㊙ 未知ワールドへ、ようこそ! 第一話 ㊙ 根暗(ねくら)出る樽(たる)渓谷

鮎風遊

第一話 ㊙ 根暗(ねくら)出る樽(たる)渓谷

「やっと着いたわ!!」

 山あいの無人駅、私たち三人はその開かれた改札を一列となって通りました。その後すぐに奈那ななはフーと息を吐き、高い声で唸ったのです。

「一昨年亡くなった父がノートに書き残していた秘蔵の旅プラン『未知ワールドへ、ようこそ!』がこの地からスタートするのね、感無量で……、協力を約束してくれたお二人さんに感謝感激雨あられだわ、ありがとう!」と。

 これに、今は個人トレーダーとしてまで登りつめた山岸、別称・ヤッチンが「いやいや、相場師の俺にとってはこれも新プロジェクトへの単なる投資だからね」とサラリと返しました。

 そして私、洋一は「奈那ちゃん、もう気遣いはいらんよ、単に俺は無機質な日常からの逃避、ただ知らない世界を見てみたいだけだから……、だけど俺は、ヤッチンのようにお金はないが、貧乏生活で鍛えた筋肉、それもないが、野生の勘と我慢強さで協力するよ」とちょっと心がねじれた反応をしてしまいました。

 こんな阿呆な二人のリアクションに奈那ちゃんはニッコリ。そして眼前に迫り来る山々を指差し、「さあ、あの山に向かって突き進みましょう!」と♯3個分高く叫ばれたのです。


 さてさて、まずはここに至った経緯いきさつを皆様にご報告しておきましょう。

 私たち三人は学生時代の無銭旅行同好会の仲間。なぜか気が合い、リュックを背負い日本各地を歩きまくりました。

 そして卒業、地方の実家に帰った奈那ちゃんは父が経営する小さな個人旅行社を手伝っていました。また山岸は、そうヤッチンは会社に勤めず、朝から晩までバイトに明け暮れ、まずは小銭を貯めました。そしてそれを元手に株投資に没頭。昼はもちろん日本株、夜は夜で米国株の板に張り付きました。円安ならびに米国景気の恩恵にあやかったのでしょう、幸いにも1億円以上の財を成し遂げたのです。されども実に今も貧乏人風に生きてます。

 一方私はですね、卒業して中クラスのメーカーに入社しました。毎日変化のないサラリーマンのコツコツ生活を続けてます。

 そして学校を出てから5年の月日が流れました。

 もうこれは世の常、年賀状を交わす程度の関係になっていました。そんなある日のことです、突然奈那ちゃんからラインが入ったのです。

『洋一君、ちょっと相談したい事があるの、だから今度の日曜日午後1時に、昔よく百鬼夜行の妖怪たちの休憩場所となっていた所、もちろん憶えてるでしょ、そう、俗名:魔界公園で待ってるわ』と。

 オッオッオーーー!! まずは大ビックリ。奈那ちゃんからラインが来るなんて!

 それから走馬灯のように蘇ってきました。木魂こだまに猫また、そして山姥やまうばなどがブランコやシーソーに乗っていて、それを私たち三人は大きな柳の木に身を隠し、呪文『かたしはや えかせにくりに くめるさけ てえひあしえひ われえひにけり』と唱えながら……、そうだったなあ、奈那ちゃんの手をしっかり握りながら覗き見していたことを。

 そして5分後、ドキンドキンとかなり胸を高鳴らせながら「モチ、行くよ」と打ち返しました。


 約束の日曜日、私は少し早めに魔界公園に行きました。そして学生時代馴染みだった柳の太い幹に寄りかかって奈那ちゃんを待ってました。約束の午後1時、それから少し時は刻まれ、ちょっと不安、――、ホントに来るかなと。

 そこで再確認、ザラザラした幹に頭を押しつけてライン画面へ。そして再度読み直してる時です、「ワッ!」とサプライズ・コール。それと同時に背中をドンと叩かれました。最近縦方向に少しばかり広がりを見せる私のデコチン、無残にもゴリゴリゴリと樹皮に擦られ……、「痛っ!」 それでも振り返りましたよ。

 ビックリです。

 色白でスラリ。まさにお嬢さん風のレディーが長い髪を風に、まるで柳の枝葉のように揺らせたまま、ニコッと笑ってらっしゃるじゃありませんか。私は思わず「どちらさんでしたっけ?」と尋ねそうになりました。

