第12話 志(こころざし)

 さて、ここら辺りで司の胸の内を披露して置かなければならない。


 ご承知の様に司は18才に成るまでカヤ族の屋敷で暮らして来た。

 その間、あらゆることを学ばされて来て居た。

 司にしても訳を知らされずで在ったので、はじめの頃は嫌気さえ感じていた。

 所が、叔母に当たる奥様から我が身の出生の秘密を聞かされてからは、眼の色を変えて勉学に取り組むようになった。


 それ程、世情に憂いを感じていたのであろう。

 どの国でも、建国の頃は志に勢いがあり何事もスムーズにこなせる者である。

 ところが、年月が経つにつれ国政に歪(ゆが)みや綻(ほころ)びが生じて来る。

 私欲に駆られる輩が出て来ても可笑しくはない。


『私が国政に携わる事が出来たなら~』


と、司は常々考えていた。

 今まさにその堰が切られ、心に描きし理想の世界を、司は構築せしめんとしていた。




「司の宮様、教育省から派遣された文官が参っております」

「通して下さい」


 これは又、ちぐはぐな取り合わせとも言える文官が司の執務室に現れた。

 一人は初老とも云える者で、もう一人は若いのだが落ち着きがなく辺りをキョロキョロ見回している。


 差し詰め、教育省で居場所が無かったのであろう。

 と云う事は、誰かの差し金で使いものに成らぬ人間を司の下へ寄こしたとも言えようか。




「おかけください」


 司は見た目で人を判断しない。

 彼らに掛けた言葉は穏やかで温もりさえ感じられた。


 初老の文官は司に一礼した後、

「お初に目通り至します。わたくしはウォーク(常足*なみあし)と申します。長年教育省で努めてまいりましたが、司の宮様のお役に立てるかどうか?」

「そんなにご自分を卑下なさらないで下さい。役に立たせるのが上に立つ者の勤めでは有りませんか」

「ご尤(もっと)もで御座います」


「僕はトロット(速足*はやあし)です。名前と違って、よくトロイと云われています」

「それにしては、短期間の間にこれだけの資料を作成したのですね。あなたでしょう、これを作ったのは?」

「はい、ご希望に添えましたでしょうか?」

「申し分ありません。これからもよろしく頼みます」

「滅相(めっそう)な。僕こそ職場の隅に追いやられて居たのに、お眼鏡(めがね)に叶って光栄です」


「ところでお名前からして二人はトト族の方ですか?」


 ウォークが応えた。

「はい、古(いにしえ)は馬の世話をして国に貢献して参りましたが、近頃では承知の通りで御座います」

「私も些か乗馬をたしなんで参りました。聞けば、トト族は常に皇帝に忠義を果たして来たとか、これからもそう願います」

「族長に伝え置きます」


「先ずは顔合わですね」

「サド、みんなをここへ」

「畏まりました」



 新たちが司の執務室に訪れ、それぞれが自己紹介を終えた。

 やはり、年配者のウォークは新を怪訝そうな顔で眺めていた。


「初めに言って置きます。この新はこの国の者では有りません。私との縁が有ってメンバーに加わって貰っています」

「そうでしたか、どうりで~」


 新が照れ臭そうに、

「そんなに違いますか。僕は余り意識して居なかったけど~」

「その様な事は無いかと。ただ、あなたに似た人を見かけた様な気が致しまして」


 新は透かさず司を見やった。

 司の目にも何やら思う所が有るようだ。


「ウォークさん、詳しく教えて頂けませんか?」

 新を思いやって司が尋ねた。


「さぁ~、随分と昔の事で、これには右大臣が絡んで居ます。おいそれと口には出来ぬかと~」

「ここに居る者は皆、私と一心同体です。何事も気兼ねせずに仰って下さい」


 ウォークは一つ咳ばらいをした後、とうとうと話し始めた。

「では・・・              ・・・以上で御座います」


 ウォークの話はこうであった。

 彼は高官ではなかったが各省に渡り多くの人間と繋がりを持っていた。それは彼の人格が幸いしての事であろう。

 而して、宮廷内の表や裏の出来事が自然と彼に伝わって来ていた。


 十数年も遡ることである。

 当時は先帝がこの国を統治していた。

 その皇帝に近づこうとした人間が居たそうである。

 その人物は思いを果たせぬまま警護の者に囚われてしまった。

 当時も、軍事、警察を束ねて居たのは右大臣であった。


 右大臣は何を思ってか、この件を内々に処理しようとしたのである。

 何かしらの事情が有ったのだろうが、そこの所は誰も知り得て居ない。


 囚われの身になった人物は地下牢に閉じ込められた。

 と、ここまでは不信を抱く事も無かったのだが、異様な光景を目の当たりにした者が居た。


 その地下牢には蓼の葉が敷きつめられて異様な匂いが立ち込めて居たそうである。

 何故その様な事が図られたのか、限られた人間の間でその事が囁かれた。


 折も折り、ウォークは必要な文献を見つける為に地下にあった蔵書室に赴いた時に、道を違えその地下牢に行ってしまったそうである。

 そこで、新に似た人間を見たのだと云う。



 新はウォークの話を聞き終えるや司を見やった。

 新の事情を知って居るサドたちも同様であった。


 司は別段かわった表情は見せず、一旦ウォークとトロットに退室を命じた。

 彼らが部屋を出ると、忽ちにしてざわめきが起きた。

 言わずもがな、その地下牢に閉じ込められたのは新の父親に違いなかった。


 恐らく、サドが蓼の葉に見覚えが在ったのは、宮廷にそれが搬入されるのを目撃して居たのに違いない。


 興奮冷めやらぬ新が、

「司!父さんが~」

「そのようですね」

 司はサドを見つめた。


「これも又、点が繋がって来たように思えます」


「そうですね」

 司は一同を見渡した。


「これで、ハッキリしましたね。後はどうやって新の父君を救い出すか。それに、右大臣の怪しげな行動の真意を確かめて置かなくては成りません」


 サドが一案を述べた。

「宮様、ウォークなら宮殿の、それも地下牢に至る地図を手に入れるやも知れません」

「そうですね。彼たちを呼び戻しなさい。それと、この事は私達だけの胸の内に収めて置く様に。ウォーク達に禍(わざわい)を及ぼすかも知れないので、良いですね」


 新を除くみなが頷いた。


「新!分かって?」


 司の言葉が耳に入らないのか、新は唇を噛み締めながら呆然としていた。

 司は再度、


「新っ!しっかりするのです」

「えっ、あっ、そうか。そうだよね~」

 


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