第1章 第10話 探索者《シーカー》デビュー

 初心者合宿を無事に終え、探索者シーカー登録が行われた。


 合宿を卒業した特典として、≪駆け出し≫の木製プレートを飛び級して、≪初心者≫の鉄製プレートからのスタートである。

 鉄製プレートは【防錆】加工がされているらしく、錆の心配がないらしい。プレートには名前が打ち込まれて魔力識別の付与もされており、本人認証が出来る身分証になっている。探索者として各地で活動していると、行き先で探索者の死骸を見付けることもある。そんな時にプレートが残っていればプレートを回収してギルドに提出するようにとの指導を受けた。


 各自の探索者シーカー登録が済むと、続いてパーティ登録である。

 合宿中に作られた1班、2班、3班はそのまま探索者シーカーのパーティとして継続する。4班はパーティのバランスの問題で解体となり、小机が2班に移動、鴨居も3班に移動となっている。これで1班から3班は6人パーティで構成された。


 残りの悠里、祥悟、湊は3人でパーティを組み、探索者シーカー稼業をしながら仲間を増やしていく方針でパーティ内の意見は一致していた。


「相原達は本当に3人で良いのか?前衛をローテーションで回したり、1班を7人編成にするのもアリなんじゃないかと思うんだが?」


 と一誠が心配そうに訊いてきた。


「気にすんな、一誠。この世界には治癒の水薬ポーションとか魔法の薬もあるんだし、3人パーティがいない訳でもない。それに俺達には【異空間収納】があるんだ。何とでもなるさ」


 悠里の回答を聞いて、一誠は頷き返した。


「わかった。でも限界を感じたらすぐ戻って来いよ?」


「あぁ、その時はよろしく」


 パーティ分けが済むと今度はギルドからの初心者向け貸し出し用具のチェックである。

 装備類や野営セット等、初心者向けに中古品の貸し出しも継続して受けることができた。合宿中に得た利益も平等に分配されているため、これでいきなり路頭に迷うようなことはない。


 3人の武装としては防具は中古の硬皮鎧ハード・レザーアーマーの一式で共通しており、祥悟は腰に直刃の小剣を2振り佩いて、ベルトに投矢ダートを10本程ストックしている。【異空間収納】には予備の投矢ダートや短槍、戦棍メイスなども借りて収納していた。


 対して、悠里と湊は腰に直刃の長剣と短剣を腰に佩き、主武器には刃長40cmで柄160cm程で全長約200cmある和槍でいう大身槍のような形状の短槍を携えている。


 日本の大身槍で特に有名な天下三名槍に数えられる≪日本号にほんごう≫は全長約322cm、刃長が約140cmと特に長い≪御手杵おてぎね≫で約333cm、≪蜻蛉斬とんぼぎり≫に至っては全長で約600cmもあったという。騎兵として使うのであればそのぐらいの長さでも良いのだが、探索者シーカー活動の基本は徒歩である。

 森や洞窟、ダンジョン、屋内戦、両手足をフルに使った登攀に木登りなど、狭い場所や両手を空けておきたい状況は多い。そのため、探索者シーカーの大半からは、全長200cmと短めの長物ですら、取り回しの都合で不人気だったりする。


 しかし悠里達≪迷い人≫組は事情が異なる。邪魔な時には【異空間収納】にしまってしまえば槍を手放す必要もなく、スムーズに副武器での戦闘に切り替えが可能である。これは大きなアドバンテージだった。