 そんな時に、「洋一君、何を鳩が豆鉄砲食らったような顔してるの、私よ、奈那よ」とそのレディが睨み付けてこられました。それでも私は言ってしまったのです、思わず。

「へーえええ、ホントに奈那ちゃん? 学生の時は日焼けで真っ黒け、髪はバサバサで、安い学食ラーメンが主食でぽっちゃり、……、大変身したね」と。

 すると奈那ちゃんは「卒業してから幾星霜、苦労の果てにこうならざるを得なかったのよ、あの学生時代に戻りたいわ、その点、洋一君は見たところ、超のままのようね、うらやましいわ」と返して来られました。

 私はこれはけなされてるのか褒められてるかわからずボーとしていると、「さっ、今日の本題を聞いて頂戴」と奈那さんは木陰にあるベンチへとさっさと歩かれて行かれました。それを私は必死で追い掛け、どっこいしょと並んで座らせてもらいました。

 すると奈那ちゃんは鞄から黒いシミが目立つ1冊のノートを取り出し、最初のページを開かれました。それから「さっ、本題に入るわ、……、ちょっとここを見て頂戴」と。

 私はこの勢いに負け、彼女の指先へと焦点を合わせますと、そこには箇条書きで10項目ほど書かれてあったのです。それらは……。


 旅プラン(案) : 『未知ワールドへ、ようこそ!』

 1.根暗ねくら出るたる渓谷

 2.ビーナスの森

 3.高原料亭「真赭まそほすすき

 等々、10項目ほどです。


 私は上から目を通しましたが、「何、これっ?」とすぐさま尋ねました。

 すると奈那ちゃんは少し顔を曇らせながら、答えられたのです。

「これ、父の遺言よ、私のところの旅行社で、商売に困った時にはこの旅プランを組みなさいってね、……、それでやってみようかと、ねえ洋一君……、手伝ってくれない?」

 奈那ちゃんは少し遠慮がちでしたが、最後は実にキッパリと。

 私はこの勢いに負け、深く考えずに「ああ、いいよ」と二つ返事。されどもよく理解出来ず、「何を、どうしたらいいの?」と聞き返しました。

 すると奈那ちゃんはいきなり私の手を取り、「私、ここにある未知ワールドへ行ったことがないの、プランに組み込むとしても、どんな所かまず私が体験しとかないとね、だからお願い、洋一君、私のボディーガードとして一緒に旅してくれない」と。

 そらそうですよね、一度も訪ねたことがない旅先を、売り出す旅行プランには組めませんよね。

 もちろん私は「う、うん」とすぐに頷きましたが、少しばかり中途半端、というのも時間は何とかなるのですが、問題は先立つもの、そうです、――、!!

 私の顔に若干の陰りが。それをすかさず読み取った奈那ちゃん、ドンと私の背中を叩き、仰ったのです。

「洋一君、心配しないで、費用はね、株で大儲けの相場師、山岸君がそのプランに投資するって、つまり洋一君の費用も含めて全部出すってよ、もちろん彼も旅に参加することが前提でね、……、大丈夫よ、ヤッチンは将来のリターンしか興味ないから」

 これを耳にし、もちろん山岸が金のことしか興味がないことは理解出来ましたが、それにしても奈那のこの段取りの良さ、大々!!

 学生時代は何もかも私任せのお嬢さんだったのですが、月日は流れ、小さいながらも今は町の旅行社の社長さん。自ら事を進めようとするその力強さを感じ、「奈那ちゃん、随分強くなったんだね、……、無銭旅行同好会の仲間として、謹んで協力させてもらうよ」と返しました。

 そして一息大きくフーと吐いて、「まずはどこへ行きたいの?」と訊きました。

 当然こういう会話になる事まで予定通りだったのでしょう、奈那ちゃんは迷うことなく返されてきました。

「遺言旅プランの1番は『根暗ねくら出るたる渓谷』よ」と。

 私はこれに「ネクラ出る樽って、ちょっと陰気臭そうだけど、まっ、とりあえず……、イエス、社長さま」と返しました。


 山あいの無人駅、そこから遺言ノートに記された地図を頼りに、三人は近くを流れる清流に沿って登って行きました。と言ってもそれはそう簡単な前進ではありません。道なき道を切り開きながら、また状況によっては川の中を歩きました。

