第15話 救出の決行

 ウォークが司の執務室へ、柄にもなく急き込んで来た。

 メンバーは既に顔を揃えている。


「ウォーク、そんなに慌てて・・・もしかして・・」

「はい、見つけました」


 一同の眼がウォークの手もとに注がれた。


「はい、これで御座います」


 ウォークはテーブルにその手にしていた地図を広げた。


 サドが、

「なるほど、以前の地図より克明に描かれてある」


 新が体を乗り出し、食い入るように目を配り始めた。

 キラリが、

「そんなんじゃ、私たちには見えなくてよ」

「ごめん」

「新、そんなに焦らないで、気持ちは分かるけど~」

 司が新の肩に軽く手を掛けた。


 ウォークが説明を始めた。

「私の記憶を辿れば、この辺りが地下牢かと思われます」


 司は怪訝そうに、

「そこに至るのは容易では有りませんね」


 ウォークが言葉を返した。

 その口もとには怪しげな自信が浮んでいる。

「ウッ、ウン。どなたか霧吹きを持って来て貰えますか」


 誰もが不審がって居る。

 こういう時はヒラリの出番だ。

「何か、面白い事を始めるのですね~。なら、私が~」

と言って席を立った。



 ややあって、ヒラリが霧吹きを持って来た。

 その間、ウォーク以外の者はお預けを喰らった面持ちでいた。


「ご覧ください~」

 ウォークはそう言いつつ、地下牢の辺りに霧を吹きかけた。

 すると、どうだろう?