「まずは槍でリーチを確保して戦う練習から。慣れたら剣を練習しましょう」


 とは湊の言で、弟子ユーリとしてはその方針に異論を挟む余地はなかった。



◆◆◆◆



パーティ毎に散り散りに去って行く仲間達を見送ったあと。


「で、うちらの今後の活動計画は?」


 祥悟が悠里に振り向いて訊いた。


「まずは色々と慣れるところからかな。無理はしない、命大事に」

「でも≪駆け出し≫クラスの安全な依頼は跳ばすんでしょ?」


 湊も悠里に顔を向けて訊く。


「うん。そのために講習受けて勉強した訳だしね?≪初心者≫から≪下級≫あたりの常設の討伐系依頼とか、討伐した魔物の換金をメインにしようと思ってるよ」


 悠里の言葉に祥悟が眉根を寄せて首を捻った。


食人鬼族オーガって≪下級≫だっけ?あれを3人でやるのは早くないか?」


食人鬼族オーガは≪中級≫の下の方。豚頭族オークくらいまでが≪下級≫だよ」


 悠里の回答を聞いて、祥悟も納得したように頷き返した。


「なるほどなー。それなら豚頭族オークの集落に突撃しなければ大丈夫そうだな……?」


「うっかり徘徊してる食人鬼族オーガと接触しないように気をつけてね」


 湊が祥悟に念押しすると、祥悟は委細承知とばかりに頷き答える。


「おう。とはいえ、【隠形】と【気配察知】は悠里と片倉さんも覚えて欲しいかな」


「それな。手解きしてくれ。祥悟が偵察に行ってる間にこっちの警戒がザルで襲われる、とか馬鹿らしいし」


「そうね。誰か1人に依存するパーティは危険だと思うし、私も賛成」


 祥悟からの提案に乗り気で同意する2人。


「祥悟から【気配察知】と【隠形】なんかを教えてもらって、片倉からは武術関連を教えてもらう。で、俺からは【プラーナ操作】関連の共有かな?」


 悠里の確認に、湊と祥悟が頷き返した。


「【プラーナ操作】の練度向上か、【仙氣功】へのランクアップを目標に据えればそうなるかしら。【空間魔法】は……【異空間収納】でいいかな?」


「俺もそう思う。【空間魔法】より役に立つだろ」


「くっそ【空間魔法】さん馬鹿にすんなよ。育てれば絶対強いからな」


「即戦力かどうかの話よ?」


「念話の方が即戦力。ぷ」


 2人に戦力外通知を受け、悠里は【空間魔法】で見返してやろうと硬く心に誓った。



◆◆◆◆



 探索者シーカー登録の初日は1泊分だけ安宿を押さえてからギルドに戻り、≪初心者≫から≪下級≫あたりまでの討伐案件や手頃な魔物の生息地、生息地が重なっていて注意しなければならない≪中級≫以上の魔物など、思いつく限りの情報収集を済ませた。


 情報収集後にはギルド内の用具店で治癒や解毒などの水薬ポーションを追加購入し、続いてギルド前の広場や大通りで屋台料理を買い込みに回る。お手頃価格の串焼きは豚頭族オーク肉が多かった。豚頭族オーク肉に比べると割高だが、鳥や猪などの抵抗感なく食べられる串焼きを見付けると予算と在庫が許す限り買い溜めした。生で食べられる果物や野菜類、主食代わりの蒸し芋も購入して食料品はすべて【異空間収納】に保管しておく。


「講習で稼げた支度金がどんどん消えていくね……」


 湊が、すっかり寂しくなった財布の中身を見て溜息を吐く。


「【異空間収納】のお陰で劣化を気にせず食料を保管しておけるんだ。無駄にはならないさ」


 悠里が湊を宥めていると、今度は祥悟が悠里に訊く。


「そういえば、押さえた安宿が1泊分だったのは?明日から森に入って野営メインにする感じか?」


 祥悟の問いに悠里は頷き返した。


「王都から片道2時間の北の森しごとばまで毎日往復するのは、時間の無駄だと思う」


 悠里の言葉に祥悟と湊も頷き返した。


「それもそうだな。≪生活魔法≫で身体や服の汚れは落とせるし、無理に王都から通う必要はないか。素材や魔物の死体も【異空間収納】で鮮度を保って持ち帰れるし」


 あっさり同意した祥悟に続いて、湊も賛意を示した。


「≪生活魔法≫は覚えて正解だったわね。日本人としては野営生活の衛生面の不安があったけれど、解消されたもの。とはいえ、3人で不寝番を回すのも精神的に削られそうよね」


 3時間か4時間で2回交代にすれば、それぞれが6時間から8時間は睡眠がとれる。安眠できる環境なら十分な睡眠時間だが、魔物や獣、あるいは悪意のある人間ニンゲンとの接触を警戒しながらの睡眠となると、不安は拭えない。