 先頭を歩く私は「疲れたら言ってよ、休憩取るから」と背後の奈那ちゃんに声を掛けると「大丈夫よ、父が薦める地、楽しみだわ」と元気そう。これで私はホッとし、とにかく歩みを止めずにいると、後方のヤッチンから「この前進こそが将来マネーになるのだ!」と。どうもヤッチンだけがちょっと、いや大きく価値観が違うようですね。

 そして半日掛けてたどり着いた所は切り立つ崖に囲まれた谷。どうもこの辺りが源流地点のようだ。そんな時にヤッチンが声を張り上げました。「おーい、あそこに立て看板があるぞ!」と。

 その指差す方を見ると確かに、100mは切り立った厳崖がんがい、その岩と岩の隙間の前に場違いのピカピカの案内板が。私たちは興奮気味で走り寄りました。するとそこに書かれてあったのです。

『根暗出る樽渓谷へ、ようこそ!! 目の前の洞穴を500mお進み下さい。そこの歓迎館にまずはお立ち寄り下さい』と。

 私たち三人は「ホッホー、ホーホケキョ!」とまずは声を張り上げました。そして奈那ちゃんは間髪を入れず「さあ、未知ワールドへ行きましょう」と洞穴へと潜り込んで行きました。ヤッチンと私はホントのところ恐々です。

 が、♫ 僕たち男の子!、奈那ちゃんの後を追い掛けたのです。


 最初の100mほどは裸電球がぶら下がってるだけの薄暗い穴。とにかく転ばないように一歩一歩注意深く前進しました。やがて緩やかな坂へと。それを登り切った所から様子がガラッと変わりました。

 煌々こうこうとした真っ直ぐ伸びた通路、その入口でAIロボットが待ち受けてました。

「お疲れ様です、……🎵 男度胸ならのからだ 波に上 チョイ 🎵 ヤサエーエンヤーンサーノドッコイショ 🎵……、正確に申し上げれば、背丈151.515センチメートルの私、名は『露払いの助』と申します、ここから先はオイラがご案内申し上げます、後ろを付いてきなされ、まずそこの動く疲労回復通路へ、どうぞ」と言うではないか。

 もちろんそのロボガイドに従って、私たちは空港のコンコースにあるような歩く歩道にヒョイと乗り、その上を露払いの助を先頭にぷらぷらと歩きました。されどもしばらくして、私たち全員は腰を抜かすほど――、ビックリポン、ポン!!

 というのも七色にキラキラと輝く虹の中を通り、その後淡い乳白色の霧の中を突っ切りました。すると、なんとなんと疲労はまったくなくなり、心身ともどもスッキリと。

「こんなことって、なんでだろう?」

そんな不思議な気分で終点で降りると、「はい、あれはリラクゼーション・フォグです、チップは要りませんから……、今日はね」と露払いの助が意味深笑いをしよる。そこで私が仕方なく500円玉1個握らせてやると、「再会時は2個かな? 楽しみでやんす」だってさ!

 それからトンネルを出て少し進むと、三人の眼前に、四方そびえ立つ岩壁が。されどもその圧迫感以上に、今いる谷底の平地は緑一杯でまことに美しい。小鳥はさえずり、リスたちが走り、頭上をムササビがヒュー、ヒューと飛翔する。

「えっ、ここがネクラが出る谷か?」

 私が首を傾げていると、ヤッチンが「まさにシャングリラだよ」とめずらしくお金以外の事態に感動しているようだ。

 そんな時に奈那ちゃんが大きな木に隠れた建物を指を指し、「遂に見っけ、あれぞまさしく……、樽ぞ!」とさっさっと歩き出しました。ヤッチンと私は「ホッホー!」と感動の一声を上げ、必死で追い掛けましたよ。

 その前に来ると鈍く光る金属製の5階建ての樽でした。そして入り口に看板が、『異生物歓迎館』と。

「なんじゃ、これ?」

 私が思わず吐くと、1秒も待たずに奈那ちゃんが背中をツンツンしてくる。これはきっと、アンタが先頭切って中へ入れという指示……でしょうね。かってのオイラはイキイキ男の子、でしたもんで、ここぞ昔取った杵柄、先頭切って玄関へと、見事に足早で。