 俄かに新たな経路が浮び上がって来るでは無いか。

 誰もの顔に驚きが浮んでいる。


 満を持して新が、

「これは、ひょっとして、ぬ・け・み・ち?」

「さようで御座います。私が粗相をしてうっかりこの地図に水をこぼしてしまったら、この様に~」


 サドが、

「という事は、ここに行けば容易く地下牢に行けますね」

 司は笑みを浮かべながら、

「ウォーク、あなたって人は見かけに寄らず、おっちょこちょいなんですね」

「それが幸を生じたようです」

「幸先(さいさき)が良ろしくてよ。この分だと上手く行くに違いありません」


 キラリは用心深い性格だ。

「後は、警備の者がどれだけ配置されているかね?抜け路は知られて居ないだろうから、恐らく、こっちの方に重点が置かれている筈です」


 ウォークが、

「これまでに、そこでの騒ぎが在ったと聞き及んで居ませんから、差ほどとは思えませんが~」


 油断は禁物である。

 司たちを待ち構えて居るのは軍事警察権を握って居る右大臣の配下の者だ。

 決して、抜かりはない筈だが~。





「一見すれば、ただの通気口の様ですわね」

 司が呟いた。


 司たちは宮殿の裏、雑草が生い茂って居る場所に来ていた。

 辺りは翳り始めている。一同は黒ずくめの衣服を身に着けていた。

 顔には黒マスク。

 これだと万が一の時も素性が知れないだろう。


 新が膝を折り、格子状の鉄枠を握り絞めた。

「ん~ん。ダメだ、錆(さび)ついてやがる」


 ヒラリが気の抜けた話しようで、

「困りましたわね~。のっけからこれでは~」


 司が新の肩越しに、

「無理かしら?」

「宮様!僕が何者かお忘れですか?」

「・・・あっ、そう云う事ね」


 キラリとヒラリは二人の言葉に首を傾げている。


「キラリ、これを預かって置いて」

新はそう言って懐から八葉蓮華の小太刀を取り出しキラリに託した。

「私が持って居ても良いの?」

「宮さまの手もとに置いとけないんだ」

「そ、そうなの?」


「じゃ、始めるか」

と言って新は、腰にぶら下げていた工具袋から小さいスプレー缶を取り出した。


 新は鉄枠の周り、錆ついて居るであろう辺りにスプレーを掛けた。

『シュウーシュウ~・・・』


「インスタントラーメンじゃないけど、三分間、待って下さい」

「のんきな事を言って、大丈夫なんだか」

「キラリは僕のなすことすること全部が気に入らないんだ」

「それがどうかした?」


 司が割って入った。

「もう、二人とも、犬とサルじゃないんだから~」

「キャッ!お姉さまがサルかしら?」

「ヒラリ、私のどの辺がサルだと言うの。行いから見ればサルは新でしょ!」


 どうも、黙って三分間待てないようだ。



 頃合いを見て、再び新が鉄枠に手を掛けた。

「ん~、ん~ん」


 少しづつでは有るが、鉄枠が新の手もとに引き寄せられて来る。


 司が声を掛ける。

「新、頑張って!もう少しよ」



 軋(きし)み音を立てながらその鉄枠が外れた。


 新が中を覗くと、

 人が立って歩けるくらいの通路に成っていた。

 恐らく、入り口はカモフラージュの為に強いて狭くしていたのであろう。



 一同が中に入り終えたが、辺りは暗くぼんやりとしか覗えない。

 そこはそれ、新の暗闇での視力がモノを言った。


「それぞれが前の人の肩に手を掛けて、それで持って僕に付いて来て」


 みなが新の言葉に倣った。


「お姉さま、お化けや蝙蝠(こうもり)が出て来そうです」

「この蜘蛛の巣が厄介ね!」


 司が小声で、

「静かに!」


 新を先頭に歩みが進んで行く。

 新の頭の中には既に経路の詳細が入って居るようだ。

 迷路めいた通路を難なく突き進んで行く。

 これには誰もが脱帽する他ないようだ。



と、前方から薄明りが漏れて来た。

 新たちは慎重に足を進めた。


 新の足が止まった。

 透かさず、司が小声で、

「着きましたか?」

「うん。牢の前に牢番が二人。どうする?」


 キラリが、

「私たちの出番ね。ヒラリ、あれで行くわよ」

「ええ、任せて下さい」


 ヒラリは狭い通路の中で黒いコートを脱ぎ始めた。

 するとどうだろう、彼女のコートはリバーシブルに成って居て裏返せばベージュ色である。

 ヒラリは結い上げていた髪をほぐし、さりげなく散らした。

 マスクまで外してしまった。

 見れば、まるで閨(ねや)から抜け出したばかりの様相を浮かべている。

 キラリから伝授されたのか、これでは世の男は気を緩ませてしまうだろう。


「二人とも、ここで待って居て。良いわよ、ヒラリ」


 何を思ってか、ヒラリは牢に向って駆け出した。

「キャー、誰か助けて!」


 これには牢番もビックリして思考が追い付かない様子だ。


「だ、誰だ?」

「ウワァー、逞(たくま)しそうなお兄さん。あちらから変な人が追いかけて来ますの、もう、怖いったらありゃしない!」


 牢の辺りは顔がハッキリと分かるくらいの明るさだ。

 突然ではあれ、美貌の女人に牢番が目移りしても無理はない。