 そこで悠里が片手を上げて発言した。


「はい。【空間魔法】で【空間認識阻害】ってのを使えるようになりました。野営の時とか、外から見つかり難くなる魔法らしいよ?」


「ほーん?体験してみないと分らんけど、役に立つと良いね?」


「そうね。【異空間収納】の下位互換で終わりは悲しいものね」


 大して期待されていない言い様に、悠里は何とも言えないもにょっとした気分になった。



◆◆◆◆



 翌朝。

 3人は日課となっている早朝訓練を済ませると【清浄】で汗や衣服の汚れを消して身綺麗に整え、宿の1階の食堂で朝食を摂ってからチェックアウトした。


「北の森までの移動は徒歩だったか?」


 祥悟の問いに悠里が頷いた。


「そうだな。馬車で行きたいところだけど、馬車が王都に戻る時の護衛も雇う必要があるから意外と高くつくんだよ」


 悠里の説明に湊が溜め息を吐きつつ頷いた。


「初心者は歩けってことね」


 探索者シーカーズギルドのある北門前の広場で屋台飯の買い増しをすると、3人は北門を出て北の森へと向かって歩いて行く。


 道中は野盗の襲撃や魔物との遭遇といったイベントもなく、【プラーナ操作】や【気配察知】を繰り返し練習しながら約2時間程で森に到着した。


「さて、北の森しごとばに着いたけど。これからはどうする?狙いは合宿の時と同じで良いのか?」


 祥悟の確認に悠里が答える。


「大体そのつもりだけど。あ、食人鬼族オーガは避けようか」


「了解。すると野狼ワイルド・ウルフ野猪ワイルド・ボア小鬼族ゴブリン犬鬼コボルト豚頭族オークあたりってことだな」



 斥候役として祥悟が索敵しつつ先行し、それを悠里と湊が同じく【気配察知】を繰り返しながらついていく。


「【気配察知】を常時展開し続けているつもりなんだけど。ちゃんと出来ているのか分からないな……」


「【五感強化】もね。何となく葉が擦れる音とか遠くの鳥のさえずりとか、環境音が以前より拾えてるような気はするけれど……。休憩の時にまた【鑑定】してもらおうかしら」


「そうしようか。片倉達の【プラーナ操作】の練度も確かめておきたいしな」



 北の森の場合、人型の魔物は外縁側から弱い順に縄張りがある。小鬼族ゴブリン犬鬼コボルトが住んでいて、少し踏み込んでいくと豚頭族オークが出るようになる。豚頭族オークがメインとなる深さになると、稀に食人鬼族オーガが見つかるようになる。この辺りまでが合宿で経験した深さである。



 森に入って浅い場所で早々に小鬼族ゴブリンの12匹の集団を祥悟が見付け、ハンドサインで発見報告して手招きで悠里と港を呼び寄せ、それぞれが目視で状況を確認するとハンドサインで襲撃を指示する。


 木陰から飛び出した祥悟が、小剣の二刀流スタイルで槍持ちの小鬼族ゴブリンの首を裂き、弓持ちの小鬼族ゴブリンの首に刃を突き立てた。

 続いて小鬼族ゴブリン集団に飛び込んだ悠里と湊は、それぞれが短槍を振るって残りの小鬼族ゴブリンの胸を貫き、あるいは首を薙いで裂く。


 生き物を殺す事に慣れた今では、小鬼族ゴブリンの集団は最早脅威では無くなっていた。 

 