 するとドアーはシュルシュルと開き、私たちが立つフロアーが自動的に動きました。そして「あっあっあっ」という間に受け付けカウンター前へと。

 するとそこに受付嬢が突っ立っていました。身長は1.8メートルは充分あろうか、肌は少し褐色、髪は黄金色で長い、目鼻立ちははっきりくっきり、そんな女性が仰ったのです。

「奈那さま、金太郎さんのご令嬢ですよね、そして極貧ヨレヨレサラリーマンのヨッチン、色恋にまったく無縁のヤッチン、この渓谷にようこそ! 私はあなた方のお世話をさせてもらいます、ユユリリララです」と。

 こんないきなりの挨拶に、「その通りだけど、なんで俺の事知ってんねん」とヤッチンがまず声を張り上げました。一方奈那ちゃんはそんな叫びを完全無視して、「ユユリリララさんって、お名前……、!!」と令和レディー流行り言葉を一発噛まされました。

 私はこの反応に相乗りさせてもらって、「奈那ちゃんのオヤッさんが金太郎って!! 足柄山出身てことかよ、――、!!」とオシャレに負けない令和感嘆詞を一発吹かせたのであります。

 その0.3秒後です、バシッ! 奈那ちゃんの平手が我がほっぺに。

 いずれにしてもユユリリララさんはこの私たちの事態には興味がないようでして、穏やかに仰られたのです。

「これから大変重要な確認をさせてもらいます、いいですか、おのおの方は――、ですね」と。

「えっ、えっ、えっ! ?!」

 私たち一同、この世に生を受けてからこんな質問を受けたことがありません。

 俺たち、私たちって、え~と、え~と、ホモ・サピエンス……だったかな??

 しばしの沈思黙考の末、自信なく「一応そうだと思いますが」と返すのが精一杯でした。

 そんな後、さすが旅行社社長・奈那ちゃん、場の雰囲気を変えるために真正面にユユリリララさんに向き合い訊いたのです。

「ところで、ここがネクラ出る樽なんですか? ひょっとして、あなたが――、!?」

 ヤッチンと私は「ヨッシャー!」と思わずガッツポーズ。

 それでも受付嬢の背高ユユリリララさんは落ち着いてました。1秒、2秒、3秒、最終的にほぼ10秒の時の流れがあり、微笑みながら仰ったのです。

「オホホホ、あなたのお父さんの金太郎さんも同じ質問をなされましたわ、出る樽って早とちりよ、これがホモ・サピエンスのDNAなのですね、いとトンチンカンで面白いわ」

 この発言に私は地球上全人類が馬鹿にされてるようでして、頭にカァーと血が上り、「あんたがネクラなんだろ!」と詰め寄りました。するとユユリリララさんは「まあまあまあ落ち着きなされよ、お主は『根暗』出る樽をネクラとしか読めないの、もう一つ読み方があるでしょ、――、さっ、読み直して下さい」と手の平を下から上へハイハイハイと動作し、けしかけてきました。

 実に単純脳の私たち、これにすっかり乗せられてしまいまして、「えーと、えーと、『根暗』はネクラではなく、ひょっとして?? となると『根暗出る樽』はネアン、……、ネアンデルタル?? エッエッエッ、あなたは……、人てこと!!」と私たち三人はもう卒倒しそう。

 それでも相場師・ヤッチンはどんな暴落時でも冷静であろうと訓練して来たのでしょう、その甲斐あってか、こんなあり得ない場面においてしっかり質問しよるではありませんか。

「確か1850年頃にドイツのネアンデル谷で13万年前の骨が発見されましたが、ネアンデルタール人は4万年くらい前に絶滅されたとされてますよね、それなのに……、なぜここにおられるのですか?」

「グッドクエスチオン! だぞ!」 奈那ちゃんと私は思わずパチパチパチの大拍手。

 しかれどもユユリリララさんは「その疑問は当然ですわ」と別に動じるわけでもなく「答えましょう」と仰られ、あとは蕩々とうとうと次のように語られました。


 旧人類のネアンデルタール人は50万年前にアフリカに出現し、ホモ・サピエンスは20万年前にアフリカ東部に現れました。その後高度な石器技術を手に入れたホモ・サピエンスは10万年前にアフリカから旅立ち、ユーラシア各地へと移動していきました。

 その時すでにヨーロッパに移動済みで定住していたネアンデルタール人と交雑がありました。だが、その頃寒冷化が起こり、ほぼ4万年前くらいにネアンデルタール人は絶滅したとされています。