 棚から牡丹餅ならぬ、闇から美人である。


「どこだ?」

「ほら、あっちの方です」


 牢番の一人が抜き足差し足で新たちの方に進んで行った。

 頃合いを見て、キラリが飛び出した。


『ドタ、バタ、ドタ』


 ヒラリも呼応してもう一人の牢番に、


『ドタ、バタ、ドタ』


 あっという間に二人の牢番は気を失って仕舞った。



「ちょろいモノですわ」

とヒラリ。


 キラリは呼吸の乱れも無く平然としている。

 新に向って『ドヤ顔』である。



 さて、一同は地下牢の中を覗った。

 奥の方に、壁に背もたれしている一人の男が居た。

 やはり、この出来事に不審を抱いて居るようだ。

 新が話し掛けた。


「忠さんですか?」

「???」

「忠さんでしょう。何とか言ってください」


 男は鉄柵まで近づいた来た。


「お前は誰だ?どうして、俺の名前を?」

 忠は囚われの身になっても、何一つ、名前さえも明かさずに居たのだ。

 そこで持って、突然現れ、牢番を黙らせた連中に対する不信は深まるばかりである。


「やっぱり、父さんだ。・・・僕です。と言っても分からないよね、新です。あなたの息子の新です」


 忠はたまげて言葉が出ない様だ。

 十数年も顔を観ずに居た息子が突然現れたのである。

 頭の中が混乱しても無理はない。


 司が新の背後から、

「話は後で、新、早く牢の鍵を~」


 新は鼻水を擦りながら牢の鍵を開けに掛かった。


 幾ら犬猿の仲とは言え、キラリもほろりとして居る。

 ヒラリの涙は止まらない。


『カチャ、カチャ、カチッ』


 鍵が開き、新が扉を開いた。

「父さん、早く!」


 忠は新に促され牢を這い出た。


とその時、大勢の者が地下牢に迫って来るざわめきが聞こえて来た。

 監視カメラがこの状況を捉えて居たのであろう。


 司たちはこの場を離れようとしたが、時すでに遅しである。

 姿を現した彼らの手には拳銃や小銃が握られている。

 司たちは素手で立ち向かうのであろうか?


 キラリが一歩前に出た。

「大勢で、おまけに女子供を相手に飛び道具とは、頂けないね!」

「大人しくしろ。こんな事も有ろうかと見張って居たんだ」

「へぇ~、こんな事ってどんな事?」


 キラリは時間稼ぎをしている。

 後ろ手に持った八葉蓮華の小太刀をぶらつかせている。

 

 司がそれを受け取ると素早く紐解き小太刀を握り絞めた。

 途端に司の腕の鶴を模した刺青が色付き始める。


 司は厳かに小太刀を頭上に翳(かざ)し、鞘から抜くや、刃に彫り刻まれた文字を唱えた。


「南無妙法蓮華経!」


 忽ちにして、小太刀から閃光が四方に放たれた。

 警備の者たちは、或いは怯(ひる)み、或いは目を閉じ、或いは言葉を失って仕舞った。逃げ惑う者も居る。


 この隙にとキラリは、

「ヒラリ、新にあれを!」

「どうして、いつも私なのかしら?新、恨まないでね!」

「しょうがないよ」


『チクリ』


 司が慌てて、

「ヒラリ、新のお父様にも~」


「えっ、あっ、はい」


『チクリ』


「さぁ、みんな目を閉じて夢の世界を思い浮かべるのよ」

「お姉さま~」

「大丈夫。宮さまの言う通りにして、後は、新(シン)を信(シン)じるのよ!」

「あれっ!駄洒落ですの?」

「バカ!こんな時に~」


 新と忠が眠りに着くと、二人の体から靄(もや)が立ち込め、司たちまでもを覆い込んだ。

 繭の様な形が出来上がったかと思うと、それは忽ちにして糸を引く様に小さな穴に吸い込まれて行った。

 後には何一つ残されては居ない。



 目の前で忽然と姿を消した司たち。

 警備の者たちは今度は目を皿の様にして四方に眼を散らしては、

「おい、どう云う事なんだ?」

「こっちが聞きたいよ」

「それにしても、あの光はなんだっんだ。争う気力が一遍に失せてしまったぜ!」

「それもそれだが、右大臣になんて言えば良いんだ?」

「見たままを言うしかないだろ」



 一方、司たちは夢の回廊の入口で浮遊して居た。


「危ない所でしたね、新」

「うん」

「どうしたの?」

「ちょっと、荷が重すぎたかな。父さんが力添えをしてくれなかったら、一人や二人あそこに残していたかも知れないよ」

「まぁ、そんな事に成ってたら?・・・えっ、誰かが居残りに成ってたんですか?」

「ヒラリ、もう、大丈夫だから~」

と言いながらキラリがヒラリの両肩を労わるように掴んだ。



「ところで司、これからどうする~」

「そうね。取り敢えずは叔母様の屋敷に向かうしか無いわね、事によると、宮殿で騒ぎになって居るかも知れないから~」

「じゃ、みんな目を閉じて、夢の回廊から出るからね。父さんも頼むよ」

「う、うん、分った。やっぱり、新なんだな」

「夢の回廊を簡単に行き来できるのは俺たちくらいだろ」


 忠は微かな笑みを浮かべながら、成長した我が子を繁々と見つめていた。

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