応急処置は済ませてあるが、さすがに歩かせるには無理がある。松葉杖のような物の用意もなかった。どうしたものかと考えていると、墓前で祈りを捧げていた女性が骨折者2名の傍に屈み、その手を翳した。


「彼のものの傷を癒し再び立ち上がる力を与えん。疾くあるべき姿を取り戻せ【治癒】」

 翳された手から淡い光が広がり、2人の患部を包んだ。


「≪治癒魔法≫か。使い手はあまり居ないと聞いてたんだが……。あっという間に腫れも治まっていくな。リネット教官みたいだ」


 祥悟が関心を示して、治癒の効果の程を覗き込んでいる。


「ふぅ、何とか、歩ける程度には治せたと思います」


 治癒魔法使いの女性が2人に確認を促し、治癒を受けた2人は脚を持ち上げたり曲げようとしたりしている。添え木代わりに木剣を固定したままなので曲げられなかったのだが。


 動かせる事が確認出来たら治癒魔法使いの女性が肩を貸しながら立たせてみると、木剣の添え木はそのままで、数歩歩いて頷いて返した。


「ありがとう、シエラ。凄く楽になったよ」


「こっちも。ありがとう、シエラ」


 骨折組2人に感謝され、治療魔法使いの女性ことシエラはこそばゆそうに照れ笑いを返していた。


「……こんなに凄い魔法で治癒できたなら、ズボンを切り開いたり添木付けたりも必要もなかったのかな?何か余計な事したみたいでゴメンな?」


 祥悟が申し訳なさそうに頭を下げた。


「そんなことないです!あの時はまだシエラも無事か分からない状態でしたし、添木と水薬ポーションのお陰で楽になったのも本当のことなので!」


「そうですよ、ありがとうございました!」


 骨折2人組が喰い気味に祥悟に礼を述べた。

 その様子を見て悠里がくすっと笑いを漏らしていると、隣で湊も微笑ましそうに頬を緩ませていた。


「2人とも大丈夫そうだね?それじゃ、早速で悪いんだけど場所を変えよう?この辺りでのんびりしてると、また食人鬼族オーガに会いそうだからね」


 悠里が横から口を出すと、【洗浄】で付近の血糊を洗い流して【消臭】する。湊が女性3人に【清浄】と【消臭】を掛け、身綺麗に整えさせた。


 汚れが落ちて身綺麗になってみると、女性たちは思っていたよりも若いことに気が付いた。年上だと思っていたが、同い年くらいか若干年下くらいの雰囲気を感じる。女性、というよりかは少女だろうか。


