第21話 不治の病?
司の執務室にはメンバーが揃っていた。
さりとて、忙しそうにして居るのは専らウォークとトレットだった。
司は昨夜の舞踏会の疲れも有ってか物憂げでいる。
サドは慣れないパソコンに向かいながら、宮廷内での人脈を探って居た。
キラリは舞踏会で出会った目ぼしい相手の事を考えている。勿論、その中にはヒューイも含まれて居た。
ヒラリと云えば、退屈を持て余している。
現時点ではこれと言って彼女に役割があてがわれてはいない。
と、そこへ、新たな火種を携えた新が戻っ来た。
「やってるね!」
一同の視線が新に注がれた。
司は一瞬、はっとした。
前触れが無いのはいつもの事だが、心の中をパズルに譬えれば、行方をくらましていたピースが空から降ってきた心地だったのだろう。
待ちかねて居たのは司だけでない。
ヒラリは新の手もとを覗いながら、
「あれっ!手ぶらですの?」
「ごめん。言われて見ればそうだよね。余裕がなかったんだ。みんなの事が心配でね」
と云いつつ、その視線は司一人を捉えていた。
『かれこれ、三日。何処をほっつき歩いていたのかしら~』
等と考えて居るのだから、司の態度はそっけない。
「お土産代わりに、こんなものを手に入れてきたよ」
新はマチルドにあてがわれた処方箋をテーブルの上に置いた。
「な~に、これっ?」
キラリがぶっきら棒に尋ねた。
「ほら、いつか、サドが言って居た皇子の許嫁の処方箋さ」
司は、新とその紙きれを交互に眺めながら不信の色を深めている。
「このようなモノを、どうして新が~」
新はマチルドの病室での事を皆に伝えた。
「新の羅針盤は頼りに成らないわね」
キラリが冷たく言い放った。
司が尋ねた。
「それで、どうするつもりですか?」
「司の宮なら、何か分かるんじゃないかと思って」
司の素っ気ない言い様に戸惑いながら新は応えた。
司はしばらく処方箋に目を凝らしていた。
さてはてと云った面持ちで皆が司の判断を待った。
「これほどの種類の薬となれば、病種を見極めることも難しいかと~」
「宮様でもダメですか?」
新は肩を落とした。
少しでもマチルドの為にと思って居たのだろう。
彼女は新を観た時点で、緊急のボタンを押し誰彼を寄こすことも出来た筈である。
『袖振り合うも他生の縁』
新は、マチルドが知り合った最後の人間に成りたくなかったのかも知れない。
そう思わせる程、病床の彼女は痛々しかった。
「しばらく、私に預からさせて下さい。何かしら思い当れば伝えますから~。
確認して置きますけど、そのマチルドさんの脈に付いて医師は怪訝の程を述べて居たのですね」
「はい。声だけだったから顔色までは分からなかったけど~」
「不整脈と何かしらの複数の合併症が覗われます。事によると~」
「何か分かりましたが?」
「今の所はまだ~。新」
「はい」
「一度、訪ねてみますか?」
キラリが口を挟んだ。
「宮様、大丈夫なんですか。原因が不明の上に、感染する恐れも有るのでしょう」
「さぁ、どうでしょう。完全に隔離されては居ないようですので、その恐れは無いと思いますが」
サドは手を止めてその始終を眺めていた。
彼なりの思惑が浮んだようである。
「宮様、事に寄ったら、それが皇子をお見方にする手立てになるかも知れません」
「サドの考えには頷けませんが、未知の病に対しては相応の対処をしなくては成りませんね」
未だ、新を訝って居る司の声には張りがなかった。
「新、私の部屋に~」
まるで、これから、犯した悪戯を責められる幼子(おさなご)の様に新は司に従った。
「あれから、三日も過ぎています。何処で何をしているかと思えば、そのマチルドさんと~。私達が心配して居ると思わなかったのですか?」
「『私達』って事は司も含まれるんだよね?」
司は柄にもなく苛立って、
「答えになっていません」
「そんなにとげとげしないでくれよ。こっちは三日でも、あっちにすれば一日なんだぜ」
「日にちの事を言って居るので在りません。どうして、真っ直ぐに私・・・たちの下に来なかったのですかと、言って居るのです」
司はこんなに我がまま気ままの性格で在っただろうか。
三日の空白が彼女の性格を、いや、乙女心を揺さぶって居たのかも知れない。
こういう時には、無理にでも笑わせるのが一番だと捉えた新は、娑婆世界で流行って居るギャグやジョークを連発した。
むの字でいた司の口もとが解(ほぐ)れて行く。
「もう、良いです。お腹が痛くなってきました」
笑いほうけた司は新にそうねだった。
「不機嫌の時も中々だけど、笑っている司が一番好きだ」
これには司のハートに矢が刺さって仕舞い兼ねない。
さりとて、『好き』にも色々有るからして~。
差し詰め、ここは変化球ならぬ変化矢と言った所だろうか。
それが幸を生じたのか、司の顔色にあかるみが現れ得て来た。
どことなく、はにかんでも居る。
「で、もう一度詳しく。そのマチルドさんの様子はどうでしたか?」
「医者が言うには、脈拍が正常でなく、顔色も優れない。少し話し込むと咳がでるみたい」
「素人判断ですけど、その主治医たちは薬の種類と多さで誤魔化している様にも受け取れます」
「どう云う事?僕にも分かり易く~」
「何の病で在れ、傷で在れ、それを治すには本人の治癒力がカギを握っています。
誰もの身体の中は薬の製造工場と捉える事が出来ます。
体内に病原菌が侵入すれば、それに対応する機能が元々備わって居るのです。
薬と云うモノには副作用が有りますし、物によっては毒を持って毒を制すると云う類の薬も有ります。
従って、彼女の治癒力を損なう様な薬は却って悪影響を及ばします」
「そう云う事か。
それで、あれから右大臣は何か?」
「ええ、一度訪れましたけど、体よく撥ね付けました」
「大丈夫かな~」
「かと言って、こちらから探りを入れれば怪しまれることに成ります。尤も、右大臣は牢破りを私たちの仕業だと確信して居るようだったけど」
「だとすれば、又、何か仕掛けて来るだろうな」
「何かって?」
「さぁね。当分は右大臣から目を放せないよ」
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