 しかし真実は……、極一部のネアンデルタール人は温暖な土地を求め、東へと移動して行き、大和のこの渓谷にたどり着きました。そしてここで細々と命を繋いでいたのです。

 ところがですよ、約1千年前のこと、宇宙から来訪者があったのです。

 それはサソリ座、ここから550光年先に最も明るいアンタレスがあります。そしてその惑星1CHSS、つまりそこの高等生物・1CHOSASU星人が乗った空飛ぶ円盤がこの谷に降り立ったのです。そしてこの地で仮住まいしたいと申し出があり、それは宇宙基地にするということだったのですが、私たちは容認しました。

 その結果、ここの先住民であった私たち、地球ネアンデルタール人を宇宙の友人として敬意を払ってくれました。その証として生活の保証と革新的進化を図るため約5百年の年月を掛けて宇宙最先端の知識と技術を教えてくれたのです。

 とにかくいろいろと苦労はあったのですが、現在の我々の知識、技術のレベルはあなた方3人のホモ・サピエンスより約1千年先を進んでおります。


 ユユリリララさんはこんな自慢話しをされ、あとは「如何でしょうか?」と思い切りのドヤ顔。

 私たちは返す言葉もなく、ただ「そうなんだ」と小さく呟くしかなかったのです。

 されどもです、約30秒後、本プロジェクトの発起人かつオーナーの奈那ちゃんが「そうまで仰られるのであれば、その証拠をお見せ願います」と。

 その時私は我が生涯で初めて目にしたのです、それはですね、ホモ・サピエンスの女性とネアンデルタール人女性との間に激しく光り輝きバチバチと飛んだ火花を。

「オッオー!! !!」

 ヤッチンと私、ホモ・サピエンスの野郎二匹はただただ叫ぶだけでした。

 そしてそれを受けてかどうかは定かではないのですが、ユユリリララさんは「よろしおます、地下ワールドに行きまひょ、ついて来なはれ」と急に京都弁。これに私たち、今度は三人一同天井を見上げて発しました、「もう、訳わから~ん!!」と。


 身長は1.8メートル、肌は浅黒く、髪は長い、そして目鼻立ちはっきり、これがネアンデルタール人女性の典型なのでしょうね。そんなユユリリララさんの歩幅1メートルの後を追い掛けて、樽の館のエレベーターに乗り込みました。するとスーッと地下へと下降し、あっという間に地下最下部へと到着。その後恐々こわごわ降り立った私たちに彼女が説明してくれました。

「みな様、ここが地下10階、別名エネルギー階です、つまり根暗ねくら出るたる渓谷にある地下ワールドのための核融合発電所がございます」

 これに私たちは「ホッホー!」と相づちを打つしかなかったのですが、さすがキャップテン、奈那ちゃんからクレーム。

「核融合発電所はわかりました、、もう少しこの地下ワールドの全貌をご説明願えませんか」と。

 これにヤッチンと私は、勝手に訪ねて来たのは我々、ちょっと厚かましいかなと戦々恐々。されどユユリリララさんはあっさり「Yes Ma'am」と。これに野郎二匹は、ホッ!

 そんな男どもの安堵顔にユユリリララさんはプッと吹き出され、語り始めてくれはりました。


 この地下ワールドは1CHOSASU星人が1千年前に飛来した時に、まず300m四方、5層の地下基地が作られました。その後我々ネアンデルタール人も居住することとなり、拡大されてきました。今は1km四方の広さ、1層の厚みは50m、それらの10層となっております。