 一行はそのまま奥地へと踏み込んでいき、小鬼族ゴブリン犬鬼コボルトの棲息地帯を抜けて豚頭族オークの棲息地帯へと到着した。


「魔石と討伐証明は何時も通りだよね?豚頭族オーク野猪ワイルド・ボアは丸ごと持って帰る?」


 湊の確認に悠里は頷く。


「うん、それで良いと思う。食人鬼族オーガが安定して倒せるようになれば捜索範囲も広げられるだろうけど」


 悠里の考えに祥悟と湊も頷いて返した。

「でも、【プラーナ操作】も鍛えて上がって来てるんだし、豚頭族オーク小鬼族ゴブリンくらい楽に倒せるようになったら、また挑んでみたいよね?」


「あぁ、そうだな。あの硬さを貫けそうな地力がついたら再挑戦しよう」



 高低差が少なくて比較的見晴らしの良い場所を見付けると、そこに椅子とテーブルを出して昼食にした。メニューは屋台で買っておいた串焼きと【飲料水】で出した水である。


「森の中、テーブルと椅子を置いて食事なんて優雅ね」


 食後に水をちびちび飲みながら湊が気の抜けたことを言う。


「そのうち草原でお茶するような機会もあるんじゃない?」


 祥悟は食べ終わった串とコップを【異空間収納】に片付けながら湊に言った。


「お茶か~。嗜好品はどうしても後回しになっちゃうわね」


 湊が残念そうな声をあげて項垂れた。


「お茶といえば。ギルドの売店に、魔力回復効果のある茶葉や葉巻みたいなものも売ってたよ。実用品寄りなのか嗜好品寄りなのか分らないけど」


 湊が顔をあげて悠里をみる。


「そうなんだ?しっかり実用品で味も良かったら、こっちの世界での趣味になる、かも……?」


「“女にハマっても茶にはハマるな”ってどこの言葉だっけ?程々にね」


 悠里に釘をさされて、湊は頷いた。


「中国だったと思う。とりあえず、武器や防具の貸し出し期間が終わるまでに稼いで自前で揃えないとね」


「だな。まずは借りを返してから考えるべ」


 祥悟も頷いて立ち上がると、自分の椅子を【異空間収納】にしまいこんだ。



 昼休憩後、一行は豚頭族オークを求めて歩き回った。祥悟が最初に見付けたのは、仕留めた大鹿を運搬中の4匹の豚頭族オークで、錆の浮いた大鉈で藪を払いながら歩いていた。大鉈持ちが先頭の2匹で、後ろの2匹は槍を持っているのが窺えた。


「どうする?巣まで泳がせる?」


 木陰で祥悟が振り向き、小声で相談する。


「巣の規模も見ておきたいし、そうしようか」


「賛成」


 悠里と湊も賛同したため、少し距離をたもったまま追跡していく。

 追跡中と別の豚頭族オーク食人鬼族オーガに絡まれるのも面倒なため、【気配察知】と【隠形】を駆使して慎重に跡を追う。平坦な地形から上り坂になり、坂の途中にあった大岩の割れ目の様な陰に入って行くのが確認できた。


「……。巣穴の洞窟?まいったな。これじゃ規模感わかんねぇ」


 右耳の裏を掻きながら悠里がぼやいた。


「俺が見てこようか……?」


 【気配察知】と【隠形】に優れた祥悟が、単騎潜入調査を提案する。


「あー、どうすっか……。正直、祥悟を1人で行かせるのも気が進まないんだが……」


 悠里が決断を渋っていると、湊が口を開いた。


「見つかりそうなら無理しないこと、見つかっても必ず逃げ切って出てくること、追って出てきた豚頭族オークは三人で戦うこと。これを条件にちょっと偵察するくらいなら、どう?」


 湊の出した条件でも不安は残るが、探索者シーカーを続けるなら仲間に任せるのも慣れなければならないことだ。


「……分かった。【隠形】もどれだけ通じるか分らないから、能力を過信するなよ。あと【念話】をつなげておく」


『(気を付けて行ってこい)』


『(おう。華麗なる潜入調査を生中継してやる)』


「【念話】つながったんで、ちょいと見てくるわ」


 祥悟は【隠形】に集中しつつ、静かに大岩の割れ目へと歩いて行った。

 祥悟が動き出したところで悠里と湊は入口を監視しやすい木陰に移動して身を潜める。


「片倉。【念話】の維持に集中するから、周囲の警戒は頼んでいいか?」


 悠里が、傍らで屈んでいる湊に小声で訊いた。


「分かった。任せて」


 二つ返事で引き受けた湊に、悠里は口角を緩めた。

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