「俺が悠里で、こっちが祥悟。彼女が片倉だ。改めてよろしく」


 悠里が名乗った事でお互い名乗りあっていなかったのに気付いたのか、ティーエ含む3人も慌てて自己紹介を始めた。


 黒髪の髪のショートボブで、頭の上にバットイヤー型の耳が生え、ふさふさした尻尾も特徴的な獣人族ビースターの少女が、斥候のネロ。


 淡い金色の長髪を肩のあたりで2つにまとめて身体の前側に垂らしている耳長族エルフ耳の少女が半耳長族ハーフ・エルフの魔法師で、エンリフェ。


 輝くような金髪を編み込んで頭頂部の後頭部寄りの辺りで一纏めにした普人種ヒュームの少女が、治癒魔法師のシエラ。


 亡くなった3人が、重戦士のジェムズ、戦士のダンテ、軽戦士のマリカというらしい。



 怪我人3人を加えた一行は自己紹介や今回の騒動の経緯などを訊きつつ、森の浅い方へと向かって歩いて行った。


 食人鬼族オーガの出た場所から1時間程移動した場所に野営跡地を見つけ、そこを今夜の野営地にする事に決めて天幕を建てていった。


 野営の準備が出来たところで【清浄】で手指や身なりを清潔に浄化し、テーブル一つと椅子を6脚出して着席を促した。


「……皆さんすごいですね?3人とも【異空間収納】を使えるんですか?」


 ネロ達3人は【異空間収納】から出てくる物資や食料に目を丸くしながら驚いていた。


「そうだな、何でかは分からないけど、俺達は3人とも使えるらしい。あ、食べ物は串焼きで大丈夫か?飲み物は【飲料水】で我慢してくれ」


 祥悟は何でもない事のように答えて流し、コップを出させるとそこに【飲料水】で水を満たして全員で串焼きと水の簡易ながら温かい食事を勧めた。


 椅子に座って温かい食事を摂っていると、ネロ達3人が串焼き片手に涙を流しすすり泣きしだした。


「(パーティは半壊、ほぼ全滅寸前までいってたんだ。さすがに緊張の糸が切れたんだろう……)」


 悠里達3人はそれを見守りながら食事を続け、今夜の不寝番は自分たち3人が交代でやるので、天幕でゆっくり寝るようにと伝えた。


「あ゛りがと゛う゛ございまず」


 3人が泣き止み食事を終えるのを待ってから、不寝番は悠里と祥悟、湊で引き受ける事を宣言し、怪我人3人組は、今夜は天幕でしっかり休んでもらうようにと言い含めた。


「とりあえず、明日は王都に帰って彼女達を探索者シーカーズギルドに送り届けよう」


「そうだな。前衛が全滅してるんだ。途中で何かあれば寝覚めが悪い」


「そうね。とりあえず直ぐに財政破綻する状況でもないし、今回の狩りの収穫だけでも十分黒字の筈だから、それで良いと思うわ」


 明日の予定についてパーティ内で意思統一を完了すると、悠里が【空間魔法】で【空間認識阻害】を使い、野営地周辺に簡易な結界を張った。


食人鬼族オーガ戦の時に寝かせてもらったからな。最初の不寝番は俺がやるよ」


 悠里の申し出で最初の不寝番は悠里が受け持ち、その後に湊、祥悟の順で代わることになった。見張りの交代順が決まると、祥悟は早々に男子用天幕に入って行った。


「……?」


 倒木に腰かけて焚火に枝を放り込んでいると、湊が隣に座ってジッと悠里の顔を見ていた。悠里は何か言いたいことでもあるのかと思い、首を傾げて湊が口を開くのを待つ。


「……その、改めて。今日はごめんなさい。探索者シーカーしてれば人死にの場面に出くわすことも、自分たちが怪我したり死んだりするかもしれないってことも分かっていた筈なのだけれど。想像以上にショックが大きくて……動けなくなっちゃって……。それで相原君にまで怪我させてしまうことになって……」


 悠里はふっと口元を緩めると湊の額を指で軽く突いた。


「そりゃ平和な世界で育った俺達が、普通に生活してれば人生で経験しないだろう凄惨な場面に遭遇したんだ。腰が引けたり震えが止まらなかったり、当たり前だろ?俺や祥悟だって震えながら向かっていったし、戦いながらだって内心ビビッてしょうがなかったんだぜ?」


「でも……」


 悠里の言葉に何か言い返そうとした湊だったが、悠里が人差し指を唇の前に立てて黙らせた。


「こっちの世界でこういう生き方すると決めた以上、そのうちぶち当たった壁だよ。いわゆる通過儀礼ってやつだ。それに、片倉は俺が倒れた後に自力で乗り越えて頑張ったんだろ?だったら俺が片倉を褒めることはあっても、謝られるのは無いと思うんだわ」


 湊は不満そうに唇を突き出した膨れっ面をみせる。


「俺達はまだ魔物しか殺したことがない。でもそのうち、野党とか人間相手にも戦って殺さないといけない時がくる。次の通過儀礼は、もっと精神メンタルにダメージが来るとおもうぞ?」


「……それじゃあ、とりあえず褒めて?膝枕してあげたんだから、今度は膝枕してよ」


「んん?男の太腿なんて硬いだけだぞ?」


 悠里が困惑してそう言い返したが、湊は問答無用とばかりに悠里の膝に頭を乗せてきた。


「ほんとだ、硬いね。相原君、日本に居た頃より身体引き締まって筋肉もバキバキになったんじゃないの?」


 悠里は湊の行動に唖然とし、次第に苦笑に変わっていった。


「(俺も膝枕で頭撫でてもらってたみたいだし?お返しってことで……)」


 悠里は返事代わりに湊の頭を撫で、髪を梳いて流し、手ざわりを楽しむ。ほどなくして、湊から寝息が聞こえはじめた。




//////////////////////////

【念話】『(今あなたの頭の中に話しかけてます……。気に入ってくれたならレビューや感想いただけませんか?)』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る