 また各層では人工太陽が回転し、地球と同様、日の出、朝、昼 夕、日の入り、夜と地球と同様24時間制です。

 そして各層の詳細は、地表に近い地下1層から……。

 1層 : 空飛ぶ円盤の格納、AIロボットの製造、保全基地

 2層 : 牧場、公園、スポーツ施設、……、可能な限り地上の自然を再現してます

 3層 : 居住マンション、モール等の生活施設

      ネアンダルタール人の総人口は約1万人、内6千人は宇宙滞在で業務中、また1千人が地球内他拠点に在住、よって残り3千人が本基地に居住

      1CHOSASU星人は100個体が地球赴任で居住

 4層 : 消防、セキュリティ、病院等、倉庫etc、働き手はAIロボットたち

 5層 : 学校、研究所:いずれも宇宙レベルで超高度 

 6層 : 1CHOSASU星人の宇宙基地

 7層 : 超高速コンンピューター、宇宙コントロール館

 8層 : 植物工場、ロボット製作工場 等

 9層 : 廃棄物処理場

 10層 : 地熱発電、エネルギー創出、蓄電etc


 以上の説明を受けた私たち全員、「よう憶えてはるね、やっぱりネアンデルタール人のお姉さんはカシコ!!」と内容に関係なく屋内に響き渡るビッグハンド、パチパチパチ。

 これにユユリリララさんも思わずニコ、ニコ、ニコ、そして最後にニッコリ。

 これを目にした私、とにかく確信しました。ホモ・サピエンスもネアンデルタール人もだと。

 そしてこんな前座が終わり、私たちはユユリリララさんの誘導のまま一番底の10層から、途中トイレ休憩を挟みながら3時間掛けて1層までこってりと案内してもらいました。

 それはとにかく驚く事ばかりで、明らかにホモ・サピエンスの世界より約1千年先を進んでいると実感しました。その結果、仰天で口がポカンと開けたまま樽ビル『歓迎館』に戻って来ました。

 そんな1千年遅れのホモ・サピエンス・三人組に、ユユリリララさんが「お脳が破壊される前に、どうぞ」と飲み物を差し出してきました。

 それを受けて私は、「光栄の突き当たりです」と意味不明な言葉を吐いて、と一気飲み。

 そのお味は、レモン酒のようなイチゴ酒のような、いや葡萄酒? と我が味覚は錯乱ぎみ。それでも三人、「くさっ、うっまー!」と声を上げました。

 こんな私たちにユユリリララさんはホホホと笑われ、「それはね、前頭葉疲れ、1千年先に飛んでけドリンクよ」と。

「えっ、えっ、えっ、……、脳ミソが10世紀未来へとワープ!」

 そんな叫びを上げた私たちにはお構いなく、10秒後ユユリリララさんはキリッとした表情になられ仰られたのです。

「この渓谷に来られた目的があるのでしょ、さあ、遠慮なく、私たちネアンデルタール人にどうして欲しいの?」と。

 この言葉を受けた我が発起人かつリーダーの奈那ちゃんがスーッと前へと進み出て、「前頭葉疲れも飛んじゃいましたので、じゃああ……、言っちゃおうかな」と。

 これに「どうぞ、ただし条件を付けるかもよ」とユユリリララさんが返答。ヤッチンと私は「お主、強そう!」と一歩後退り。されども我が姫・奈那さまはもう一歩前へと進み、澄んだ声で述べられたのです。

「まず、私の父・金太郎がその節には大変お世話になったようで、まずお礼申し上げます、されども父は一昨年に他界しまして、家業の町の旅行社を私が引き継ぎました」

 この後フーと息を吸い込んで、ピシッと背筋を伸ばし、後をとうとうと語られました。

「旅行社は最近利益が出てません、どうしようかと悩んでいた時に父のノートを発見しました、そこには根暗ねくら出るたる渓谷が、また他にもいくつかの未知ワールドがメモられていたのです、これぞ起死回生、利益創出のチャンスだと考え、『未知ワールドへ、ようこそ!』という旅プランを売り出すことと致しました」

 これを聞き、ユユリリララさんは微笑、そして口を挟んできました。

「奈那さん、よくわかりましたわ、『未知ワールドへ、ようこそ!』、その第1号としてこのネアンデルタールの谷を採用してもらってもOKですよ、ただし私が今から述べる条件を受け入れてもらえればですけどね」

 これに奈那ちゃんは頬をポーと赤らめ、「その条件とは、どういうものでしょうか?」と聞き耳を立て、緊張のご様子。

 ユユリリララさんはこれに応え、「それはね、じゃあ、遠慮なく述べますよ、いいですか」と仰られ、次をとうとうと述べられました。


 1.売り出す時、『未知ワールドへ、ようこそ!』と、その各プラン、例えば『根暗ねくら出るたる渓谷』、それらの冠に『㊙』を付けること

 2.それぞれのプランを訪ねた人は、見たこと、聞いたこと、体験したことを他言しない、またSNSに載せない、つまり世間に暴露しないこと

 3.『㊙ 未知ワールドへ、ようこそ!』の参加者数は年間100人まで。ただしプランは非常に価値があるため、料金は1プラン当たり1人30万円以上とすること

 4.プラン1の『㊙根暗ねくら出るたる渓谷』の場合

   ネアンデルタール人が今も生きてることをホモ・サピエンスの皆さまに徐々に知ってもらうという、私どものプロジェクト相当と考え、掛かるコストは私どもが50%負担致します。

