夢物語~司の宮偏
クニ ヒロシ
第1話 司(つかさ)の宮
僕はある豪邸に忍び込んだ。
ここでは、思いのほか身軽に行動することが出来る。
高い塀もひとっ飛び。
監視カメラの視界にも触れずに、屋敷内を見回る警備員もものともせず、建物の傍までたどり着くことが出来た。
二階のバルコニーの窓からカーテンがそよいでいる。
僕は木立を伝いバルコニーに飛び移った。
気付かれた様子はない。
窓から屋敷内に侵入すると、長い廊下があり、幾つもの部屋が並んでいた。
『さて、お宝が仕舞って有る部屋は?』
物心が着いた頃から、僕の手癖は悪かった。
万引き、スリ、かっぱらい、車中あらしと、なんでもござれの生活を繰り返して来た。家が貧しかったからは言い訳には成らないだろう。罪は罪だ。
経験の無い人には分からないだろうが、その時々の緊張感は生きている証しのようにも思えて居た。
今までに一度だけドジを踏んだ。
それは小学校の三年生の頃だった。
スーパーの店員が僕の襟首を捕まえ、
『警察に連れて行くからな!』
僕はひたすら謝った。
『二度としませんから~』
僕と云えば、見事に涙まで浮かべて居るでは無いか。
店員の心は揺らいだ。
『本当にだな』
襟首を解かれた僕はその場から走って逃げた。
だからと言って、そのスーパーでの万引きを諦めた訳では無い。
監視の目が鋭いほど、やり甲斐が有るというものだ。
コソ泥もやって退けた。
家の外壁を見ると、どうして潜り込めば良いかと考える癖まで付いてしまって居た。
普通の家なら何となく金目の物の在りかは分かるのだが、これほどの豪邸では皆目である。一部屋ずつ当たって行くしかない。
以外にも、屋敷の中に監視カメラらしきものは見当たらなかった。
だが、用心に越した事はない。
『壁に耳あり障子に目あり』
は、古(いにしえ)からの教訓だ。
懐中電灯?
そんな物は使わない。
『泥棒がここにいますよ』
って、教えて居る様なものだ。
こう見えて、暗闇にはめっぽう強い方だ。
この階の大方の部屋を当たって見たが、これと云ったものは無かった。
階段の下から灯りが漏れていた。
のしのしとゆっくり下って行くと、話声が聞こえて来た。
「奥様、宮廷から内々の文(ふみ)が届いております」
「そう、遂にその時が来たのね」
「はい、そのようで」
「差出人は、やはり、宰相ですか?」
「その通りで御座います」
「彼とのことは?」
「はい、私と奥様しか知り得ては居ない筈です」
「下がっていいわ。これは自室で読みます」
「畏(かしこ)まりました」
間もなく、照明が落とされ人の気配もなくなった。
『どれどれ、降りて行ってみるか』
見事なシャンデリアに豪華な調度品。
相当な財産家のようだ。
広間の中央に辿り着いた時だ。
辺りが急に明るくなり、息つく暇もない内に警備員たちに取り囲まれてしまった。
一人二人なら何とか交わして逃げられるが、ここは観念するしかない。
「お前たちはお下がり」
「でも、奥様~」
「聞こえなかったの~」
「はい」
警備員たちは、のそのそと部屋から去って行った。
「そこにお掛けなさい」
「えっ、僕の事ですか」
「他に、誰が居て」
「はい」
奥様と呼ばれていた女性の傍には恰幅のいい男性が一人立っていた。
「サド、キラリを寄こして」
「奥様、私はここに」
「流石ね。例のモノを」
「はい」
キラリと呼ばれた女性はいつの間にか近くに居て、タブレットを奥様に手渡した。
「御覧なさい」
奥様はテーブルにそのタブレットを置き、そう僕に促がした。
覗き込んで見ると、この屋敷に侵入した時からの僕の行動が録画されていた。
『どうも、事が捗り過ぎると思ってはいたが、手の内で踊らされて居たんだ』
「あなたを官憲に渡すくらいは簡単な事です」
何かたくらみが在るようだ。
「・・・」
「名前は?」
「僕のですか。仲間内では、『新』と呼ばれています」
「新、どう、しばらく、この屋敷で働いて見ない。その様子を見てからこの先の事を考える事にしますから~」
「見逃がしてくれるんですか?」
「そうとは言って居ません。新が私が考えている所の人間だったら、役に立って貰うつもりです」
『なんだ、なんだ。サッパリ、訳が分からない?』
「どう、一声かければ、直ぐにでも官憲がここに来ますよ」
「分かりました。そのように」
「とは、どのように。ハッキリとした返事を寄こしなさい。私はその様な口の利き方は好みません」
「ここで、働かせ貰います」
「サド、後は頼みます。ヒラリ、下がっていいわ。いいこと、この屋敷では常に監視されて居る事を忘れないようにね、新とやら」
「はい、肝に銘じて置きます」
「フフッ、案外素直なのね」
さっき降りて来た階段をサドと呼ばれていた男に従って上がり始めた。
二階を過ぎ、三階に着くと右奥の部屋に案内された。
「当分、ここがお前の部屋になる」
サドに続き中に入った。
「この部屋の窓は一つだけ、出入り口はその扉だけだ。窓から逃げようものなら、途端に急降下、地面と対面する事に成る」
「逃げるだなんて。どうせ、この部屋にも監視カメラが仕掛けて有るんでしょ」
「そう云う事だ」
部屋を出て行こうとしたサドに声を掛けた。
「あの~」
「なんだ?」
