えっ!?先生、野球を知らないのに女子野球部の監督に!?心配なのでマネージャーとして入部します…。

@murai_chritori

先生…。野球は9人で行うスポーツです…。(プロローグ)

「山中君、私の質問に答えてね。野球は好き?」


「大好きです。」


「野球をやった事はある?」


「2年前までは。怪我で辞めてしまいましたけど。」


「グランド整備はできる?」


「勿論です。」


「じゃあ女子野球部のマネージャーやってくれない?」


「絶対に嫌です。」


放課後に担任の西村先生から呼び出された時点で、嫌な予感はしていた。3日前が締め切りだった、部活動の希望書を俺だけ出していない事を詰められると思ったが、展開は予想の斜め上を行っていた。


「そう言ってもねえ、山中くんだけだよ?部活の希望出してないの。なんで部活入りたくないの?」


「やる気が無い人間を受け入れてくれる部活が無いんで…。一応男子が入れる部活全てに聞いたんですが…。」


「大丈夫大丈夫。グランド整備と球拾いだけ真面目にしてくれればやる気なんかいらないから。結果だけ出してくれればいいから。」


「1番怖い奴じゃないですか…。」


杉村先生の声は務めて優しかったが、俺を絶対に掴んで離さないという強い意志を感じた。目の端が微かに血走ってるのを俺は見逃さなかった。恐らく、俺が部活に入らないという事が問題になり、上の方から詰められているのだろう。俺は段々、西村先生が可哀想になってきた。教卓に怠そうに両肘を乗っけている姿は、私はとても疲れているというメッセージを放っていた。


「けど俺がこの学校に来た理由、先生だって知ってるでしょう?もう学校中の噂ですよ。アル中で第一志望の合格取り消されて、親のコネでこの学校入ったって。まあ事実なんですけど。」


「山中君は入学試験でトップだったわ。それに深く反省してるし…。」


「反省してる奴は部活の志望書すっぽかしたりしないですね。そんな奴がマネージャーになったって、女子野球部の皆は嬉しくないでしょう。」


「グランド整備と球拾いするだけでしょ?誰とも関わらないよ。ね?どうしても嫌ならすぐ辞めていいから。とにかく、何もチャレンジっていうのが先生は嫌なの。山中君が自分の殻に閉じこもったままでいて欲しくないの。少なくとも、この学校にいる間はね。」


「…3日で辞めてもいいんですか?」


「なんなら1日で辞めてもいいよ。辞めた後に気が向いたら来てもいいし。」


西村先生は大義名分を欲しがっていた。つまり、「山中君はチャレンジをしたけど上手くいきませんでした」という方向に持っていきたがっていた。一歩踏み出してつまづくのと、一歩も踏み出さないのは、教育界では結構違う事らしい。俺が一歩踏み出そうとしていた、という流れを作る事で、その後にどれだけ俺が堕落しようとも、こういう事を教師として取り組んでいましたよ、と言えるようにしたいという事なのだろう。つまりまあ、責任逃れという事だ。


「…じゃあ入部しますよ。けどすぐに辞めますよ。それでいいんですね?」


「もちろん!それで構わないよ!でも山中は絶対辞めないと思うよ!」


「どうして分かるんですか?」


「だって山中君は、野球が大好きだからね!」


西村先生は弾けるような笑顔で俺にそう言った。俺という面倒な生徒の案件が終わって、心の底からホッとしているのだろう。しかし、俺には杉村先生の言っている事が分からなかった。俺がどれだけ野球が好きか、この人は知らないはずだ。適当な人だなあ、と思ってしまった。


「何ですか?」


「…野球のルール、教えてくれない?」


「…は?」


「私、今年から野球部の担当になったから、全然知らなくて…。」


「い、今までどうやって練習を…。」


「一年生がまだいないからさ、二年生と三年生にはこれまでの練習を引き続きとしか言ってないね。それで皆ちゃんとやってるし…。というか、女子野球部の担当になる事決まったの、一昨日の夜だしね。昨日はそれで行けてて、今日はなんか休みにするみたい。」


「おま、マジか…。ええ…。」


つい教員にお前と言ってしまいそうになった。だって仕方ないだろう?ここまで適当な人間が野球に携わっていいのか?野球の神に対する侮辱行為だ。天国からタイ・カッブを呼び寄せてこいつの腹にスライディングをお見舞いするように依頼したいくらいだ。


「…とりあえず、今から基本的なルールは教えます。で、部活の参加は明日からにして、そのまま辞めます。それでいいですか?」


「うん。じゃあ、3年間よろしくね!」


俺もあまり人の話を聞くタイプではないが、この女も大概だ。こんな人間の下で部活なんか出来る訳がない。絶対にすぐ辞めてやる。


「で、まあ、ルールなんですけど…。えっと、どのレベルで分からない感じですか?」


「え?うーん、野球ってさ、何人でやるの?」


「…何人だと思いますか?」


「…11?あ、それはサッカーか…。」


「…今日は家に返さないですからね…。」


「ごめん、山中君はタイプの顔じゃない。私はかっこいい系より可愛い系が…。」


「このあ…。黙って話を聞いてもらっていいですか?このレベル感だと、本当に朝までかかりますよ。」


このアマ、という言葉を飲み込んで、俺は西村先生にルールを教え始めた。教室に入る光は徐々に赤みを増してきていた。今日は本当に家に帰れないかもしれないと思った。

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