   さらに他プランを含めた本プロジェクトに対し、そこのケチな投資家・ヤッチンと少し違うと思いますが、5千万円、無利子、無催促、無期限で投資します。

 5.10万年前、ネアンデルタール人とホモ・サピエンス間で交雑がありました、ひょっとして奈那さんと私は遠い親戚かも知れませんね。従って出来るだけの応援をさせて下さい。

 6.最後に、そこの出来の悪い部下、ヨッチンとヤッチン、この二人を本プロジェクト推進に耐えられるよう教育すること


「さあ奈那さん、1千年先を行く私どものこの6つの提案が飲めれば、貴女の父、金太郎さんのたっての願い、<未知ワールドを訪ねてみたい>、それが叶います、さあ、お嬢さま、ご決断を!」

 こう迫られた奈那ちゃん、満面の笑みを浮かべ返答しました。

「まことにごもっともで、ありがたいご提案、一字一句異存はございません、ご提案をお受けさせてもらいます」と。

「おいおいおい、ヤッチンと俺のこと、出来の悪い部下と認めたんか~い! ブー」と野郎二人は不満を表しました。そんな我々に奈那ちゃんはピシャッと。

「だって、ホントの事でしょ!」

これに私とヤッチンは頬を膨らませたままの状態で、部屋全体がシーーーン。それはそれは重い静寂が少なくとも30秒間は続いたでしょうか。そしてやっとそれを破ったのはちょっと感受性が薄弱なヤッチン。

「これを相場で言い換えれば、今の俺らは底値、それを奈那さんは買うってことになるのかな? その期待は、谷深ければ、山高しってことだよね」

私は思いました、ヤッチンはやっぱし相場師、とにかく例えが相場格言。だけどちょっと変。

「おいおいおい、相場で普通に使われてるのは、反対のケースで、『山高ければ、谷深し』だろうが、ああ、混乱の極みだが、いずれにしても奈那ちゃん、俺たちはユユリリララさんの提案、それを受け入れることに反対はございません」と。

 これを聞いて奈那ちゃんは実に神妙かつ厳かに語られたのです。

「それではユユリリララさんも含め4人全員で採決を取りましょう、いいですか、私どもの旅行社の旅プラン『㊙ 未知ワールドへ、ようこそ!』の訪問地(1)として――『㊙根暗ねくら出るたる渓谷』――を採用したいのですが、これに賛成する人は挙手願います」

 これを受け、場は、「賛成」、「賛成」、「賛成」、「賛成」

 つまりユユリリララさんも含め4つの手の平が天に向かって上がりました。

 奈那ちゃんからはすぐさま「ご賛同、まことにありがとうございます」と一礼があり、それに対しユユリリララさんからは「おめでとうございます」と。そしてヤッチンからは「良い投資物件でありますように」と。そして最後に、私は「貧乏で培った忍耐力でお支え致します」と誓いの言葉を発しました。

 これに「コイツら割にいいヤツやんか!」と意外な反応をなされたユユリリララさん、後は手慣れた調子で、「それじゃ、お手元にあるさそり座1CHOSASU星人の大好物、先ほどの酒で、カンパ~イ!!」とグラスを天に向かって上げられました。

「えっ、えっ、えっ、さっき飲んだ飲み物は葡萄酒、イチゴ酒、レモン酒でなく、毒針で刺すサソリ酒だったんか~い!」と私は叫びました。

 が、こんな場面でドリンクに驚いても意味はなし。ここは前向きに一気飲み。されどもそのクッセー野生味にウッとむせびました。

 そんな時です、「!」、ヤッチンが手を高く上げました。ユユリリララさんは少しばかりのスマイルで「どうぞ」と。これにヤッチンはニッと返し、訊いたのです。

「ここの建物は樽形ですよね、他にも同じような樽が地表に数カ所あったのですが、なんで樽形なんですか?」と。

「あ~ら、まだそんな疑問があるの、信じられないわ、ホモ・サピエンスのオスって思考の広がりがないのね、まっ、いいでしょ、宇宙から1CHOSASU星人が飛来した時、空飛ぶ円盤がまずこの樽の上に着陸するのよ、奈那さん、このオッサン、相場師と言うてはるけど、……、状況判断が極貧ね、ブー」