「こんな事を頼める立場で無い事は承知してるんだけど、夜食なんか・・・無理でしょうね?」
「この時間となると、厨房の連中は眠って居るが、・・・まぁ、何とかするから、ここで待って居ればいい」
「ありがとうございます」
『カチャカチャ』
当然の事だが、鍵が掛けられている。
部屋を見渡した。
使用人にあてがわれた部屋の様だ。
1LDKってところだ。
備え付けの扉を開けると、使用人の制服らしきものが掛けてあった。
明日からこれを着てこの屋敷で働くのかと思うと気が滅入ってしまう。
ベッドは既に整えて在り、真新しいシーツの匂いが微かにした。
少し横になったが眠れる訳がない。
腹ペコだ。思いの外、疲れが出て来ている。
『コンコンコン』
「はい、どうぞ」
『カチャカチャ』
「夜食をお持ちしました」
先ほど、広間にいた女性が夜食を運んできた。
「さっきは、どうも」
「えっ、さっきと言われましても?」
「僕の行動を監視して居たんでしょ」
「あぁ、それは姉のキラリです」
「えっ?」
「私たちは双子で、あなたが広間で会ったのは姉のキラリ、私は妹のヒラリです」
「ホントに。そっくりですね」
「一卵性です。厨房から適当にお持ちしました。お口に合えば良いんですけど」
「ご丁寧にありがとうございます」
彼女は踝を返し部屋を出ようとした。
「あの~」
「まだ、なにか?」
振り向いた顔が、まるで幼子が問い掛けに戸惑っている様な表情をしている。
「やっぱり、鍵を掛けて行くんですか?」
「そう言い使って居りますので。では~。あっ、明朝は他の使用人が起こしに来ますから」
どうやら、この屋敷での彼女の立ち位置はかなりの様だ。
着て居る物からも想像が付く。
ここは、下手に出て置いた方が善いだろう。
「これからよろしくお願いします」
「よろしくとは?」
「別に大した意味では有りません。ご挨拶までにと」
「私は殿方とよろしくと云う関係に成った事が有りませんので~」
訳の分からない事を言い残して、ヒラリは出て行った。
年の頃は二十代。
男性の免疫が無いのだろうか?
目が覚めたとでも言って置こうか。
日当たり良好。窓を開けて見る。
サドが言った通り、ここからは抜け出せそうにない。
顔を洗い身なりを確認する。
やはり、使用人の服は着たくない。
このままで通して見る事にする。
『コンコンコン』
「どうぞ、鍵が掛かってますけど」
「初めまして。鍵は掛かってなかったけど~」
「可笑しいな。ヒラリさんが掛けて行ったのを覚えて居るんだけど」
「寝ぼけてるんですか?」
「そんな、でも、もしかして、僕が寝ている間に誰かがこの部屋に~」
「さぁ、私は何とも~。あっ、申し遅れました、私はモンガといいます」
「僕は新。よろしくね」
「着替えないんですか?」
「うん。このままが良いんで」
「知りませんよ、奥様に叱られても」
朝食の前に、一通り屋敷内を案内された。
と云っても、ここから先はダメとか、何かと制限が有るらしい。
使用人専門の食堂で、そそくさと食事を済まし、モンガと一緒に広間に向かった。
朝礼?
奥様の脇には執事のサドが、向かい合って数人のメイドと数人の使用人が並んでいた。
「新、前へ」
「はい」
奥様が、
「今日からこの屋敷で働いてもらう新です。彼には特別な仕事をさせるので、みなは気に掛けずに居るように」
一同、
「はい、奥様」
ヒラリ姉妹は居なかった。
「みなは下がってそれぞれの仕事に付きなさい」
「はい、奥様」
「新はここに残りなさい」
「えっ、」
「え、ではないでしょ」
「はい」
「サド、あれを」
又もや、タブレットの出番だ。
「新、あなたはこの世界の人間ではないでしょ。深夜にサドが部屋を覗いたら、この通り、ベッドはもぬけの殻。窓から逃げ出した形跡も無し。それでもって、夜明けにはベッドに戻って居た。これは、どう云う事?」
「どう云う事と言われましても」
「まぁ、説明の使用がないのも当然でしょうね。我がカヤ族に古くからの言い伝えがあります」
「???」
「この国に優れた帝王が現れる時、その補佐をする人間がヨミの国から現れるというのです」
「まさか、それが僕だって?」
「多分ね。あなたにどんな能力が有るかは、まだ、知り得て居ませんが、言い伝えに従ってあなたをその帝王の補佐に任じようと考えています」
「帝王の補佐ですか?」
「別に復唱はしなくていいから」
「はい」
「どうですか。宮廷に上がればそれなりの危険が待ち構えています。権謀術策の世界ですからね」
「一つ、聞いても良いですか?」
「構いません。その帝王さんは何処に居られるんですか?」
「まだ、帝位に着いては居ませんけど、良いでしょう。サド」
「はい」
サドは奥の間の扉に向かった。
ドアが開けられ、一人の女性、と云っても、まだ、十代であろうか、キラリとヒラリを伴なって姿を現した。
「司、こちらへ」
「はい、叔母様」
「以前に話した事が有るでしょう、ヨミの国からの使いの話を」
「えぇ、覚えています。この方が~」
「そのようです。新、この方が帝(みかど)になる人です。宮廷に上がれば『司の宮』と呼ばれる事に成るでしょう」
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