物乞いの少女は転生し、全てを奪う力を得る。~ダンジョンスローライフ~

ジャガドン

第1話 物乞いの少女はアンデッドになる

 寒い寒い町の夜。

 温かそうな衣服に包まれた道行く人を眺め、吐く息すら白くならない程、体の凍えた少女が居た。


 彼女の名はレイチェル。

 物乞いである彼女が、自分の名を知ったのは最近の事だった。


 彼女を気まぐれで拾い、育てたホームレスの男は寒さに耐えきれず、レイチェルを置いて先に死んでしまった。


 ホームレスの男がレイチェルを育てたとは言っても、愛情などはなく、ただただ物乞いをするのに赤ん坊を利用していただけであり、一度すら名前を呼んだ事はない。


 レイチェルは生きる術など全くしらず、ただ男の真似事をする事で、なんとか生き長らえていた。


 毎日同じ場所に居てじっとしているので、道行く人が彼女を気に掛ける様子も無い。


 そんなレイチェルにも、稀に声を掛け、お金をくれる人が現れる。

 その時に、偶然手に巻いていた布に自分の名前が書かれていた事を教えて貰い、それ以来彼女はレイチェルと名乗る様になる。


 手に巻いていた布は、捨てられた時に体に巻かれていたおくるみで、それを指が取れない様にと手に巻いていた物だった。

 

 彼女は自らの運命を受け入れている。

 それは、 “持たざる者” であるのだから当然の事なのだとレイチェルは悟り、自らの境遇を呪う事無く、受け入れていた。


 寒くて死にそうだ。

 足の指が減っていく。

 全身が痛い。

 耳が遠くなった。

 とても眠い。

 でも、誰かが声を掛けてくれるかもしれない。

 だから眠りたくない。


 レイチェルは毎日そんな事を考えていた。


 ある日の夜。

 とうとうレイチェルの足は動かなくなってしまった。

 そして、震える事すら出来ずに体はどんどん凍えていく。


 そして、運悪く酔っ払いの道を防いでしまったレイチェルは、道から動く事も出来ず、癇に障った酔っ払いに蹴り飛ばされ、地面に横たわってしまった。


 薄れゆく意識の中、レイチェルは思う。

 体が熱い…… 熱くて熱くて死にそうだ。

 

 きっとこのままでは死んでしまうと、レイチェルは直感的に感じ取ったが、ほとんど身動きの取れないレイチェルにはどうする事も出来ず、唯一自分の持っているものを失いたくなくて、死にたくないと願うばかりだった。


 唯一持っているもの。

 それは、彼女自身の命。 

 レイチェルにはそれ以外ないのだから、彼女はただそれだけを守りたかった。


 少しでも体を冷ましたいと思ったレイチェルは、ボロボロの服を脱ぎ捨て、精魂尽き果ててしまい、目を閉じた。

 そして、レイチェルは、深い深い闇の中へと落ちていく。


 レイチェルにとって、それが眠りなのかは分からなかったが、なんとなく意識はある様に感じる。

 死ぬほど熱かった体も、徐々に落ち着き、心地の良い温度へと変化していき、やがて何も感じなくなった。


 ひたすら何も考えず、ボーっとしていたレイチェルの意識に、今まで聞こえなかった妙な音が鳴り響いた。

 その音はとても小さく、ピチョンピチョンと水の跳ねる音。


 音が気になり、レイチェルは閉じていた目を開けようとすると、瞼の感覚はない。

 それでも、なんとなく、目を開いたような気になって周囲を見渡すと、妙な場所にいる事に気が付いた。


 それに、全身の痛みも、寒さも何も感じない。

 ただ、体を触った感触だけは残る。

 その感覚も妙で、まるで固い物で肌を撫でた様な感覚が残っていた。


 不思議に思い、レイチェルは目を凝らして辺りの様子を見ようとすると、更におかしな事になる。

 何故か上から見下ろし、自分の体がどうなっているのかを見る事が出来る。


 腕を動かし、足を動かし、首も動かす。

 確かにこれは私なのだとレイチェルは確信する事が出来た。

 

 スケルトン……。

 恐らく自分が死にたくないと願ったばかりに、アンデッドモンスターになってしまったのだろうと思いいたる


 もの好きな冒険者が話してくれた冒険譚に、ダンジョンで出て来る最弱のモンスターなのだと教えて貰った記憶をレイチェルは思い出していた。

 ここでも私は “持たざる者” である事に不満はあるが、体を動かせそうなので、少しはマシになったのかと楽観的にレイチェルは考える。


 レイチェルが立ち上がると、それに釣られるかの様に、他のしかばねも動き出した。


 動き出したのは一体のスケルトンで、レイチェルの方へ向かってゆっくりと歩み寄って来る。

 危機感を覚えたレイチェルは後退りするが、体を上手く動かせず、その場で尻餅をついて転んでしまう。


 声を出そうとしても、出せず、歯をかみ合わせてカチカチする事しか出来ない。

 そうこうしている内に、スケルトンは目の前に来て、高く骨の拳を持ち上げ、その拳をレイチェルに向かって振り落とした。


 無常にも、それが直撃したレイチェルの頭蓋骨は砕け、再び深い深い闇の中へと落ちていく。


 レイチェルは長い時間眠り続け、再び意識が戻った頃にはまたスケルトンとして蘇った。

 殴られて砕けた頭の骨は元に戻っている。


 再び体を起こすと、以前と同じように、スケルトンが起き上がり、レイチェルに迫って来る。


 なんとか最初の一撃を防ぐ事に成功したレイチェルだが、そのまま押し倒され、何度も殴打をされた後、また深い眠りにつく。


 戦った経験がないレイチェルは、このままこのスケルトンに殺される毎日を過ごすのかと陰鬱な気持ちになり、目覚める度に殺され続けていた。


 そして、レイチェルの心境にも変化が訪れる。

 痛みも無ければ死んでも復活する。

 そして、いい加減恐怖を感じる事もなくなり、反撃する様になった。


 攻撃をした事のない彼女も、何百回と繰り返すうちにタイミングなども見極められる様になり、攻撃のやり方も徐々に理解していった。


 そして、相手のスケルトンと同じ様に高く拳を掲げ、タイミングよくいっきにその拳を振り下ろす!

 粉砕拳ふんさいけんと名付けたその技は、容易くスケルトンの頭蓋骨を砕き、スケルトンはそのまま動かなくなった。


 初めて戦いに勝利したレイチェルの心境は劇的に変化する!


 高らかに声をあげたつもりになって、歯を重ねてカチカチと喜びの表現をした。

 レイチェルは “持たざる者” では無かったのだと歓喜する!


 更に彼女はこの時、新たな能力を得ていた。


 “骨密度上昇” “内なる魂の感知能力上昇” “下級武器生成”


 レイチェルは下級武器生成によって、ボロボロの剣を生成し、右手に装備した。

 切れ味など皆無だが、殴る事は出来る。

 これさえあればもっとスケルトンを狩る事ができる!

 レイチェルは更なる力を追い求め、ダンジョンの奥へと歩み始めた。

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