 ヤッチンはガックリと項垂れ、頭を掻く。そんな時にフケが二つひらひらと落下。それを見たユユリリララさん、「フケが二つで、フケ・ツー」と。

 これにヤッチンはヤケクソ涙声で「座布団1枚!」と。この時私は思いました、ヤッチンはひょっとしたらネアンデルタール人のユユリリララさんのいとこじゃないかと。

 されどこのままじゃますますドツボにはまりそう。そこで異なる質問を、私が。

「ちょっとお訊きしたいのですが、ユユリリララさんて、どこまでが苗字で、どこから名前なんですか? 私が思うのはユユリが苗字で、リララが名前だと思うのですが」

 これにユユリリララさんは明らかにムッとされました。

「本当にどいつもこいつも思考が石のようにガチンガチンね、奈那さん、このオスどものおつむをもっと鍛えないとダメよ、……、あのね、私はユユが苗字、リリがミドルネーム、ララが名前よ」と。

「ホッホー、なるヘソ、ネアンデルタール人にもミドルネームがあったんだ」と私は鱗から目が、いえいえ、目から鱗がポロリポロリと。

 こんな一連のやり取り、男児二人はコテンパンに叩かれました。そんな一連のどうのこうのの後、奈那リーダーが「ユユリリララさん、まことにありがとうございました、私どもの旅行社の起死回生プラン、「㊙ 根暗ねくら出るたる渓谷」を一番に採用することが決まりました、プラン2は『㊙ ビーナスの森』の予定です、今後もご協力お願いします」と頭を下げられました。

 これにユユリリララさんは「そうなの、『㊙ビーナスの森』なの、あそこは途中で磁石が使えなくなって方向がわからなくなるから、そうだ、半年前に生まれた『露払いの助』を連れ帰ったらいいわ、ヤツに指示しておきますから」と仰れました。

 残念ながら私たちはユユリリララさんの好意を「そんなガキンチョのアイツ、結構です」と断れず、奈那さんが小さな声で「ありがとうございます」と返されました。

 ユユリリララさんは私たちの心の奥底を見抜かれたのか、「アイツ結構いいヤツよ、ホホホ」と。その後は「またの再会を楽しみにしてますわ、そちらの頼りないホモ・サピエンスのオスたちもね、帰路も奈那さんをしっかり守るのよ、それじゃ皆の衆、バ~イ、バ~イ!!」と仰られ、さっさっと奥の方へと立ち去って行かれました。

 その後ろ姿を目で追いながら、「ネアンデルタール人って割にあっさりしてるな」と私が話すと、奈那さんも「さっ、帰りましょ」と軽く放ち、くるりときびすを返し、さっさと元来た道へと歩いて行かれました。

 それを追い掛けながら、ホモ・サピエンスの女性って、とにかく思考の切り換えが超高速と再認識した次第です。そんな折、背後から追い掛けるホモ・サピエンスのオス2匹に対し、リーダーの背中越しに飛んで来たのです、命令が。

「旅プランの次のお試し訪問は『㊙ビーナスの森』、次の日曜日、お二人の時間と労力とお金で、絶大なるサポートよろしくね」と。

「おいおいおい、なんでサポートの中に頭脳は入ってないねん!」と刃向かいそうになりましたが、「だって、あなたたちにその能力ある? ネアンデルタール人のユユリリララさんもホモ・サピエンスの男は……、って話されてたでしょ」と言われそうで止めました。

 その代わりに、ここは格好付けて「It's an honor ! (光栄です!)」と返しました。その後、あの生意気なAIロボット『露払いの助』を「ユユリリララ様の命令ぞ、不運だと思うが、連れて行く」と告げ、無理矢理確保。

 それにしても今回訪問地『㊙根暗ねくら出るたる渓谷』は最高に面白かったです。

 さてさて次の訪問地『㊙ビーナスの森』って、どんな所なんでしょうね。そんな期待に胸を膨らませたのであります。

 以上、何はともあれ、『㊙ 未知ワールドへ、ようこそ!』のプラン1は目出度し目出度しでした。

 そしてプラン2、乞うご期待を!!


                    完


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㊙ 未知ワールドへ、ようこそ! 第一話 ㊙ 根暗(ねくら)出る樽(たる)渓谷 鮎風遊 @yuuayukaze

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